農政:小高根利明の語ろう日本農業の未来--アグリビジネスの現場から
出光興産Gとして目指す新戦略 エス・ディー・エス バイオテック・阿部社長【小高根利明の語ろう日本農業の未来】2022年8月26日
農薬会社「株式会社エス・ディー・エス バイオテック」は、今年7月、出光興産アグリバイオ事業部と事業統合し、出光興産グループのアグリビジネスの中核をなす企業として新たな歩みを始めた。統合によって今後、同社は何を目指すのか。今回の「小高根利明の語ろう日本農業の未来~アグリビジネスの現場から~」は、出光興産出身で6月に就任したばかりの阿部徹社長に、今後の事業戦略などを聞いた。(聞き手・小高根利明本紙客員編集委員)(敬称略)
株式会社エス・ディー・エス バイオテック 阿部徹社長
1960年代の食料危機への意識から始まったアグリバイオ事業
――出光興産さんといえば、農家からはJAのガソリンスタンドでガソリンを供給してくれている非常になじみの深い会社だと思います。その石油元売りの出光興産さんがなぜ農薬を手掛けることになったのか、そのいきさつからお話いただけますか。
阿部 出光興産がアグリバイオ事業を始めた経緯は、1960年代に遡ります。当時、石油からたんぱく質を取り出そうという研究開発が盛んに行われていました。1960年代後半は、世界的に人口増加が進んで、このまま推移すれば食料危機が訪れる可能性があると言われていました。そこで工業的な食料生産ができないかという話が国内でも出るようになり、出光興産では、石油を微生物に分解させる過程でタンパク質を取り出して、まずは畜産の飼料に混ぜようという研究開発をスタートさせました。
この取り組みについては、当時の消費者から、最終的に人の口に入る食べ物を石油からつくることに抵抗があると反対があり、研究開発を中止しました。しかし、その時に培った微生物発酵・培養技術が出光興産アグリバイオ事業のコア技術となり、2005年にアグリバイオ事業部を発足し、微生物を活用した生物農薬・飼料添加剤(アニマルニュートリション)などの開発や商品化を進めてきました。
また、農業や食料生産は、エネルギーと同様、人類にとって大変大きなテーマであると捉えてきました。農業に関する事業をやることで、我々が社会のインフラを支える役割が果たせないかといった考えもありました。こうした経緯で、農家さんになじみのある「石油の出光」が、実は生物系の農薬にも取り組んできたということです。
統合でアグリビジネス拡大・成長へ
――エネルギーと食料はまさに国が自立する一番の基本です。このことはロシアのウクライナ侵攻で改めて示され、日本を含めて世界的に考えが変わってくると思います。この2つに取り組もうとする出光興産グループの志を感じますが、出光興産アグリバイオ事業部と合併した新生エス・ディー・エス バイオテック社の強みと、今後の事業展開の方針をお聞かせください。
阿部 今回の統合の目的は、分散していた出光興産グループの農業分野の経営資源を、農薬業界での知名度が高く、技術力や研究開発力に優れた当社に統合・集約することで、出光興産グループのアグリビジネスをより一層 拡大・成長させていくことです。
生物農薬事業での研究開発の協業は以前から行ってきましたが、今回の統合で当社に新たにアニマルニュートリション事業が加わり、すべての研究開発活動を一体化して進めていきます。当社が持つ化学農薬の事業と出光の生物農薬の事業でいかにシナジーを生み出していくか、両社で培ってきた技術・ノウハウを集約し、深化させることで、研究開発が加速していくと考えております。
さらに販売面でも両社の特長を活かした戦略を進めます。近年農薬に耐性を持つ病害虫・雑草の出現や環境負荷の低減などが課題として挙げられています。また、アニマルニュートリション分野では世界的な気候変動対策の流れを受けて家畜由来の温室効果ガスの削減が課題となっています。こうした課題の解決に向けて、農薬への耐性菌対策として有効な殺菌剤として50年以上販売を続けている「ダコニール」や、耐性雑草や難防除雑草対策として有効な水稲除草剤「ベンゾビシクロン」の普及、牛のゲップ由来メタンガスの抑制効果で注目されている「カシューナッツ殻液」を含む機能性飼料「ルミナップ」の普及などを推進していきます。
生物農薬と化学農薬分けず、生産者の立場から提案を
――長い歴史を持つダコニールの製造販売会社として発展してきたエス・ディー・エス バイオテック社が、新たに生物農薬・アニマルニュートリションを加えて新たなスタートを切ったわけですね。
阿部 もともと、生物農薬や化学農薬をあまり分けて考えるべきではなく、農薬という1つのくくりで、生産者の立場からどちらを使っていただくのがいいかと提案できるような形にすべきと考えています。
「みどりの食料システム戦略」も追い風として、例えば生物農薬が馴染むところには生物農薬をお薦めし、化学農薬でないとなかなか効果が出ないところは従来通り、「ダコニール」などの主力製品を中心に提案していきたいと考えています。
牛のゲップのメタン抑制も 実証事業に協力
――さきほどお話のあった地球温暖化問題との関連で、出光興産さんが牛のゲップで出されるメタンガスを抑制する取り組みを進めていることは以前から伺っていました。まさにトレンドですね。
阿部 出光興産の中では非常に市場も小さくてあまり存在感はなかったのですが、「ルミナップ」という機能性飼料は、肉牛の成長や乳牛の乳量のアップに加えて、牛のゲップから出るメタンを抑制することで注目されました。ただ、話題としての価値と、それがビジネスにすぐつながるかどうかは別問題と考えています。
――メタンの削減となるとまさに世界的なマーケットですし、非常に有望ではないかと期待できると思いますが。
阿部 確かに有望ですが、現時点ではビジネスになりにくい面があります。生産者の方たちに直接経済的なリターンが生まれるのは生産性の向上によるもので、生産者の方からすればメタン削減が利益に直結するわけではなく、そこが我々の悩みです。
ただ、今後の展開には期待しています。これまでの研究成果として研究室レベルではおよそ36%のメタンの削減効果が確認できています。これを実際の牛で確認しようとするとなかなか難しいのですが、現在、肉牛の生産団体の「全国肉牛事業協同組合(全牛協)」が実証事業を進めていまして、技術連携という形で協力しています。こうした取り組みも含めて実際の牛で効果が確認できたら論文としても発表し、メタン削減をより強くPRしていけるのではないかと考えています。
――新製品の展開についてはいかがですか。
阿部 直近で上市した製品としては、「タフエイド」と「ホワイトリボン」があります。「タフエイド」は 糸状菌タラロマイセスフラバスを活用した生物農薬殺菌剤で水稲育苗箱の土壌潅注処理剤として、今年2月に上市しました。 また、「ホワイトリボン」はタバコの脇芽処理剤として有効な製品として、今年3月に上市しています。
ライフサイエンスの視点から積極的な海外展開も
――私も農薬に携わってきた身として、化学農薬と生物農薬のシナジーがたやすく得られるものではないと理解していますが、このカテゴリーの違う分野を一つに収めた会社として、今後の長期展望と、社長がどのように新生エス・ディー・エス バイオテック社を引っ張っていこうとお考えか、最後にお聞かせください。
阿部 今回の統合で出光興産から約50人が加わって現在の社員数は約230人になりました。お互いがこれまで取り組んできた事業の違いを尊重しながら、まずは1つの目標に向かって一丸となる体制づくりを進めています。
その先の目指すところとしては、まず当社の強みである、原体の性能を最大限に引き出し新たな使用場面、処理方法、混合剤を農薬メーカー各社に提案する提案型のビジネスを強化していくことです。もう1つは海外展開です。ベンゾビシクロンはアメリカやコロンビアなど海外での農薬登録を拡大しています。生物農薬やアニマルニュートリション事業においても海外展開を加速化すべく、両社の技術・ノウハウを集約した新たな取り組みもスタートさせています。今回の事業統合により、大きな意味でライフサイエンスという分野の中の農業と畜産という考えに立って、国内で定着してきた製品の海外展開に積極的に取り組んでいきたいと考えています。
株式会社エス・ディー・エス バイオテック
東京都千代田区に本社を置き、農薬、飼料添加剤、工業用防黴剤、防疫薬剤及び特殊化学品の製造、輸入、販売を手がける。従業員数234人。1968年10月、園芸用殺菌剤ダコニールの製造及び販売を目的として、昭和電工株式会社とダイアモンド・シャムロック社(米国)との合弁により、昭和ダイヤモンド化学株式会社を設立。1983年6月、商号を株式会社エス・ディー・エス バイオテックに変更。2021年8月、出光興産株式会社の100%子会社化。2022年7月、出光興産株式会社アグリバイオ事業部と事業統合。
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