農政:ウクライナ危機 食料安全保障とこの国のかたち
「カミュ」とウクライナの抵抗が守るわれわれの権利(1)内田樹【ウクライナ危機】2022年3月24日
ロシアがウクライナに侵攻して3月24日で1か月となった。現地では無差別攻撃による深刻な被害が広がり、国外への避難者は300万人を超えた。穀物市場では小麦などの価格は急上昇し、日本への経済的な大きな影響は避けられないが、失うものはそのレベルではないと指摘する声がある。ウクライナの抵抗をわれわれはどう受け止めるべきか。神戸女学院大学名誉教授で思想家の内田樹氏に寄稿してもらった。
神戸女学院大学名誉教授 内田樹氏
誰もが感じ取る「これまでと違うこと」
ウクライナへのロシア軍の軍事侵攻が始まってから、いろいろな媒体から意見を求められた。こうして農業の新聞からも寄稿依頼がある。これは尋常なことではない。私はもちろんロシアやウクライナの専門家でもなんでもないし、農業の専門家でもない。だから、2014年のクリミア併合の時も、それ以後の親露・分離派との東部での紛争の時も、誰も私に意見を求めにこなかった。いずれもプーチンが行った「特殊な軍事的作戦」であり、ウクライナにとっては国難的な危機であったけれども、その当時、私の周りで「ウクライナはこれからどうなるのだろう」ということが話題になるということもなかったし、寄稿依頼もなかった。それが今回はまったく様相が違う。これまでとは違うことが起きているということを誰もが感じ取っているのである。
「これまでウクライナのことに何の関心もなかった連中が急に騒ぎ出した」というふうに冷笑的にこの事態を眺めている人もいる。シリアやアフガニスタンにロシアが軍事行動をした時には、何もせず手をつかねていた人間が、今回に限ってウクライナ大使館宛てに寄附をしたりするのは嗤うべきダブル・スタンダードだと指摘する人もいる。そうかも知れない。でも、そのような指摘は半分は当たっているけれど、半分は違っている。というのは、同じような構図の中で、同じようなプレイヤーが演じる、同じような政治的出来事であっても、そこに「これまでと違う何か」を感知すると、人はそれまでとは違うリアクションをするものだからだ。
「越えてはいけない一線」の存在
アルベール・カミュは『反抗的人間』という長大な哲学書の冒頭に、同じような出来事が続いても、ある時に「何かがこれまでと違う」と直感すると人間はそれまでにしたことのない行動をすることがあるという話を記している。主人の命令につねに唯々諾々と従ってきた奴隷が、ある日突然「この命令には従えない」と言い出すことがある。「今までは黙って従っていたが、さすがにこれには従えない」と言い出すのだ。この時に奴隷が抗命の根拠にした「踏み越えてはいけない一線」なるものは事前に開示されていたものではない。それを踏み越えようとする時にはじめてそこに「越えてはいけない一線」が存在していたことがわかる。そういうものなのだ。
この独特の感じをアルベール・カミュはrévolteというフランス語で表そうとした。日本語では「反抗」と訳されるけれども、「反抗」では一義的に過ぎていて、この語の独特な、曖昧な感じを汲み尽くせない。カミュの言葉をそのまま採録しよう。
「誰かが『勝手なふるまい』をして、境界線を越えてその権利を拡張しようとする時、人がそれに抵抗するのは、『ものには限度がある』と感じるからである。その境界線をはさんで一つの権利と別の権利が向き合っており、互いを制限している。反抗の運動はそこでなされた許し難い侵犯行為に対する決然たる『否』と、反抗する人間の側の『自分はそうする権利がある』という曖昧な確信というよりは気分にもとづいている。」(『反抗的人間』)
これは今のウクライナとロシアの関係を言っているようにも読める。でも、ここでカミュが書いているのは、領域侵犯行為に対して、人が反抗を選ぶのは、単に「もう我慢ならない」という感情に衝き動かされているだけではないということである。これを受け入れてしまうと、自分ひとりでは弁済し切れないほどのものを失うと感じた時に人は反抗を選ぶ。それがカミュの考えであった。自分ひとりが屈辱に耐え、苦痛を甘受すれば済むことについてなら人は必ずしも「反抗」を選ばない。「私一人が苦しめばそれで済む」と思えるのなら、権利侵害を受け入れることは心理的にはそれほど難しくない。私ならそうするかも知れない。だから、人が死を賭しても「反抗」を選ぶのは、ここで権利侵害を受け入れたら、それによって失われるのはその人ひとりの権利や自由ではなくなると感じるからである。カミュはこう続けている。
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