農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
【ウクライナ危機】ウクライナ侵攻の真意は何か(1)田代洋一・横浜国大名誉教授2022年3月10日
ロシアのウクライナへの侵攻で、多数の犠牲者が出る深刻な事態が続き、穀物市場で小麦などの価格が急上昇している。ロシアの真の狙いは何か。こうした状況の中で日本は食料安全保障などの課題にどう向き合うべきか。田代洋一・横浜国大名誉教授に寄稿してもらった。
田代洋一・横浜国大学名誉教授
ウクライナはオレの歴史的領土!
ウクライナについて何も知らず、ロシアの侵攻は全くの驚きだった。報道に接しても、そもそもなぜウクライナに侵攻するのか、それがなぜ今なのか理解できなかった。この地域の歴史と地政学は識者に学ぶとして、ここでは二つの発言を考える。
一つは、2月24日の侵攻に際してのプーチン大統領演説(ネットに全文)。そこで彼は、ウクライナは「私たちの歴史的領土だ」(以下、太字は筆者)と言う。確かにソ連が崩壊しウクライナが独立国家になるまでの350年余、ウクライナはロシア・ソ連の「領土」だった。しかるに彼の言い分では、今や「米国の対外政策の道具に過ぎない」NATOが、東方に向けて「軍備をさらに拡大し、ウクライナの領土を軍事的に開発しはじめ」、「その軍備がロシア国境へ接近している」。だから侵攻するというのだ。
しかしウクライナのNATO化はウソだ。確かにソ連の崩壊後、NATOは東方拡大しており(ロシア周辺国がロシアの侵略を恐れたからだが)、ウクライナも加盟を希望している。しかしNATOは今のところそれを認めていない。EU加盟についても同様だからだ。
失われた威信の回復
そこで二つ目の発言としてイアン・カーショー(英・シェフィールド大名誉教授)『分断と統合への試練 ヨーロッパ史1950~2017』(三浦元博訳、白水社、2019年)。訳書で2段組、550頁の大著で、お忙しい方には勧められないが、歴史の大きなうねりを感じさせる書だ。
「なぜプーチンはクリミア併合に加えてウクライナで戦争を促したのだろうか?...もっとも簡単な説明が、もっとも理にかなっている。本質的には、プーチンは大国としてのロシアの失われた威信と地位を回復しようとしたのだ」(505頁)。これは2014年のクリミア併合時の話だが、先のプーチンの「歴史的領土」論と符合する。
プーチン演説に戻ると、「現代のロシアは、ソビエトが崩壊し、その国力の大半を失った後の今でも、世界で最大の核保有国の一つだ。最新鋭兵器においても一定の優位性を有している」。そして「歴史上直面したことのないような事態に陥らせる。...あらゆる事態の展開に対する準備はできている」。太字部分は核の使用を示唆する。彼は2014年のクリミア併合の際も核戦力の戦闘準備はできていたと語っている。今回の侵攻で、原発を攻撃したのも、核使用ためらわず、の一つの現れといえる。
要するに核使用を含むウクライナ侵攻は積年の計画であり、後は実行のタイミングを計るのみだった。そこは優秀な元秘密警察・KGBの工作担当者・プーチンが最が得意とするところだ。バイデンはアフガン撤退で失敗を演じ、対中国と中間選挙を控えての内政に手いっぱい、米国世論はウクライナへの軍事介入に全く否定的。ドイツは首相が交代したばかり。フランスは大統領選が真近い。英首相はドジばかり。米国をはじめNATOはウクライナに軍事介入する気はなし。これなら何の障害もなく侵攻できる。
民主主義の浸透阻止
それでもなお、真の狙いは何かの疑問は残る。究極の狙いは、汚職にまみれてきたウクライナがそれでも民主主義を追求し、ヨーロッパ最貧国からの経済成長を図り、その影響がロシアにも浸透すればプーチン独裁が崩壊するからだ。要するに祖国防衛にかこつけて自らの独裁を守るのが真意だ。
ロシアはウクライナに対して、中立、武装解除、ドネツク・ルガンスク「人民共和国」の州全体支配の承認、クリミア併合の承認を停戦条件として突き付けている。しかし中立と武装解除は両立しない(今どきの中立は武装を要する)。あと二つも主権国民国家ができることではない。要するにプーチンの要求は、ウクライナの主権国民国家としての地位をはく奪し、事実上の再属国化すること、具体的には現首相を「排除」(暗殺は得意技)して親ロシア傀儡(かいらい)政権をでっちあげることだ。
それでもウクライナの民主主義は殺せず、それはロシア国民にも浸透していく。ロシア経済はクリミア併合以降の経済制裁で疲弊しているが、プーチンの愚行で極まった。ロシアでも国民は独裁政権から離れていく。カーショーがその大著をもって示すのは、歴史を動かすのは民衆の力だ(第9章 民衆パワー)。
ウクライナ侵攻は、熱戦とウクライナ国民の血をもって民主主義vs.反民主主義の冷戦時代が始まったことを示す。
11日の(2)に続く
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