農政:花開く暮らしと地域 女性が輝く社会
【花開く暮らしと地域 女性が輝く社会】インドネシア『若い国』に夢を託す 千葉大学環境リモートセンシング研究センター ヨサファット・テトォコ・スリ・スマンティヨ教授に聞く2021年8月30日
〝多様性〟の国 インドネシア――。同じアジア人としてジェンダー(男女の社会的属性、関係性)、ダイバーシティ(多様性)の観点から両国の共通点は何か、また何が異なるかをインドネシアから来日し、千葉大学で農業生産でも注目される環境リモートセンシングの研究をするヨサファット テトォコ スリ スマンティヨ教授に取材した。(聞き手は加藤一郎・元JA全農代表理事専務)
【略歴】
ヨサファット・テトォコ・スリ・スマンティヨ 1970年インドネシア・バンドン生まれ。インドネシア科学技術省研究員、1995年金沢大学工学部電気・情報工学科卒業、97年金沢大学大学院工学研究科修了。2002年千葉大学大学院自然科学研究科人工システム科学専攻博士を取得。2013年から同大学環境リモートセンシング研究センター教授。現在は人工衛星に搭載される「合成開口レーダ」を開発し、GPS掩蔽センサーとあわせ、地殻変動と土砂崩れの予測に取り組んでいる。ヨーロッパ、カナダ、台湾宇宙局等のアドバイザー、インドネシアの15大学の客員教授などを勤める。
ヨサファット・テトォコ・スリ・スマンティヨ教授
女性登用 制度化で拍車
――私は前職のJA全農鹿垣籾義会長の秘書時代、1991年にJA全農にインドネシア協同組合大臣から駐日大使を通じて、農村地域の活性化をはかるために協同組合間協力を求める意向が伝えられました。鹿垣会長の指示に基づき、全会的な通称インドネシアプロジェクトを立ち上げて、ジャカルタに全農の事務所を設置し、スワソノ氏(ハッタ副大統領の親戚)が中心となり、カロシコーヒー、肥料の原料ほか、マグロも漁業権を得て協同組合間取引を開始しました。スカルノ大統領にお会いする機会も得ましたが、この事業は残念ながら、さまざまな困難性に遭遇して、数年後に撤退しました。その時の経験から、私にとってインドネシアは常に関心がある国となりました。
ヨサファット スハルト大統領の時代は特に農業政策に力を入れており、国を立て直す指導者という印象が強くあります。その当時の私はインドネシアの高校を卒業し、1990年4月に来日しました。その後1年間は東京・新宿の国際学友会日本語学校で日本語を学び、翌91年に金沢大学工学部に入学しました。日本に来てすでに30年になり、インドネシアよりも長く住んでいます。現在は千葉大学を通じて、インドネシアをはじめ東南・東アジアの大学交流は私が担当しており、日本とインドネシアの懸け橋となる基盤づくりに力を入れています。
――インドネシアは平均年齢が29歳、日本が49歳で20歳の違いがありますが、それをどのようにお考えですか。
ヨサファット ご指摘のように、インドネシアの人口は増加傾向にあり、日本は減少しています。また、晩婚化が進む日本とは逆に、婚期が早いという特徴があります。異なる点が多い両国ですが、島国という共通点があります。インドネシアは約700の民族と言語を有する多民族国家です。私は西ジャワ州のバンドン生まれです。
ジャワ島にはインドネシアの民族集団で1、2位のジャワ族、スンダ族などが住んでいますが、インドネシア人は生まれてから三つ以上の言語が話せます。それは近隣の民族と交流していく中で、自然と覚えたものです。また、他民族国家であるインドネシアは宗教も多様で、その状況は一概には語れません。現在も、さまざまな面で宗教から離れられない現状にもあります。
平均年齢が29歳は、これからの経済の大きな原動力になると思います。この年代は2025年から45年にかけてインドネシアの経済を急成長させる「ゴールデンジェネレーション」と呼ばれ、期待されています。
――インドネシアは日本と同様に男性社会の印象がありますが、男女間の賃金格差が大きくないことや企業や官庁などでの女性の管理職割合が高く、政治分野の女性の参画も日本より進んでいるようですね。同じアジア人としてジェンダーの観点で日本との共通点がありますか。
ヨサファット もちろん、インドネシアでもジェンダーの問題はあります。その一方で近年では、インドネシアのスハルト大統領が就任時に初の女性地位向上児童保護省を誕生させ、女性が社会に貢献できる環境を整えようという動きも強まってきたように思います。これに関連して、女性への技能教育も実施されています。農業に関しては、畑の所有者をもとに登録されている農家の女性は約1400万人とされています。この農家の女性にさらに知識を与えることで、インドネシアの農業が一層発展していくことは間違いありません。
現在、農業省がさまざまなプログラムを行っています。その取り組みの一つとして農業生産においては、千葉大学環境リモートセンシング研究センターと共同で、私の研究領域である人工衛星を活用したリモートセンシング技術を使い、災害などによる農業被害と農業保険の推定などに役立てようとしています。
――インドネシアは多数の島々で構成され、民族、宗教、文化などまさにダイバーシティ(多様性)の典型のように思います。
ヨサファット ダイバーシティの観点でみると、インドネシアの民族が大昔からそれぞれ地方で独自の言語や文化を形成してきました。身分証明書にも民族名が記載されています。また、仕事を申し込む際も民族と宗教名が載っています。しかし最近では、この項目や性別を削除しようとする声が上がり、インドネシアでも平等を訴える動きが加速しつつあります。
また、1997年にスハルト政権が終わり、その後にインドネシアの民主化が進んだことで、女性に対する地位が認識されるきっかけとなったように思います。
私の父親は空軍に務めていましたが、空軍の軍人は、これまで中部ジャワの人が多くを占めていましたが、ダイバーシティを考えるなかで、この風習はなくなっています。特にこの5年間で男性社会と言える軍隊でも、国軍幹部学校でも女性を採用することになり、ダイバーシティの意識が浸透してきています。
――日本との異なるところは。
ヨサファット 日本では女性の首相が誕生していませんが、インドネシアでは2011年に、スカルノ大統領の長女であるメガワティ氏が初の女性大統領に就任しました。メガワティ大統領の時代には、女性の地位向上を目指し、管理職や大臣、大学の学長などで女性登用が進み、当時の政権では大統領を含め、約3割の女性大臣が誕生しました。ジェンダーの問題に関しても、約10年前から省庁の管理職なるための養成学校でも女性が採用されるようなりました。
日本では、安倍政権のとき女性管理職3割の目標を掲げましたが、インドネシアでは女性比率を制度化しています。また、東京都は小池百合子知事ですが、インドネシアも県知事を女性が務めています。制度化も大事ですが、将来的には女性登用が当たり前の世の中にならなければなりません。
――インドネシアで育ち、現在は日本でインドネシア人の奥様とご子息で暮らしておられますね。
ヨサファット 妻とは大学時代に日本で出会い、息子は日本で生まれました。インドネシアは大家族主義ですが、結婚の際は、お互いの家系がインドネシアの王室の家系だったこともあり、将来に向けた家族会議が何度も開かれました。
現在息子は22歳ですが、家の中ではインドネシア語で会話をしています。彼は外に出ると日本語と英語をネイティブに話し、中国語の勉強にも励んでいます。インドネシアの習慣を受け継ぐため、生まれてから2歳までインドネシアで過ごし、向こうの大家族と一緒に暮らしながら、自然なかたちでインドネシアの文化や教育を受けました。そして、小学3年生からは日本の小学校に通い、日本の文化も学びました。
成長してからは、高校2年生から3年生までインドネシアに帰国し、現在は日本の大学に通っています。二つの国を行き来きした教育方針には、インドネシアの言語や教育、家族制度といったインドネシアの伝統的な文化を成人するまでに身につけてほしいという私たちの思いからです。
地表の変化を即時に
災害や農業に応用を
――ヨサファット教授の研究課題である人工衛星、マイクロ波を利用したリモートセンシング技術と農業の将来について聞かせください。
開発研究中の模型アンテナの前で、ヨサファット氏(左)と加藤氏
ヨサファット これまでそれぞれの圃(ほ)場での1次元の情報のみでしたが、今後は2次元、3次元の空間を表現できるようになります。これに加え、情報を広範囲により早く、より正確に観測できるのはリモートセンシング(航空と人工衛星の観測)技術だと考えています。
例えば、人工衛星が戻ってくるの(回帰日数)は早くても1週間はかかります。もし、その間に災害が発生すると、農作物を守るための情報を提供することができません。そのため、常に最新でリアルタイムの情報が提供できセンサーが必要で、成層圏に無人の飛行機を滞空させ、通信・放送の中継基地などに利用する成層圏プラットホームを現在開発中です。
今でも、リモートセンシング技術はありますが、時系列的に、1週間から1時間、さらに分刻みに短くし、より速く高精度な対地観測ができるセンサーの開発を目指しています。農業ではイネの成長を観測することが可能です。植物にマイクロ波を当てて植物の状態を観測する研究も行っています。
インタビューを終えて
ヨサファット教授に取材を申し込んだ際、彼は研究テーマである「地殻変動の予測」などと思われたようで、インドネシアと日本のジェンダー、ダイバーシティを課題とお伝えしたところ驚かれた様子でした。しかし、研究室ではいつもニコニコしている様子からスマイリング・プロフェサーと呼ばれている教授からは快くお受けいただいた。取材を通じてインドネシアは多様性の典型的な国であることをあらためて認識しました。平均年齢29歳のインドネシアの経済を急成長させる「ゴールデンジェネレーション」と呼ばれている世代の今後の活躍には成熟国の感がある我が国にはない活力を感じます。教授には今後のインドネシアと日本の懸け橋となられることを期待したいと思います。
(加藤一郎)
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