農政:小高根利明の語ろう日本農業の未来--アグリビジネスの現場から
「農家・JAに手を差し伸べる物流企業に」全農物流・寺田純一社長【小高根利明の語ろう日本農業の未来】2022年6月10日
コロナ禍やウクライナ情勢などに伴う燃料価格の高騰などで物流業界は対応に迫られている。農畜産物の物流でトップランナーを目指す全農物流もその一社だ。今回の「小高根利明の語ろう日本農業の未来~アグリビジネスの現場から~」は、社長就任から3年を迎えた寺田純一社長に、今後の戦略や業務への思いを聞いた。(聞き手・小高根利明本紙客員編集委員)
全農物流 寺田純一社長
燃料高騰に悩みながら解を求める
――コロナ禍にウクライナ紛争が重なって、物流業界も過去に経験のない事態に直面していると思います。まず、物流の最前線で今、何が起きているかについてお聞かせください。
寺田 一番大きいのはやはり燃料高騰ですね。物流費は農家の方からするとコストですけど、その物流コストを占める燃料なので、これは業界を挙げていろんな動きが出ています。例えばコストを反映した値上げ、売価設定ができる農畜産物であれば、一定の部分は荷主であるJAグループの皆さんに何とか燃料高騰分をというような対応も考えられます。しかし、米価は上がらない。しかも当社の売り上げの約4分の3が全農をはじめとする系統が占めている中、JAの資本が入っていることで単純には燃料高騰を物流費に転嫁できないという、板挟み状態となっています。一方でわれわれの出番だぞという気持ちもあります。そうしたなかで今社員みんなが苦労し、悩みながら解を求めて取り組んでいます。また、ドライバー不足という問題もあります。当社は1000社位の運送会社と取り引きがあって、業務を相互にやり取りしながら対応していますが、この機会にいろんな業態を知ろうと各種物流会社への訪問や若手社員をドライバーとして出向させたりしてリサーチを進めています。
――現場で相当なご苦労が生じているわけですね。
寺田 ただ、私が指示するまでもなく、社員は使命感を持って取り組んでいます。実はコロナが発生した時に首都圏で食料を買い込む消費者が増え、販売店からお米が消える現象が起こりました。そうした中で全農パールライスが昔の米騒動のようなことを起こしてはいけないと精米工場を24時間フル生産でスーパーにコメを供給し、われわれも精米配送をフル回転させて米の安定供給に努めました。作業・配送現場は大変な激務だったと思います。こうした動きはニュースになっていませんが、ニュースにならないということは関係者と一体となってきちんと米を届けることができた裏返しでもあるといえます。
初めての全員討議を経て3か年計画づくり
――物流というのは、人の体に例えると血流みたいなものです。物流が滞ると農業でいえば生産拠点と消費者もダメージを受ける。その物流の大切さが再度認識されてきていると思います。そうした中で全農物流は今年度から中期3か年計画の基本方針を打ち出されました。社長として特に力を入れた点をお話しください。
寺田 実は今回の3か年計画は初めて全員討議を経てつくりました。何がやりたいのかみんな意見を出してよと。それとなにより社員に自分が働く会社の価値を見直してもらう機会になると考えたのです。さきほども触れましたが全農物流の仕事の4分の3は系統からいただく仕事で、JAグループについていけば未来永劫仕事があると社員が誤解というか錯覚している面があると感じていました。ただ、もともと全農は流通組織ですし、そこから分社化したということは全農が扱う品物の物流をわが社としてきちんと考える義務があり、その義務を果たすために何をすべきか考えなければいけません。そのためにはライバル会社が何をしているかなど、きちんとしたリサーチなども必要です。そうしたことのひとつのターニングポイントにしたいと思ったのです。
――その社長の熱い思いに応えた3か年計画となったわけですね。さまざまなアイデアが出たんでしょうね。
寺田 経営理念として「日本の農業の発展に貢献する企業であり続けます」とあり、2030年ビジョンとして「日本の『食』を支え、農業物流のトップランナーとなります」と掲げています。「目指します」ではなくて「なります」としたところが決意の表れで、4月から名刺にもこの文言を入れています。
社員からのアイデアはたくさん出ました。海外進出したいなどという意見もあって、僕が社長の間は難しいかもしれないがアイデアを温めておいてくれと言ったりしました。ただ、全農は米でも肉でもいろんな物流会社を使って輸出しているのになぜわが社ができないか考える必要があります。今回の基本方針の中に「提案型営業へのシフトや物流品質の向上、新たな事業領域の開拓」といったことも盛り込みましたが、とにかく会社の立ち位置をきちんと定める3年間にしようと考えています。
2024年問題見据え産地支援を模索
――最近、大手運送会社の「トータルソリューションを提供します」と言ったテレビCMが流れ、昔の飛脚のイメージからずいぶん変わってきていると感じます。たぶん物流事業は川上に入り込まないと合理化や効率化が難しいのではないでしょうか。全農物流にはデジタルの力もうまく活用して都道府県をまたぐ基幹輸送を果たす役割への期待が高まってくると思います。
寺田 実は今、2024年問題(注)というのがあって、残業規制が入ると1人のドライバーが「九州から東京まで」のような長距離を運べなくなります。その対応について全農とも相談していますが、どこかで中継しようとすると、当然コストが上がりますし、すでに園芸産地では悲鳴が上がっています。
さらに、選果場などでは労働力不足で青果物の段ボール詰めなどの作業支援が困難となり、地場の運送会社が荷物を受けてくれなくなったと、当社に相談がくる事態となっています。これからは選果場の梱包もできない時代がくるかもしれない、そのときは作業支援ができるよう準備しておかなければならないと考えています。例えば将来的には、選果場で働いているのはわが社の社員だらけという事もあり得る。こうして農家やJAがどうにもできないところに手を差し伸べられる企業になれればいいなと考えています。
――誰かが現場に手を差し伸べなければいけないわけですね。産地側か消費者側か、あるいは物流企業か。その中で一番近い位置にいるのが物流会社だと思います。現場で困ることに直面する中、ほうっておいたら別会社がやるかもしれない。誰が先にアイディアを出して実行するかという時代がすぐ近くまで迫ってきていると思います。
寺田 各企業も色々と考えていますね。新しく何かを取り込もうと動き始めようとしたときにはもう取られているかもしれない。だから社員にもいろんな人と会って話を聞いて来るよう指示しています。物流会社しか物流をしてはいけないというのはないんです。ボーッと生きてるといつの間にか足元をすくわれてしまうということですね。
「JAだから安心だよね」の言葉大切に
――全農は今年創立50周年を迎えましたが、全農物流は一足早く昨年に50周年を迎えました。JAグループとしての強みを改めて感じることはありますか。
寺田 50周年記念誌にも書いていますが、JA運動はすごいと改めて思っています。戦前から米麦は政府と特定業者との独占契約であったため、かつては農家のコメをJAグループで運べませんでした。それが先輩方の粘り強い取り組みで20年かけて運べるようになりました。「協同組合運動」の大きな成果であり、改めて敬意を表したいと思います。
最近、ライバル会社が独占していたあるJAの荷物をいただくことができました。そこでそのJAの幹部の方と話をしたら、「ほかの運輸会社には何をされるかわからないが、全農物流は全農だよね、JAだよね、だから安心だよね」と言ってくださったんです。JAグループで働いてよかったと感じた瞬間でしたね。こうしたことは大切にしていかないといけません。
新倉庫の完成を機に新たなチャレンジへ
――近く埼玉県の久喜倉庫を拠点にした構想も動き出すそうですね。
寺田 今は冷凍冷蔵倉庫が神戸にしかないのですが、需給バランスの問題もありますし、最近のように個食が増えてくると冷凍食品の需要がうなぎ上りの状況なんですね。そこで久喜を拠点に首都圏で冷凍冷蔵チルド食品に対応した事業展開をしようと取り組んでいます。
当社にとって首都圏で初めての3温度帯倉庫を約60億円をかけて整備し、来年4月から稼働させます。新倉庫の保管能力は低温・冷凍・冷蔵・常温を合わせて約3万4700tあり、会社全体の保管能力が20万tを超えることになります。社運を賭けた投資だと社員に言っていますが、新たな事業へのチャレンジに取り組む物流拠点の完成を機に、会社を挙げて新たな付加価値を創出すべく努力したいと思います。
(注)「2024年問題」
時間外労働の上限規制などを盛り込んだ「働き方改革関連法」によって2024年4月から、物流業界で生じる様々な問題を指す言葉として使われている。特に「自動車運転の業務」の時間外労働が年960時間と上限規制されることによる影響が指摘されている。運送会社では、収入減少によるドライバーの離職や売上の減少が心配され、荷主の企業にとっては運賃が値上げされる可能性があり、物流業界の課題となっている。
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