農政:欧米の農政転換と農民運動
【欧米の農政転換と農民運動】イギリスでも農民が決起 期待外れのEU離脱後の農政転換(1)駒澤大学名誉教授 溝手芳計氏2024年3月13日
欧州で農政の不信感から農民のトラクターデモなどが目立っているがイギリスも例外ではない。EU離脱後の農政改革方向への不満があるようだ。駒澤大学名誉教授の溝手芳計(よしかず)氏に解説してもらった。
イギリスでも農民の抗議行動が広がる
欧州で農政の不信感から農民のトラクターデモが。ドイツ・ヴィースバーデンの農民抗議活動(2024年1月)
欧州農民が怒っている。イギリス農民も怒っている。ドイツやフランスなど欧州大陸でもイギリスでも、農民の抗議が噴き出している。だが、イギリスの様相は大陸とは異なる。欧州連合(EU)からの離脱(ブレグジット)をきっかけとする大農政改革の具体化の最中にあるからである。イギリスにおける農民の抗議活動を紹介しながら、農政改革の今を伝えたい。
2023・24年冬、イギリスでも農民たちの抗議活動が燃え広がっている。2月には、大陸での熾烈(しれつ)な抗議活動に呼応して、直接行動が繰り広げられた。2月10日には、欧州への門戸となるドーバー港周辺で、低価格農産物輸入を放置し、自由貿易協定締結を進める政府やこれに便乗するスーパーマーケットに抗議して、数千の農民が40台のトラクターの牛歩走行による交通遮断を敢行した。また、ウェールズでは、欧州共通農業政策由来の面積割り直接支払い制度に代わるウェールズ政府の持続可能農業制度(SBS)の実施に反対して、数千人規模の農民集会を繰り返し、数十台のトラクターを動員して自治政府農村大臣事務所前で抗議集会を開き(2月12日)、トラクターののろのろ運転デモで幹線道路の通行マヒを起こした(2月16日)。
飛び火がおこっているのは、イギリス農民が欧州農民と共通の苦境に立たされているからである。農民たちは、大陸でも、イギリスでも、農産物価格の下落、コストの上昇、小売業者の支配、安価な輸入農産物に苦しんでおり、農家に不当な負担を強いるように感じられる農業政策の環境政策への動員に不満を募らせている。その根っこにあるのは、EUや政府の官僚や政治家が、農民の声に耳を傾けず、農業・農村の実状を無視してきれいごとの農業政策を進めているという不信感である。
性急で対策不十分な農政転換への不満
半世紀以上にわたって農業政策の大黒柱とされてきた価格支持や直接支払いが、EUでも、イギリスでも、環境保護や動物福祉といった食料生産以外の公共的利益への貢献に対する報酬という新しい枠組みに組み替えられようとしている。経営面積基準の直接支払いのもとでも21世紀に入って農場経営数が3分の1も減少するなかで、きめ細かな対策や説明を欠き、状況がよくわからいままに対応を迫られるとなれば、不安や不満が強まるのは当然であろう。
さらに短期的には、コロナ・パンデミックやウクライナ戦争にともなう燃料、農業資材、輸送費などの高騰が進むなかで、販売面では小売業者の市場支配力により農家の実質的な販売収益が下がる一方、ウクライナ産農産物の無関税輸入が増え、干ばつ、洪水、熱波等の異常気象が襲いかかっている。こうしたなかで、当局は、一方で域内や国内の農業生産に課する環境規制を強化しながら、他方でこの規制の弱い国々との自由貿易協定の交渉を進めている(EUのブラジル、パラグアイ、ウルグアイなどのメルスコール諸国との交渉、イギリスの米国との貿易交渉、およびニュージーランド、豪州との自由貿易協定)。
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