農政:【土壇場の日本農業 新基本法に望むこと】
【対談 新基本法に望むこと】食と農 根源見据え 菅野孝志JA全中副会長×冨士重夫蔵王酪農センター理事長(2)2022年12月9日
【対談 新基本法に望むこと】食と農 根源見据え 菅野孝志JA全中副会長×冨士重夫蔵王酪農センター理事長(1)から続く
輸入依存を脱却 水田活用不可欠
菅野 具体策としてはもう米の減反はやめるべきだし、輸入に依存している子実用トウモロコシ、大豆、小麦について明確な年次計画を作って自給率をここまで伸ばすという目標を立てることが必要です。自給率はやはり50%は必要で、さらに備蓄もしっかりしておくべきだと思います。それは日本国民のためだけではなく、世界で困っている人に貢献することも考えて行うべきだと思いますね。
冨士 輸入に頼っている小麦や大豆を増産しようという方向は分かりますが、やはり日本では土壌条件、気象条件で生産拡大には限界があることも考える必要があると思います。
それに対して水田は高温多湿の気候風土のなかでもっとも適した生産装置であり、災害にもダム機能を発揮します。それを考えると、水田をどう活用するかも重要で主食用は500万t、パン用麺用に300万t、飼料用米100万t、ホールクロップサイレージ(WCS)に100万tと米も1000万t生産体制を作り、水田を活用していく。稲で主要食料と飼料を供給するというかたちです。これを菅野副会長も強調する年次計画として明示していくことが求められていると思います。
菅野 確かに米で作ったパンであればグルテンフリーという今のニーズに応えることになりますね。それが進まないのはコストの問題だというのであれば、そこは政策的に補てんしていく。みなさん優れた技術は持っているのだから、政策が明確になればみんな米でパンを作っていくと思います。
それから年次計画ということでいえば、荒廃農地をしっかり元に戻す目標も立てるべきだと思います。それには荒廃地化している水田を水田に戻すことは大変ですから、畑地化する。畑地化して、そこで子実用トウモロコシや牧草など米以外の農産物を作る。
避けて通れない気候変動問題 「1.5度の約束」も
また、気候変動の問題も避けては通れません。気候変動に適応した作物選びや栽培法といった環境変化への対応も求められますが、地球上では島がなくなってしまうという危機的な状況も進行しているわけですから、われわれはどう国際社会に貢献しなければならないかも考える必要があると思います。
冨士 「1・5度の約束」に食料・農業・農村サイドからどう取り組んでいくかですね。これも基本法に入れる必要があると思います。
農業自体が温暖化による影響を受けるということの一方、今度の戦争では原発が原子爆弾と同じ扱いをされ、さらに天然ガスなどエネルギー価格が上昇していることを考えると、やはり自然再生エネルギーが重要になってきます。農村地域でも自然再生エネルギーで電力を自給するということもめざすべきだと思います。施設園芸も農機も燃料ではなく電気で動かす。クリーンエネルギーに変えていくという観点も大事で気候変動対策に農業界がどう取り組むかということも明らかにすべきだと思います。
菅野 自然再生エネルギーを利用していくということは、今のように大きな仕組みで発電した電気をもらうのではなく、分散した小さな単位で発電し利用するという姿になることだと思います。
欧州の風力発電、バイオマスエネルギーなどの仕組みを見ると、地域住民への電力供給はもちろん地域の公共施設にも供給しています。小さな単位でエネルギーをまかなうことによって、地域の維持にもつながっている。
ところが日本は逆で小学校も含めて統廃合を進め集中させ、下手をすれば村をなくすという方向です。村に小学校があるというのはみんなのよりどころでもあるわけです。それがなくなるということは村に対する愛着もなくなっていく。分かってはいても、都市への集中が進むのは「時代だね」と理解してきた。
しかし、食やエネルギーはできるだけ近いほうがいいと思います。外国から安く輸入すればいいというものではないどころか、もう日本は輸入ができなくなっているということが今回は示されたということだと思います。地元では土地改良事業にともなって小水力発電の導入も提起し何割かでも地域の電力をまかなえないかと話しています。それは地域づくりにもつながる。
冨士 日本の多様な土地条件から日本の自然再生エネルギーは、太陽光、小水力、地熱、風力、バイオマスなど地域単位においても多様です。これらのさまざまな自然再生エネルギーを地域単位で複合的にとりまとめ電力自給を実現する絵姿を描く必要があります。
欧州では地域の自然再生エネルギーは協同組合方式で行い、みんなが支えて事業にしています。日本でも自然再生エネルギーための協同組合があっていいと思います。
有機戦略は拙速 一歩ずつ前進を
冨士 ところで「みどりの食料システム戦略」の実践も今後の課題となりますが、有機農業を広げるということについてはどう思われますか。
菅野 地域のなかでも温度差があると思います。どの品目でどのレベルの取り組みを行っていくか、それを示せば具体的な動きになると思いますが、今は有機農業を100万haにするということだけ。これでは夢物語です。たとえば福島県内でみんなが同一歩調で取り組めることは何かを示す。あるいはもっとレベルの高い取り組みができるという地域は、なぜそれができるのかといったことを情報共有するなど、具体化につなげる動きがまだありません。
そもそも有機農業をどう捉えるかということもあります。
冨士 有機農業面積を25%にするということにどういう意味があるのかという疑問もあります。また、減化学肥料や減農薬という特別栽培の取り組みではだめなのかとも思いますね。
菅野 減農薬という取り組みなら分かります。今までを100とすれば、80まで減らし3年後には50までもっていけそうだという取り組みです。ただ、50を超えてさらに減らすと、今度は農業生産量そのものが落ちてしまうため、やはり限界値があるだろうということです。そこを明確にして挑戦していける指標が必要だと思います。
冨士 減農薬減化学肥料で一歩づつ前進していき、その行きつく先に有機があるということでしょうか。
菅野 みどりの食料システム戦略は欧州の考え方をそのまま輸入したような印象があります。日本の気候風土、土壌条件を含めて考えておらず、今のところは国際的に言われている課題や政府のカーボンニュートラルといった課題に当てはめるように計画を作っている感じがします。そうではなく、地域の実態に合わせて、たとえば化学肥料を2割減らすことができないかと呼びかけていく。それによって生産量も変わらなかったということも確認していく。そうした取り組みとして進める必要があると思います。
ただ、有機農業に対するみんなの心配は生産量がダウンするのではないかということです。そうなると収入が確保できるのか心配になります。
これは販売戦略の問題にもなっており、今は有機農産物をネット販売で頑張っている人は確かにいますが、日本全体で有機農業に取り組もうということになると、国家政策として支援する施策がないと進まないと思います。
それと同時に現場を支える技術も大事です。労働力や担い手が少なくなっていくなかで生かせる技術は生かすことが必要ですね。そのための支援も一過性ではなく継続性が必要で、それは全体の農業生産力を維持していくための政策になると思います。
今回の基本法見直しに願いを持つとすれば、国民が農業の大切さを理解し農業を応援するという関係ができることです。だから農業者も元気を出して頑張れる、となります。その関係がしっかりしてくると基本法もいいものになると思います。ただ、今はまだ農業者のための食料・農業・農村基本法だと多くの国民は思っているでしょう。
冨士 経済界の人たちと話すと、農業界は安心安全や、昨年と同じいいものが取れたなど継続性を大事にすると言います。それはそうでしょう。5年、10年で終わりではなくて農業は50年、100年続かせようとする生業です。毎年持続していることが安心だということでもありますね。ところが、それでは成長という発想がないではないか、と経済界は批判するわけです。農業をどう考えるか、そこが違うと思います。
菅野 農業は継続しながらもイノベーションを起こしていますよ。リンゴの品種を考えても、いろいろな品種が出てきて味もかたちもいいリンゴが生産されるようになりました。100年続いた産地があるのは、こうした技術開発を取り入れてきたからです。逆にイノベーションが必要だと言いながら、100年続いた企業はどれだけあるんですか、と思います。
冨士 世界的に100年以上続いているのは農業と関わりの深い酒蔵やワイナリーがほとんどだそうで、工業製品で100年以上続いた企業はないに等しいです。まさに農業や食料に関わる産業が持続可能な経済社会システムであるという証拠ですね。
農業あっての国 命守る宝の大地
菅野 農業の大切さを理解するには、自分が住んでいる日本という国が好きだ、大切なんだという気持ちが本来なくてはならないと思います。これは国粋主義的に言うわけでありません。たとえば若い人は選挙に行きませんが、それでは未来を担う人々にとってよい政策や将来につながる政策を確立することができません。だから、自分の国を好きになるということはどういうことなのか、これも考えなくてはならないと思います。それは自分の国に対する誇りを持つことでもあります。
冨士 この国の土地条件、気候条件のなかで何百年、何千年と人々が力を合わせて生きてきたという誇り、それが国を愛する、好きだという気持ちのベースになっている。その根本である食料・農業・農村の基本法の見直しであるということを意識しなければならないということですね。
菅野 繰り返しますが、日本の食と農、そして命を守るんだということが基本法の根底に置かれるべきだと思います。そして多面的機能といっても国民には分かりにくいですから、豊かな自然、荒廃していない大地を宝にして守っていくんだと訴えていけばいいと思います。
農業者、農業団体を超えて国民の問題とするためには、今の四つの理念だけでは不十分で、さらに国民の命を守る農といった新たな軸が必要だと思います。
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