農政:バイデン農政と中間選挙
【バイデン農政と中間選挙】IPEFへの評価が割れる農業団体~懸念される対中輸出影響【エッセイスト 薄井寛】2022年6月8日
5月23日にワシントンで行われたインド太平洋経済枠組み(IPEF)の発足に関する事前説明会でタイ米国通商代表は、「農産物貿易が科学的根拠に基づく決定と健全かつ透明性のある(輸入)規定によって促進されるようIPEF加盟国に公約させることは、米国の農家や漁業者がインド太平洋地域への輸出を着実に増やすうえで助けとなる」と述べた。
関税交渉の欠如に失望する団体も
米国最大の農業団体ファーム・ビューローのデュバル会長はタイ通商代表のこの発言を評価し、「IPEFの立ち上げは積極的な第一歩だ。・・輸入障壁が撤廃され、科学的根拠に基づく輸入基準が採用されることで、農畜産物の輸出は増える」との期待感を表明した。
海外市場の開拓を促進する米国穀物協会も「IPEFは新しい貿易交渉への接近手法であり、従来の貿易協定と同様の結果をもたらす」と期待。米国産の穀物とトウモロコシ由来のエタノールの輸入障壁を確実に撤廃するよう、通商代表部に注文をつけた。
さらに、日本などアジア諸国への輸出増を狙う米国酪農輸出協会と全米牛乳生産者連合は、関税障壁と非関税障壁の両方の削減あるいは撤廃を求め、「(バイデン政権は)IPEF交渉に期限を設けて米国の酪農家へ有益な結果を早急に実現すべきだ」と訴えた。
一方、NGO組織の「自由貿易を求める農業者(Farmers for Free Trade)」は、関税交渉を含まないIPEFの実効性に疑問を呈し、「 (関税交渉無しでインド太平洋地域の)市場をどのように開拓するのか、農家へ直接説明すべきだ」と反発した。
他方、与党民主党系で、輸出振興より国内市場での中小農家の役割発揮を重視する全米農民連盟は6月6日現在、IPEFについて何らの反応もまだ明らかにしていない。
このようにIPEFに対する農業団体の評価は分かれる。複数の農業メディアが次のような情報を報じているのもその一因と考えられる。
(1) IPEFは(議会の承認を必要としない)大統領の行政命令に基づいて法的拘束力を生じる貿易協定である。
(2) 「包括的で自由かつ公正な貿易」などの4本柱で構成されるが、(議会の承認を得るのが困難な)関税引き下げは交渉の対象に含まれていない。
(3) IPEF創設に関する13か国の共同声明と米国政府の関係資料には、インド太平洋諸国における農産物の市場開放など、具体的な交渉課題を示唆する記述がない。
(4) IPEFには4本柱の一部だけを選択して加盟するのも可能であり、交渉期間は短い(米国政府は2023年11月のAPEC首脳会議までにIPEFの正式発足を計画)。これでは米国が実質的な成果をどれほど得られるのか、見通しは不透明だ。
対中関係悪化を恐れる農業団体
半導体などの供給網のブロック化ともいえるIPEFは、中国に対する明らかな対抗策。多くのメディアがバイデン政権のそうした思惑に焦点を当てるなか、中国の〝米国農業離れ″に対する懸念が農業団体の間で広まっているようだ。
IPEF報道と併せ、農業メディアが次のような情報を伝えているからだ。
農務省は5月26日、2022年度(21年10月~22年9月)における米国の農産物輸出額が1910億ドル(約25兆円)の史上最高に達するとの予測を公表した。
だが、輸出額が前年度比で10.9%増えるのは穀物等の輸出価格が高騰したためで、主要品目の輸出量は全体で5.7%減だ。大豆の輸出量は3.0%増えるが、小麦とトウモロコシは20.4%、7.3%の減が見込まれる(表参照)。
なかでも、対中輸出量の減少が注目される。農務省の貿易統計によると22年度の上半期、中国へ輸出されたトウモロコシと大豆の量はそれぞれ690万トンと2516万トン。前年同期比で12.3%、16.6%の大幅減だ。
これには中国国内の需要減に加え、輸入先の多元化が影響しているとみられる。米国農業界にとって悲観的な情報はさらに続く。
IPEFの創設で米国がCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定、旧TPP)へ復帰する可能性はなくなった。また、米中両国が通商交渉を促進し、前大統領が中国と結んだ「第一段階合意」に続く「第二段階合意」への到達も限りなく遠のいたとする観測が広まる。
さらに5月31日、中国国務院(内閣)は33の景気・雇用促進策を発表。そこには食料安全保障策が含まれており、同国の食料輸入政策への影響が注目されている。
2021年度、米国の農産物輸出額に占める中国の割合は19.4%。米国農産物の最大の顧客となった同国の輸入政策が今や、米国農家の農業経営の帰趨を決するといっても過言ではない。
米国では穀物や大豆が2012年以来の高値水準にあるが、肥料の価格指数は依然2年前の2倍以上。ガソリンは6月に入って1ガロン4.67ドル(1リットル当たり約160円、1年前の1.5倍、2年前の2.3倍)。夏場の需要増で5ドル超えの高値更新が確実視されている。
このままでは、価格上昇を上回る生産費増大で農家は経営悪化へ転じかねない。
さらに、中国の〝米国農業離れ″が進み、市場価格が下落へ転じるようなことになれば、バイデン政権の通商政策に対する農業界の不信が一気に強まるのは必至だ。対日市場開放の圧力が急浮上するなど、IPEF交渉をその〝とばっちり″を受ける場にしてはならない。
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