農政:どうするのか? 崩壊寸前 食料安保
【どうするのか?崩壊寸前 食料安保】衰える水田の生産力 東京大学大学院教授 安藤光義氏2025年4月10日
世界の混迷と対立が深まり食料の生産供給が不安定となるなか、わが国は基幹的農業者が2000年の240万人から2024年に111万人へと半減、農村では集落が維持できない地域も増えるなど農業生産基盤の弱体化が進む。食料安保は崩壊寸前ともいえる危機感を持って抜本的な農政を打ち出すことは不可欠となっている。シリーズ「どうするのか? 崩壊寸前 食料安保」では有識者らから提起をしてもらう。今回は東大の安藤光義教授が水田の生産力に警鐘を鳴らす。
東京大学大学院農学生命科学研究科教授 安藤光義氏
黄色信号が灯った日本の米生産
令和の米騒動は日本の米生産に黄色信号が灯っていることを私たちに認識させた。
米の自給が揺らぐようだと食料安全保障は危機を迎える。1970年代の世界穀物危機、石油危機の時は、米の自給が社会的な安定をもたらしていた。「かりに穀物危機が現実化したばあい、それはもちろんおこってはならないことであろうが、そのばあいでも米の自給体制があるということが、暗黙の安心をもたらしている」(伊藤喜雄『農業の技術と経営』家の光協会、1979年、187頁)というのが当時の状況である。そして、「米を生存の条件とし、繁栄の条件としての石油問題の行方を、かたずをのんで見守っているのが今日の日本のすがた」(同書、188頁)であった。今の日本のスタンスはどうなっているのだろうか。
米価高騰で米の生産量は回復するか
これまでは米価が上がれば翌年は生産過剰になり、米価は下落するということが繰り返されてきた。だが、これは裏を返せば、米価の上昇に反応して米の作付面積を増やそうとする農家が層として存在していたということを意味しており、米の生産力に問題はないことを証明する現象であったと言えるかもしれない。
問題は2025年産米で同様の事態?米の作付面積と生産量が増加し、米価に下押しの圧力がかかる―が起きるかどうかである。もし、これまでと同じであれば、日本の米の生産はまだ黄色信号止まりだが、万が一、米の増産という方向に向かわないようだったら赤信号に変わってしまったことになる。
赤信号が灯った西日本、鍵を握る北海道と東日本
既に西日本の各県の米の生産量は国が目安として示した量に達しない年が続いている。長引く米価の低迷のため水田は他の作物への転換が進み―九州の畜産県では飼料価格の高騰を受けて飼料用作物の生産に畜産農家が乗り出している―、中山間地域では農地の荒廃も進んでおり、こうした地域が増産に転じるのは難しいのではないか。北海道と東日本の米どころが、今回の米価の高騰に対してどこまで反応するかにかかっている。特に中小規模層の米づくりの意欲が衰えていないかどうかが鍵を握っていると考える。この階層の米の生産力が落ちてきているかどうかが今年判明することになる。
センサスと地域計画の結果に注目
2025年は5年に1度の農林業センサスが行われる年である。既に調査は終了しており、年内には調査結果の概要が公表されるだろう。それを見れば、農業経営体と経営耕地面積の減少の度合いはより一層明らかになる。基本計画が示した農業構造の展望も見直さざるを得なくなるかもしれない。2015年センサスは日本農業が縮小再編傾向にあることを、2020年センサスは日本農業が解体傾向に陥りつつあることをそれぞれ明らかにしたが、2025年センサスは日本農業に赤信号が灯ったことを確定するセンサスになるというのが現時点での予測である。
加えて、今年3月末までに全市町村に策定が義務づけられた地域計画において「農業を担う者」を貼り付けることができなかった白色の農地面積がどれくらい存在するかも明らかになるはずである。こうした統計が提供してくれる数字にも注目したい。
食料自給率の一層の低下の可能性
米価の高騰は、麦、大豆、飼料作物など転作作物の相対的な収益性(米と比べた収益性)を引き下げ、作付面積の減少につながる可能性がある。ただでさえ食料自給率の低い農作物の生産量が減少することになれば、食料自給率は向上するどころか低下してしまうのではないか。
ただし、100ヘクタールを上回るような大規模水田作経営は大型機械を導入して麦作面積を拡大して労働生産性を高めているところが多く、農作業能力の限界から転作作物、特に麦の耕作は継続せざるを得ない。しかし、そうだからといって安心することは決してできない。
麦の収益力の低下は大規模水田作経営の危機
肥料価格の高騰が麦作の収益性の悪化をもたらしているからである。これは農地の受け皿となっている経営の危機を意味する。実際、この麦の収益性の低下という問題は、山口県の大規模集落営農、岡山県平坦部での大規模個別経営で生じているという話を聞いている。仮に、こうした大規模水田作経営が立ちいかなくなるようだと莫大な面積の農地が宙に浮いてしまうことになる。
さらに2027年度に向けての水田農業政策の見直しにより水田活用の直接支払交付金が廃止され、転作作物の収益性が悪化するようだと、この懸念は現実味を増してくる。基本計画では「水田を対象として交付する水田活用の直接支払交付金を作物ごとの生産性向上対策等への支援へと転換」と記されているので、畑作物の直接支払交付金(ゲタ対策)の単価の引き上げには使われない可能性がある。だが、この単価を引き上げないと麦、大豆、飼料作物の生産は増加しないし、大規模水田作経営の収益も悪化してしまう。今後の改革の行方から目を離すことができない。
後継者がいない集落営農の増加
「集落の農地は集落で守る」をスローガンに中山間地域を中心とする担い手枯渇地域で数多くの集落営農が設立されたが、それからかなりの時間が経過し、後継者がいない集落営農が増加している。地域外から従業員を雇用してから集落営農の構成員となってもらい、理事、さらには集落営農の代表に就任してもらうという先進的なケースも生まれているが、その多くはジリ貧状態にある。このままいくと中山間地域の水田は荒廃してしまうだろう。
中山間地域の農地保全が困難になってきている状況にどのようにして歯止めをかけるかが問われている。
衰える水田の生産力
以上のように米生産の回復には疑問符がついており、水田活用の直接支払交付金と畑作物の直接支払交付金によって支えられた大規模水田作経営の収益も悪化しており、日本の水田農業の生産力は衰えていると思われる。黄色信号から赤信号に変わってしまった現状をどうすれば反転させることができるのか。
基本計画が掲げるような農地の集積・集約化の推進、農地の大区画化、スマート農業技術の導入などによる生産性向上だけでは、長年にわたって続いてきた趨勢を押しとどめることはできないのではないか。
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