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農政:【土壇場の日本農業 新基本法に望むこと】

どう見直す 基本法 何より必要な食料安保への国民理解 横浜国立大学名誉教授 田代洋一氏2023年2月20日

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食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会はこれまでのヒアリングや意見交換を踏まえ、今後6月の中間とりまとめに向けて熱を帯びてきた。そこで農政に詳しい横浜国立大学名誉教授の田代洋一氏に「新基本法の改正に向けて」をテーマに改正論議のポイントを解説してもらった。

田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授

新基本法(以下「基本法」)の見直し作業が進み、全中理事会も5月に政策提案を組織決定するようだが、それでは遅い。なぜなら今の改正論議に欠けているのは国民や一般農業者の声だからだ。農業団体は組合員の総意を結集して改正に反映させる必要があり、今から組織討議する必要があるからだ。

基本法は理念法である

基本法は「農業の憲法」といった捉え方もあるが、それは間違いだ。憲法は立憲民主主義国で最高の法的規範力をもつが、日本の「基本法」は政策の方向性を示す理念法・宣言法であり、それ自体は具体的な法的規範力をもたない(『[逐条解説]食料・農業・農村基本法解説』)。

理念を実現するには、時の政府や政治が、理念に即して具体的な立法や政策を行う必要がある。しかるに新旧の農業基本法は、その制定に際して多数の関連立法を伴ったが、後は「鳴かず飛ばず」だった。改正にあたっては、その都度の具体的立法が不可欠なことを肝に銘じ、論点を具体的に絞るべきである。

基本計画の国会決議

基本法は、理念と現実政策をつなぐ工夫として5年ごとの基本計画を導入したが、自給率目標にもみるように機能していない。その一因として基本計画は国会への報告を義務付けられるだけで国会決議を要さない点がある。基本法の理念を具体的立法につなげるには、まず基本計画が立法に準じる規範力をもつ必要がある。それで自給率目標が達成されるとは限らないが、少なくとも目標設定の緊張感は高められる。

なぜ食料自給率の目標を達成できなかったのか

改正論議のメインテーマは食料安全保障だが、基本法の規定が曖昧で、「食料安全保障」のタイトルは第19条「不測時における食料安全保障」に限定される。

しかし後述するFAO定義に準拠すれば、第2条(食料の安定供給の確保)こそが食料安全保障の内容規定である。すなわち、その第1項「国民に対する食料の安定的供給」が「いわゆる平時における普遍的な理念」をさし、第4項「不測時における食料の安定供給」が「危機管理対応」にあたる(前掲『解説』)。そう理解しなければ、何のために基本法が食料自給率を唯一の目標にしたのか分からなくなる。

食料安全保障を文言的に「不測の事態」に限定解釈することは、今回の検証にも重大な欠陥をもたらした。すなわち、膨大な資料提出にもかかわらず食料自給率の目標を達成できなかったことの解明が一切見当たらず、画竜点睛を欠く。

中島康博氏(基本法検証部会長)は、本紙1月25日インタビューで、基本法下の自給率低下の原因をデフレ、賃金抑制に求めているが、筆者は基本法の理念を無視したメガFTAの追求が最大の原因だと思う。そういう論議の深化を出発点に置くべきである。

食料自給率向上は十分条件ではない

日本のような超低自給率の国が、食料安全保障の要に自給率向上を据えること自体は適切だ。しかしそれは必要条件であっても十分条件ではない。

食料安全保障の国際標準であるFAOの定義は、「全ての人が、いかなる時も、...十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的にも社会的にも経済的にも入手可能である」ことだ。格差社会化が深刻化する中で、たとえ一国トータルで「物理的」に「食料の安定供給」を確保できたとしても(必要条件)、その配分に当たっては「社会的にも経済的にも」全ての人びといきわたる(十分条件)可能性がないからだ。基本法は食料安全保障の必要かつ十分条件について再定義し、他省庁とも連携しつつ、格差是正の取り組みの一環として取り組むべきである。

人口減少社会化では自給率計算の分母(消費)が減り、その限りで自給率は自動的に上昇する。しかし現実にはそうなっていないし、またそれでは社会は豊かにならない。自給率に加え、食料供給可能性の絶対水準を示す「食料自給力」とその諸要素も目標にすべきだ。

価格交渉ルールの制度化

基本法見直しの直接の契機は、コロナ・インフレ下の資材価格の高騰、加えてロシアのウクライナ侵略に伴う入手困難だが、基本法33条は「農業生産資材の生産及び流通の合理化の促進その他」の規定しかない。「その他」に「原料確保」を加え、先頭に持ってくる必要が生じた。

「不測の事態」における価格補てん等であれば補正(臨時)予算で対応できるかもしれないが、農産物の売り手買い手間に価格交渉力の構造的差異がある下では、コスト変動を適正に価格に反映させる仕組みが欠かせない。部会資料(22年11月)でもフランスのエガリムⅠ・Ⅱ法の紹介があり参考になる(全国農業新聞の23年1月13、20日号の新山陽子稿も)。

ポイントは価格転嫁には法制度対応が必要であり、WTO農業協定や独禁法を睨みつつ、当事者間の価格交渉のルールを法定することは可能だ。そのことを食料安全保障の一環として基本法に銘記したうえで、具体的な立法措置を講じるべきである。

実はフランスでも農協の位置づけや扱いが問題になっている。全中はその辺を実地に精査して立法化に備えるべきだ。

「農業を担う者」の明確な位置づけ

農政はこれまで、離農跡地を「効率的かつ安定的経営」「専ら農業を営む者」に集積すれば農地総量は確保されるものとしてきた。検討部会資料でも、農家減少率が高いほど借地率や上層集積率が高まるデータを示している。また、基幹的農業従事者が今後20年で4分の1に激減すると指摘しつつも、<スマート農業・法人農業化→農産物輸出>でしのげるものとみているようだ。

しかし2020年農業センサスは、この間の経営耕地の減少率が史上最大であることを示した。「担い手」への農地集積だけでは農地総量を確保できない時代に突入したのだ。これまでの構造政策は破綻した。

そこで先の基盤強化法の改正でも効率的・安定的経営への農地集積の前に「農業を営む者の確保及び育成」をもってきた。そこには半農半X等も含まれる。新規就農者、青年農業者、半農半X等を農地の守り手として基本法に位置付け、支援策を抜本的に強化しなければ日本農業は滅びる。中島氏はこの項の扱いが「どうなるかは分からない」としているが、踏ん張りどころだ。

カーボンニュートラル、直接支払い、アニマル・ウェルフェア

基本法は「農業の自然循環機能の維持増進」を定めたが、より積極的にカーボンニュートラルへの貢献規定を盛り込む必要がある。

中山間地域等について直接支払いにつながる規定を設けた。ならば多面的機能支払い、その大いなる担い手としての農村振興についても直接支払いを銘記すべきだ。中山間地域直接支払いは「不利の補正」に過ぎず、より積極的な農山村振興策が要る。

国際的に追及されているアニマル・ウェルフェアの規定もない。しかるに現在、鳥インフルやアフリカ豚熱が猛威をふるい、豚インフルも懸念されている。その一因として特に日本の超多頭・過密飼育がある(『選択』2023年2月号)。アニマル・ウェルフェアを確立しないと人畜感染症や食料安全保障につながる危険性が高い。

農業団体の積極的位置づけ

基本法は時代状況からして、「団体の効率的な再編整備」しか規定しなかった。しかしその時代は過ぎ、今や農協は「国消国産」で地域における食料安全保障を率先追求しつつ、地域ぐるみのカーボンニュートラルを担う必要があり、農委は地域づくりの人・農地プランを下支えし、農業共済は収入保険等を推進し、土地改良区の国土保全機能は高まる。今後の日本農業のあり方を追求するうえで、団体が農政の欠かせないパートナーである旨を明記する必要がある。

理念を担保する予算の確保

基本法という「仏」に「魂」を入れるには予算措置が欠かせないが、その点がおぼつかない。現政権は、防衛予算を5年間で倍増し、子ども手当の所得制限を外すという。だが国民は増税に堪え得ず、政府の債務残高GDP比230%水準にある。あのロシアでさえ17%というのに。

来年度当初予算案は6.3%増だが、農林予算は0.4%減である。TPP対策や食料安保は補正予算対応だが、額が当初予算より多くとも、補正予算はあくまで臨時的だ。12月財政審は自給率向上に疑問を呈し、食料安全保障は財源とセットだとけん制する。

内閣の食料安定供給・農林水産業基盤強化本部「食料安全保障強化対策大綱」(22年12月)は、「一時的には歳出の増加を招くものであることに鑑み、財政負担とのバランスを考慮したうえで、毎年の予算編成過程で食料安定供給・農林水産産業基盤強化本部が責任を持って確保するものとする」と一応は心強い。しかし「財政負担とのバランス」には財政審への配慮が透けて見え、そもそも食料安全保障は「一時的」ではない。

こういうなかで、基本法改正には何よりもまず食料安全保障に対する国民理解が必要だ。そして国民へのアピールは、農協が大一番の出番ではないか。

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