農政:小高根利明の語ろう日本農業の未来--アグリビジネスの現場から
"若者の役割担う会社"目指す 秋田県の株式会社池田・池田晃司会長【小高根利明の語ろう日本農業の未来】2022年10月4日
高齢化率が全国で最も高い秋田県で、地域のお年寄りや農家などのニーズをくみ取りながら幅広い事業を展開し続けている会社がある。秋田県由利本荘市の株式会社池田。明治時代の薬局経営に始まり、農薬の卸売業から介護事業と、地域に必要とされる事業に地道に取り組み続けている。どんな思いで事業に臨み、その先に何を目指しているのか。今回の「小高根利明の語ろう日本農業の未来~アグリビジネスの現場から~」は、同社の池田晃司会長にインタビューした。(聞き手・小高根利明本紙客員編集委員)(敬称略)
株式会社池田 池田晃司会長
――このコーナーで地方の企業を紹介するのは2社目です。地方でしっかりとした経営理念を持つ会社を紹介することで全国の農業者の励みにつながればと思っています。まず、池田さんの事業の歩みからお話ください。
池田 明治38年(1905年)に町の「薬や」から始まり、今年で117年になります。父親が亡くなってから母が12年間社長を務め、平成2年(1990年)に私が社長に就任しました。就任当時は小売りの薬局と農薬・農業資材の卸売りをやっていました。主に農家が求める農薬などを農協中心に供給するという仕事が柱でした。
当時、松くい虫を中心とする森林への農薬散布事業は手がけていましたが、その頃各地で有人ヘリによる農薬散布で通学児童や車への飛散があちこちで起きて問題となっていました。そこでヤマハの無人ヘリをいち早く導入して平成元年(1989年)に「秋田スカイテック株式会社」を立ち上げました。最初は客寄せパンダのように店に飾っていたのですが、お年寄りが安全に農薬を蒔いたり管理したりするのは大変な作業です。加えて農業従事者の高齢化という背景もあり、無人ヘリでの請負防除は徐々に増えていきました。
このときに気付いたのは、ただお客様に商品を販売するだけに留まらず、松くい虫や病害虫の防除などの現場作業をすると、農家の方々やお客様から「ありがとう、助かった!」と言う声をいただき嬉しく感じました。自分が必要とされて、しかも感謝される。こうした仕事をすることで若い社員も存在意義を感じ、人間的にも成長してくれるのではないかと思いました。
母との暮らしから高齢者施設への事業思い立つ
――そこから介護施設の運営へと事業を広げていくわけですね。
池田 ある日の夕方の母の姿が1つのきっかけとなりました。父は59歳で亡くなり、51歳だった母と40年間以上同居生活となりました。その間、母は何かと私や会社の心配を口に出し、時々煩わしく感じることもあったのですが、ある時老いた母を見て「年寄りの夕方は長いな」と感じたんですね。午後から寝るまでの間、何を考えどうやって過ごすのだろうと思いました。こんな時間を、お年寄りが気持ち良く住める場所があったらいいなと思うようになりました。
また、薬局で高齢者施設等の処方箋を扱うようになって、高齢者がたくさんの薬を管理できていないことを知ったのもきっかけです。きちんと飲まずに薬が余ったりするんですね。それを朝昼晩と薬を間違えないよう、そして飲みやすく分けて確認してあげるのも私たちの役割ではないかと考えたんです。
平成17年(2005年)に池田ライフサポート&システム株式会社を設立して、デイサービス(定員20人)とショートステイ20床、特別養護老人ホームの運営を始めました。その後、居宅介護支援事業所や訪問リハビリなども開設しました。
――薬局から農薬の卸売業に介護ビジネスと、まさに地域のニーズを感じ取りながら着々と事業を拡げてきたわけですね。農薬の卸売りと介護事業を兼業している会社は全国的にみてもほかにないのではないでしょうか。
池田 高齢者に対する総合的サポートを事業の柱と考えましたら今の事業体となった次第です。
後継者に「地域が困っている事に役立つ仕事を」
――そこから農業分野でも新たな事業に乗り出しましたね。
池田 平成24年(2012年)に「FRESH GREEN(フレッシュグリーン)」を開設しました。所謂、農産物の直売所とその生産野菜をふんだんに使った食堂です。農薬生産資材の販売だけではなく、それによって生産された農産物の販売のお手伝いができればと思いました。自分たちの役割は農家の方々が心を込めて生産した野菜や果物の美味しさに付加価値をつけて消費者のお客様に心から喜んで頂くものを提供したい、それが役割と考えております。
――儲かるから手を出すというのではなく、自らが地域の核になって地域の農家を支えていこうとする会長の姿勢が伝わってきます。こうした事業を展開するうえでどんな思いを持たれていたのでしょうか。
池田 池田グループとして、「安全・安心のために総合的なサポート」を掲げ、経営理念の中に「社会においては永遠に継続する優れた事業と品格を持つ企業を目指す」という文言を入れています。私は2020年に会長となり、現在、長男が社長を、次男が専務を務めています。息子たちには常に地域の方々が困っている事に役に立つ仕事、困った時に頭に浮かぶ会社になるよう話しています。その思いを込め、わが社の社内報の名前は「いぶし銀」です。目立たなくてもいざという時に役に立つ会社になる、そんな思いを込めました。
"食・健康・暮らし"が融合した高齢者が豊かに暮らせるエリアを
――私からすると、池田さんは農薬業界の中でも主流的な動きに流されずにきちんと足元を見て、地元の人を大事にされるというコンセプトが感じられました。現在はどんな事業に力を入れているんですか。
「わかばケアビレッジイースト」のイメージ図
池田 一昨年(2020年)、地元の由利本荘市に"食・健康・暮らし"が全部融合したエリア「わかばケアビレッジイースト」をオープンしました。お年寄りが住み慣れた場所で豊かに暮らせる生活をサポートしたいという思いから、まず「特別養護老人ホーム」と「グループホーム」、「看護小規模多機能型居宅介護」の3施設を整備しました。それから体を動かせる場所としてスポーツジムやレストラン、イベントで人が集まる地域交流棟、野菜などを収穫できるファームもあります。お年寄りにお家にいるような感覚で利用していただいています。
――それは大変ユニークな取り組みですね。単にビジネスの拡張というのではなく、会長の思いを感じます。お年寄りが元気で楽しく過ごせる環境を作ってあげたいという思いがあってこその発想ですね。ただ、高齢化が進む中で、このところのコロナ禍や物価高騰などで事業にも影響が出ているのではないですか。
池田 物価高でいうと、例えば建築資材の価格がどんどん上がって施設の建築費に影響が出ています。一方で会社の業務に関わる薬価や介護の費用は抑えられています。ただ、これまで恵まれてきた部分もあったと思って厳しくても踏ん張っていこうと考えています。また、コロナは最初の段階では防御できていましたが、最近は感染経路の複雑化や感染拡大により防ぎきれない状況もあったり、少ない介護従事者に負担のしわ寄せがきています。これからも田舎はお年寄りの割合が増えていく一方で若者は減っていきますし、よほど覚悟を決めて取り組まなければいけない。こうしたことも含めて池田という会社が「この地域の若者になろう」と、そういう思いで業務に臨んでいます。
人に頼られやりがいのある職場 若者に知ってほしい
――会社自体が地域の若者の役割を担おうと決意されているわけですね。高齢化や若者の流出に悩む地方は多いと思います。地域に根差してきた企業として今後の活動に向けた思いを改めてお聞かせください。
池田 よく田舎には仕事がないと言われます。給料が低いという意味か、若者の遊び場が少ないという事なのか、それとも自分の志望する職種がないという事なのかよくわかりませんが、若者には例えば介護のように人に頼られてやりがいを感じる職場もあると知ってほしいと思います。
池田ライフ&サポートシステム(介護事業)にはベトナムとトンガの若者が入社し、介護現場で仕事しています。最初は言葉の壁もあっておばあさんたちが敬遠するかと思ったら、みんなからかわいがられています。彼らはやさしいし、「ご飯いっぱい食べて頑張って」なんて言われてニコニコしています。こうして人に感謝され、自分の存在意義を感じられる仕事があるんです。こうしたことが生きていく上での宝物だと、大事なんだと、若い人たちにきちんと教えてあげたいと思います。困っている人に頼りにされる仕事はやがて人間的にも成長すると信じています。
農業についていうと、秋田県では人口が減って農家数も減っていくかもしれませんが、農地は減らないでしょう。農業に意欲のある人からすれば事業を広げるチャンスでもあります。そこで一歩進んで意欲を持って新しいことに挑戦する若者が出てくると秋田は変わっていくと思いますし、秋田はそんな農業県になって欲しいと願っています。
(企業紹介)
株式会社池田 明治38年創業。秋田県由利本荘市を拠点に、農業支援事業や調剤薬局事業、介護事業などを手がける。農業関係では、水稲用の農薬の普及に力を入れるとともに、後継者不足や高齢化が進む中、無人ヘリコプターやドローンを活用した病害虫・雑草防除や、省力化・生産コスト低減のサポートなどに取り組む。従業員数(関連会社含む)は、パート・契約社員も含めて約460人。現在の社長は池田晃司会長の長男の池田憲亮氏。
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