農政:バイデン農政と中間選挙
【バイデン農政と中間選挙】来年も上がる生産資材コスト~懸念される天然ガス高騰の悪影響【エッセイスト 薄井寛】2022年9月7日
米国のメディアは11月の中間選挙を前に、バイデン大統領の支持率回復に注目する。7月21日に底を打った37.5%の支持率(不支持57.2%)は9月5日、42.8%へ回復(不支持52.7%)<各種世論調査の平均値:FiveThiryEight社>。新型コロナの感染者が大幅に減るなか、ガソリン価格は6月から下がり始め、高インフレは続くものの雇用環境が堅調に推移しているためだ。しかし、農業部門では生産コストが来年も上がると予測されるなど、農業経営の先行きは不透明感を増している。
3年連続で高騰する肥料代
イリノイ大学農業消費者経済学部の農業経営サイト(farmdoc)が8月2日に公表した「(同州内の)2023年作物生産収支:コスト増による収益減」の資料によると、穀物・大豆価格が本年秋に予測される水準で来年も推移するなら、肥料などの生産コストのさらなる増高で農家の手取り分は著しく縮減する。
大豆生産で全米1位、トウモロコシで第2位のイリノイ州における農業経営予測から米国農業の困難な状況を読み解くことができる。
公表された予測の一部を紹介しよう。
反収が高いイリノイ州中部において2023年に予測されるトウモロコシと大豆の販売額は、エーカー当たりそれぞれ1,203ドルと914ドル。このうち、肥料や種子、燃料、労賃などの生産費は854ドルと530ドル。これに農地の借地料の341ドルをそれぞれ加えた生産コストの総額は1,195ドルと871ドルに達する。
その結果、農家の手取りはエーカー当たり8ドルと43ドル。これらは販売額の0.7%と4.7%に過ぎない水準だ。
トウモロコシの手取りは2021年の506ドルから22年の208ドル(推計値)、そして23年の8ドルへ激減(表参照)。大豆の場合も321ドルから104ドル、43ドルへと、大幅な縮減だ。
最大の要因は直接生産費の増大にある。来年は本年に比べてそれぞれ13.2%、9.1%のさらなる増加が見込まれる。特に注目されるのが2021年から3年連続で増える肥料代だ。
トウモロコシの場合、2020年から23年にかけ肥料代はエーカー当たり143ドルから154ドル、210ドル、250ドル(予測)へと、大幅増が止まらない(大豆の場合は42ドルから45ドル、85ドル、95ドルへ)。
トウモロコシと大豆の直接生産費(2023年)に占める肥料の割合は43.0%と33.0%。肥料の高騰が農家の手取りを著しく縮減すると予測されているのだ。
さらなる悪化が懸念される肥料の需給情勢
2021年から急騰してきた米国の肥料価格は本年4月上旬からいったん下げへ転じた。高価格に反応した生産増や夏場へ向けた需要減、在庫増などによって4月から7月末にかけ総合的な肥料価格指数は35%も下落したのだ。
ところが、8月から再び値上がりへ転じ、秋以降の大幅上昇の予測がすでに広がっている。主な要因は二つだ。
一つは肥料供給をめぐる国際情勢が基本的に変化しないということ。すなわち、ロシアとベラルーシによるカリ肥料原料の輸出は西側先進諸国の経済制裁で回復せず、中国によるリン酸肥料や尿素等の輸出禁止措置も当分続きそうだ。
二つ目はドイツなどのEU諸国に対するロシアの天然ガス供給の制限・停止という直近の動きだ。これによって窒素肥料がさらに高騰する可能性が高まってきた。実際、米国中西部などの農業州では7月から窒素肥料の価格が急速に上がり出したと伝えられる。
空気中の窒素ガスと水素を反応させて製造される合成アンモニアが窒素肥料の主たる原料だが、その合成に大量の天然ガスが使用される。そのため、天然ガスの値上がりは窒素肥料や窒素を含む複合肥料の価格高騰に直結するのだ。
アンモニアの輸出国はサウジアラビア、ロシア、トリニダード・トバゴなどの少数だが、天然ガスも同様に米国とオーストラリア、カタールの3カ国で世界の貿易量のほぼ60%を占める。
液化天然ガス(LNG)の価格は昨年1月から本年8月の間に米国でほぼ3倍、EU域内で4~5倍も上昇したが、冬にかけ特にヨーロッパ諸国ではさらに上がると予想されている。
このため、ドイツやノルウェーなどではアンモニアの生産削減が計画されているようだ。一方、中国では長江流域を中心とした熱波の影響で電力供給を制限された肥料工場が減産を余儀なくされている。国際的な肥料需給はいっそうひっ迫する可能性を増しているのだ。
こうしたなか、液化天然ガスの輸出を急増させている米国では来春の作付け時期に窒素肥料などのさらなる高騰が農家経済を直撃するのではないかとの懸念がすでに広まっている。
このような事態を踏まえ、2023年農業法案の審議を進める米国議会では、事態の悪化を食い止めるために作物保険の充実など、持続的な農業経営を可能とする強力な安全網の構築を最優先すべきだとする農業議員の主張が強まってきた。
他方、肥料原料のほとんどを輸入に依存する日本では、農業経営が米国以上に厳しい状況へ陥る危険がある。円安進行による輸入原材料の大幅なコスト増に加え、食料品価格の値上げラッシュによる農産物需要の後退と価格低迷が危惧されるからだ。
農業経営の強靭な安全網を確立するため、日本の政府・国会はどれほど早めに準備を開始できるか。時間的な余裕はそれほどない。
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