農政:世界の食料・協同組合は今 農中総研リポート
【世界の食料・協同組合は今】自然保護と農業の境界線 EUにおけるオオカミ議論(2) 農中総研・小田 志保氏2024年6月4日
【世界の食料・協同組合は今】自然保護と農業の境界線 EUにおけるオオカミ議論(1)から
2. 保護の法的枠組みとドイツの改正論点
オオカミ保護の法的枠組みとは、具体的には1982年発効の「ヨーロッパの野生生物と自然生息地の保全に関する条約(通称、ベルン条約)」と92年採択の「生息地指令EU Habitats Directive」である。
23年末にその規制緩和が提案されたのは前者で、これは、EU非加盟国も参加する、欧州地域を対象とする国際的な法的枠組みである。同条約は、指定された動物を意図的に殺したり、捕獲したりすること等を禁止する。指定は段階的で、附則IIが「厳重に保護」、附則IIIが「保護」する対象を決めており、オオカミは「厳重に保護」の対象に含まれている。そしてここでの規制緩和とは、オオカミを「厳重に保護」から「保護」へシフトするものだ。なお、後者の生息地指令は、生物多様性の維持を目的に、通称「Natura 2000」と呼ばれる自然保護区域を設定し、開発行為を規制している。
オオカミ保護には多様な利害関係者がいることから、これら法的枠組みでは、国の裁量権が認められている。ベルン条約では、参加国は規定の留保を行うことができ、例えばフランスは、家畜被害が増えれば機動的に規定の留保を発動し、オオカミを射殺しやすくする。一方、硬直的な運用を行い、規定の留保を認めないドイツのような保守派もいる。
世論は、オオカミの厳重保護に賛成している。例えば、市場調査会社サバンタ(Savanta)が23年11月に行った世論調査(10の加盟国(ドイツ、フランス、スペイン、オランダ、イタリア、ベルギー、ポーランド、デンマーク、スウェーデン、ルーマニア)の農村地域に住む1万人を対象)では、回答者の7割がオオカミはベルン条約で厳重保護すべきだとしている。前述の日本での調査と比べ、EUでは農村地域でも、オオカミ保護を望む声が強いことがわかる。
一方、農業団体はオオカミ保護に強く反対する。オオカミ保護を強く進めるドイツでの議論をみてみよう。
ドイツ農民連盟のウェブサイト:https://www.bauernverband.de/
ドイツ農民連盟(DBV)のウェブサイト(第2図)によると、放牧家畜の保護の為に、オオカミ射殺に関する法的安定性が必要となっている。
ドイツでは、DNA鑑定で放牧家畜を殺した証明がないと、オオカミを射殺できない。野生のオオカミのDNA鑑定を行い、証明付きの個体を特定し射殺する作業はかなり骨が折れそうだ。そのなかで、牛での被害多発から、23年12月の連邦政府との合意を経て、ニーダーザクセン州が連邦内ではじめてDNA鑑定による証明無しで、オオカミの射殺を許可するようになった3。しかし、この射殺許可に対し、オオカミ保護協会(Gesellschaft zum Schutz der W?lfe)がオルデンブルグ行政裁判所に訴え、同裁判所は24年4月5日にこの射殺許可には合法性に疑問があるとした。その為、オオカミ射殺が合法なのか不明で、実態では射殺は不可能になっている。
3. 農業構造の変化と世論形成
EU、とくにドイツでの動向からは、社会が自然保護を推進するなか、農業経営は難しくなっている様子がわかる。オオカミ対策に追加コストが発生し、そのうえ温室効果ガスの排出削減等、様々な非財務的な負担が農家に課されている。筆者のドイツの知人曰く、同国の農家は、今日では能力に加え、農業への強いこだわりがないと、営農を続けられない状況にある。
EUでも、農政改革や資材高騰で離農は増え、全人口に占める農家割合は一層小さくなっている。産出額や作付面積が維持されても、民主主義社会にあっては農業に関与する人の数が減ると、オオカミ保護に関する世論に農家の意見は反映しづらくなっているのではないか。日本の農業関係者においては、環境対策を進めると同時に、農業に関与する人口の維持を一層重視すべきだと考えられる。
注1 https://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id=577620&f=.pdf
注2 Blanco JC and Sundseth K (2023). The situation of the wolf (Canis lupus) in the European Union-An In-depth Analysis. A report of the N2K Group for DG Environment, European Commission.
注3 WDR(2024年3月24日付記事)https://www1.wdr.de/nachrichten/landespolitik/wolf-abschuss-nrw-niedersachsen-100.html
重要な記事
最新の記事
-
飼料用米多収日本一 山口県のあぐりてらす阿知須 10a当たり863kg2025年3月3日
-
【特殊報】ナシ胴枯細菌病 県内で初めて発生を確認 島根県2025年3月3日
-
政府備蓄米売り渡し 入札 3月10日に実施 農水省2025年3月3日
-
新潟県の25年産米概算金「コシ2.3万円」 早期提示に歓迎の声 集荷競争、今年も激化か2025年3月3日
-
米の集荷数量 前年比23万t減に拡大 農水省2025年3月3日
-
米価高騰問題への視座【森島 賢・正義派の農政論】2025年3月3日
-
【次期家畜改良目標】低コスト、スマート農業重視 酪農は長命連産、肉牛は短期肥育2025年3月3日
-
【改正畜安法の現状と課題】需給対策拡大が焦点 問われる「国主導」2025年3月3日
-
あなたたちは強い〝武器〟を持っている JA全国青年大会での「青年の主張」「青年組織活動実績発表」講評 審査委員長・小松泰信さん2025年3月3日
-
JA農業経営コンサルタント 15人を認証 全中2025年3月3日
-
【人事異動】農林中央金庫(4月1日付)2025年3月3日
-
農業用バイオスティミュラント「エンビタ」とは 水稲育苗期にも効果 北興化学工業2025年3月3日
-
アミューズメント施設運営「ティスコ」株式を譲受 農林中金キャピタル2025年3月3日
-
「2025ローズポークおいしさまるごとキャンペーン」でプレゼント 茨城県銘柄豚振興会2025年3月3日
-
福岡ソフトバンクホークスとのオフィシャルスポンサー契約更新 デンカ2025年3月3日
-
ファーマーズ&キッズフェスタ2025 好天で多数の参加者 井関農機は農業機械体験2025年3月3日
-
【今川直人・農協の核心】産地化で役割が高まる農協の野菜取り扱い2025年3月3日
-
野菜がたっぷり食べられるカレー味「ケンミンカレー焼ビーフン」新発売2025年3月3日
-
第164回勉強会『海外市場での植物工場・施設園芸の展開』開催 植物工場研究会2025年3月3日
-
春の山梨の食材の魅力を伝えるマルシェ 5日から国分寺マルイで開催 雨風太陽2025年3月3日