農政:欧米の農政転換と農民運動
【欧米の農政転換と農民運動】環境重視と自由化の矛盾 イギリス農民の怒りの正体と運動の行方(1)駒澤大学名誉教授 溝手芳計氏2024年4月26日
随時紹介している「欧米の農業政策と農民運動」。今回は「さらに燃え上がる欧州農民の抗議――怒りの正体と運動の行方を探る(英国の動きを通じて)」として2回目の登場となる駒澤大学名誉教授の溝手芳計氏に解説してもらった。
「農民は大切にされていない」――抗議の原動力
2023・24年冬に起こった欧州農民の抗議活動は、3月になってますます激しく燃え上がっている。欧州大陸では、北欧と旧ユーゴスラビアの一部の国を除きほぼすべての国で、農民の抗議活動が起こった(地図参照)。大陸の抗議対象はEUの農業政策に収斂(しゅうれん)しつつあり、2月下旬、さらには3月下旬にも、ブリュッセルで家畜ふん尿の路上散布やタイヤ放火といった過激な実力行使が行われ、EU当局が対応に追われている。
これに比べて、英国の抗議活動は比較的穏健であるが、ここでも、3月25日にロンドンに全国から農民が結集し、「歴史的な」大抗議を展開している。ユニオンジャックを持つ支援者が手を降るなか、ビッグ・ベン(国会議事堂)周辺を100台前後のトラクターが練り歩き、BBCがネット上で同時中継するなど大きな関心を呼んでいる。
こうした抗議炎上の原因はどこにあるのだろうか。ウクライナ戦争にともなう燃料価格急騰や安価な農産物の大量流入、大洪水や干ばつといった自然災害等による農業経営への壊滅的打撃という短期的要因もあるが、問題の根っこはもっと深い。抗議に参加する農民たちが発する「農民は大切にされていない」という言葉がそれを象徴している。そこには、実情を無視するEUや政府のエリート官僚や政治家への苛立ちとともに、ご都合主義的な経済成長政策への「怒り」が隠されている。
抗議の背景――新しい成長路線と農政転換
ビッグベン前広場に集結した抗議農民のトラクター (FFA<Farmers For Action>のFacebookより)
欧州では、地球環境危機に対応した新しい成長路線への経済構造転換が進められようとしている(「欧州グリーン・ディール」や英国の「ネットゼロ成長計画」)。そのなかで、農業は、現時点で温暖化ガス排出量の10%前後を占める一方、そのあり方次第で、温暖化問題はもとより、自然景観や生物多様性、食の安全・安心などの改善に大きく貢献する部門として、最重要視されることになる。問題は経済全体の構造転換と農業のあり方の転換とをどう結びつけるかであるが、ここでさまざまな社会勢力の思惑が交錯する。農民の運動は、その利益を守り、政策に結実させる営みである。農民が激しい抗議活動に立ち上がっているのは、闘いが重要な局面に差し掛かっているからである。
「農業の工業化」による価格競争追求型の慣行農法から、環境保全、生物多様性回復、動物福祉重視、安全・安心な食料の安定的確保をめざす農業への転換であり、農産物や生産方法の「質」が重視される。これに対応して、農業支援施策も、慣行農法の継続を前提とした面積割りの直接支払い方式を縮小し、その資金を用いて公共の利益に貢献する環境保護型土地管理活動向けの支援に切り替えられようとしている。
ただ、環境保護型農業への転換は、農薬・化学肥料の使用抑制や土つくり、合理的な輪作や休閑期間の導入など、手間と経費が増えるので、その分コスト高になる。これを農産物価格に転嫁できなければ採算が取れないことを見逃してはならない。
転換コストの価格転嫁を阻むもの――FTA推進と不公正な取引慣行
ところが、経済政策当局はこの点を軽視し、一方で、農業⇒食品加工・製造業⇒食品流通業⇒外食産業⇒消費者という食品サプライチェーンにおける食品産業の優位と横暴を抑えることに消極的であり、他方、通商政策としてはWTO体制下で自由貿易協定(FTA)締結を推し進めようとしている。
EUでいえば、南米メルコスール諸国(ブラジル、アルゼンチンなど)とのFTA締結の動きであり、英国でいえば、オーストラリアおよびニュージーランドとのFTA締結(ともに2022年)であり、現在、米国やカナダとの交渉が進行中である。
FTA交渉でとくに問題となるのは、関税障壁撤廃(オーストラリアとのFTA等では、5%前後から0%へ)もあるが、環境、動物福祉、食品安全等の規制基準の低い農産物がそのまま輸入できる取り決めが含まれる場合である。安価な低品質農産物が流入してくれば、コストのかかる環境保護型の欧州農産物の妥当な価格転嫁ができなくなる。
ウクライナ戦争や自然災害という偶発的な要因で経営破綻が続出する現状は、構造的なコスト上昇が進むなかで価格転嫁できない場合の行く末を示唆している。
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