農政:世界の食料は今 農中総研リポート
【世界の食料は今 農中総研リポート】環境・気候対策に直面するEU農政 強まる環境部門の攻勢 平澤明彦理事研究員2023年4月27日
激動する世界の情勢は日本農業をも翻弄する。そこで今月から毎月1回、農業や食料等の研究や内外経済調査等のシンクタンクである農林中金総合研究所の研究員に「世界の食料は今」をテーマに解説してもらうシリーズを始める。第1回は「環境・気候対策に直面するEU農政」(前編)として、理事研究員の平澤明彦氏が担当した。
今月から月に1回、農林中金総合研究所の研究員が海外情勢について報告することになった。初回に当たる今回と次回は、EUにおける環境・気候対策と農業の緊張関係について論じたい。今回は環境・気候施策の動向について説明し、次回は農業部門の見方と食料安全保障への示唆、そしてCAP(EUの共通農業政策)の今後について述べる。
前途多難の改革 何が問題に
EUでは気候・環境対策の総合政策である欧州グリーンディール(EGD)の進展とともに、農業部門への影響が少なくないことが明らかとなり、政治的な反発を招いている。その争点は、生態系や気候の環境的な持続可能性と、農業の経済・社会的な持続可能性ひいては食料安全保障との釣り合い、そして農業の環境・気候対策にかかるEU機関の分野調整と財政資金の出所である。そうした文脈の中で、2023年から新たな改革の実施が始まったばかりのCAPについて、既に次の改革に向けた議論が出始めている。では、具体的に何が問題となっているのか。
EGDの下でファームトゥフォーク戦略(F2F=農場から食卓まで)や2030年生物多様性戦略(BDS)は当初、農業に関する各種の数値目標を設定して注目されたが、その後は各戦略に基づく構想や法制案の提出が続いている(注)。例えば、植物防護製品持続可能使用規則案は、2030年までに化学農薬の使用とリスクを半減するという拘束力のある目標を設定し、各国が計画を立てて進捗(しんちょく)を管理するとともに、農薬使用を最後の手段とする総合防除(IPM)の義務付けを徹底し、その実施状況について個々の農場に当局のデータベースへの入力を課す。
また、世界初になるとみられる画期的な法制案も含まれる。自然再生法案はこれまで保護区に限られていた希少生物や生息地の保護を、農地など生態系一般へと拡大する。土壌健全性法案は、土壌の保護について、水・海洋環境・大気の分野で実現しているように、総体的かつ一貫性のある法制度を確立しようとしている。
(注)個々の施策について詳細は平澤(2022, 2023)を参照。
拘束力の高い「規則」で規制を具体化
実は、これらの施策はこれまでの失敗を踏まえて作られている。現行の農薬持続可能使用指令(2009年)は加盟国における実施に不備があり、特に総合防除の実施は遅れている。自然保護区は野鳥指令(導入1979年、現行制度は2009年)と生息地指令(1992年)に基づき設置されているが、生物多様性の減少を逆転させるという2020年生物多様性戦略(2010年)の目標は果たせなかった。土壌保全枠組指令案(2006年)は成立すら叶わなかった。
今回はいずれの法制案も加盟国による法制化を必要とせず効力を持つ「規則」の形式を取り、また、加盟国の達成目標の立て方や取り組み内容を具体的に規定しようとしている。BDSはEUの最優先政策となったEGDに乗って、F2Fとも連携しながら環境対策の強化を目指しているのである。生態系の保全は気候変動対策と重なることも追い風である。
CAPに補助金による農業者誘導など期待も
その結果、F2FとBDSの農業に対する数値目標については、そのほとんどに何らかの法的拘束力を持たせる方向を目指して法制化が進もうとしている(表参照)。しかも、EGD・F2F・BDSは目標の達成手段として各種環境法制とともにCAPを挙げている。EUの環境政策は予算規模が小さく、CAPには補助金による農業者の誘導と環境規制対応の助成が期待されている。
実際、持続可能使用規則案は、CAPの新たな農業環境補助金「エコスキーム」で農業者の順守費用を助成しようとしている。しかも、そのためにCAPの直接支払制度で重要な原則となっている受給者の各種環境要件(コンディショナリティー)と、ベースラインの規定(法令順守の費用は助成の対象外)を免除するとしている。環境法制の中、つまり農業部門の外でCAPの既存ルールに例外を設け、CAP予算の使途を決めようとしているのである。
予算獲得がカギ
さらに、加盟各国のCAP戦略計画が貢献するよう定められた各種環境法制の大多数はEGDの下で強化が提案されており、新規の環境法制が追加される可能性もある。その場合、各国は計画の見直しが必要ないかどうか検討を求められる。
これまでCAPに対する環境対策の圧力は、EU基本条約への対応や、CAP予算を維持するための条件という側面が強く、具体的な対応は農業部門の中で策定されてきた。しかし、いまやEGDの下では環境部門が農業への具体的な要請内容を法制化し、かつCAPから予算を獲得しようとている。
こうした事態に農業部門はどのように対応しようとしているのか。後編で論じたい。
◇
(引用文献)
平澤明彦(2022)「EUの土壌戦略」『農中総研 調査と情報』(89), 12-13頁, 3月
平澤明彦(2023)「EU環境・気候戦略の進展と農業」『農林金融』76(4), 19-47頁, 4月
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