農政:バイデン農政と日本への影響
【バイデン農政と日本への影響】第13回 自然災害による米国の農業被害――農業団体が明らかにした甚大な損失 エッセイスト 薄井 寛2021年8月3日
モンタナやアイダホなどの西部諸州では、新たな山火事が広がっている。全米省庁合同火災センターによると8月2日現在、1月以降に発生した大小の山火事は3万8014件(昨年の総数は5万8950件)。森林の焼失面積は史上最高の308万エーカー(約125万ha)、東京都の5.7倍に等しい面積だ。
1000億円を超える大規模災害が20件以上発生
山火事に加え、ハリケーン、干ばつ、洪水、霜害、竜巻などの発生で農務省が自然災害緊急事態地区に指定した郡は1~7月で117郡。昨年同期の101郡を16%も上回った。中西部での干ばつや南部テキサス州の凍霜害による農業被害郡の認定が5月だけで50件に達したからだ。
こうしたなか、米国最大の農業団体(アメリカン・ファーム・ビューロー、AFBF)が7月8日に公表した「2020年の自然災害による農業被害推定額」が農業関連メディアの注目を集める。被害の概要は次の通りだ。
〇被害額が10億ドル(約1100億円)を超える大規模災害は22件。2011年と17年の記録(16件)を塗り替え、犠牲者は262人以上、経済的な損失総額は964億ドル(約10兆6000億円)。
〇農業被害の最大の要因は干ばつ。被害額は22州で19億9060万ドル(約2190億円)。これにハリケーン・集中豪雨・竜巻の11億9890億ドル(約1320億円、10州)と山火事の9億3160億ドル(約1025億円、4州)が続く。
〇この他、牧草や放牧地、主要作物以外の被害が23億8980億ドル。これらを含めた農業被害総額は65億1090万ドル(約7100億円、経済的な損失総額の6.7%)。
この被害総額は20年度における農畜産物の販売総額(3700億ドル、約40.7兆円)の1.8%に匹敵する。日本各地の農家も18年に台風等によって甚大な被害を受けたが、農作物の被害額(約1122億円)が同年の農業総産出額(9兆558億円)に占める割合は1.2%。日米間の農産物の価格差を考えるなら、米国での被害の深刻さを推測することができる。
さらに注目すべきは、自然災害の発生頻度と被害額の急増傾向だ。1980~2019年の40年間、被害額10億ドル超の大規模災害の発生件数は年平均6.5件であったが、直近の2017~19年は年平均14.7件。被害額も3倍以上に激増した(表参照)。
補償されない農業被害額の55.5%
こうしたなか、米国農務省は被災農家に対する支援策を年々強化してきた。特に18年度からは、「山火事・ハリケーン等の損害補償プラス計画(WHIP+)」に基づき、作物保険金の支払いに加え、緊急事態指定郡を中心に次のような施策が実施されている(作物・畜産保険の基本は農家の任意加入、減収分の最大60%補償。農家の掛け金の一部を農務省が補助)。
〇被災農地・灌漑施設等の復旧支援
〇被保険以外の作物・家畜・森林・養殖魚等に対する特別補償
〇干ばつで減産した牧草・放牧地の確保対策(国有地等での放牧許可や土壌保全計画による休耕地の利用許可など)
〇農家への特別融資(最大50万ドル・約5500万円、返済期間20~40年)
〇でき秋の収穫作物を担保に農務省から短期融資を受けた被災農家に対する返済猶予
しかし、農家の損失がすべてカバーされたわけではない。前出のAFBF調査によると、20年の農業被害総額(65億1090万ドル)のうち28億9910万ドルは農務省によって補償されたが、36億1180万ドル(被害総額の55.5%)はカバーされなかった。特に、干ばつや集中豪雨などによる牧草や放牧地等の被害額は農業被害総額の33%(21億5620万ドル)に及んだが、補償額は4億5960万ドル(21%)に過ぎない。
補償されなかった農業被害額を州別に見ると、最も多いのがテキサス州(8億7573万ドル)。これにカリフォルニアやアイオワ、コロラドなどが続くが、カ州を除けば、野党共和党の強い農業州ばかりだ。
共和党系のAFBFはこの実態を踏まえたうえで、「畜産部門と農業関連インフラ、森林やその他の関連部門の被害を考慮に入れるなら、全体の被害額はさらに増える」と指摘。「農場経営の安定化のみならず、国内の食料安全保障のためにも、自然災害補償への十分な措置が議会にとって今後の最も重要な課題になる」と訴えた。
AFBFが災害補償予算の増額を求めるねらいは二つある。一つは、バイデン政権が目玉政策に掲げる気候変動対策をテコに、会員農家が求める災害補償施策の強化を実現しようという農政運動上のねらいだ。
もう一つは、農業州のトランプ岩盤支持層へ食い込もうとするバイデン大統領の次期中間選挙対策を"逆手"にとった、AFBFの巧みな政治戦略だ。
農産物の輸出増などによって穀物・大豆価格が高騰し、21年度は農家経済の急回復が見込まれるが、需給緩和で市場価格がトランプ前政権時の水準へ下がれば、農家経済は政権の"補助金バラマキ"依存へ逆戻りする。実際、シカゴ市場での穀物・大豆価格は生産増の予測などによって6月下旬から弱含みへ転じ、農家の不安が高まり始めている。
一方、下院農業委員会は7月28日、85億ドル規模の農業災害支援法案(20年度と21年度対策)を超党派で可決した。
具体的な数値に基づくAFBFの災害補償増額の訴えが成果を挙げ、会員農家の評価を高めることになりそうだが、バイデン支持の農家が増えるとの予想は伝えられていない。
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エッセイスト 薄井 寛【バイデン農政と日本への影響】
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