農政:どうするのか? 崩壊寸前 食料安保
【どうするのか?崩壊寸前 食料安保】米の安定供給は長期的視点で JA松本ハイランド組合長 田中均氏2025年4月24日
米不足と米価高騰が続くなか、需給調整をめぐる議論が活発化している。「シリーズ・どうするのか? 崩壊寸前食料安保」に合わせて米の安定供給に必要な政策とは何か、長期的視点での制度設計を訴える論考を、長野県・JA松本ハイランドの田中均代表理事組合長に寄稿してもらった。
JA松本ハイランド組合長 田中均氏
昨年夏の「令和の米騒動」報道から今日まで、米不足・米価高騰のニュースが流れない日はない。令和6(2024)年産が出回っても米の不足感と価格高騰は一向に収まらない。政府はこの春に21万tの備蓄米を放出したが、以降も新米が出回るまで毎月放出するという。これについては、「遅きに失した」というのがマスメディアの論調である。しかし、1995年に食糧管理制度が廃止されて以降、基本的に米は市場原理に委ねられており、その結果として現在のような事態が生じていることを認識すべきである。
そもそも、民間在庫があるにも関わらず価格調整のために備蓄米を放出するのは市場原理に反する。備蓄米を価格調整のために使うのであれば、価格下落の際は買い入れし市場隔離しないと理屈に合わない。「コメの値段が高い」「いつ値段が下がるのか」と値段ばかりを報道するのではなく、主食である米の安定供給のためにはどういう議論が必要なのか、核心に切り込むことがメディアの果たす役割ではないだろうか。
「今だけ、金だけ、自分だけ」とは、東大の鈴木宜弘教授が新自由主義者を称して言った言葉。生産者のことはさておき、今だけ値段が下がりさえすればいいという消費者目線だけではことは解決しない。そもそも、ごはん1杯いくらなのか分かって「高い」といっているのだろうか。5kg4,000円としたら、1杯は50円、コンビニのサンドイッチは300~350円。我がJA本所近くのラーメン店では、いまだに「ご飯無料サービス」の看板を掲げている。
1993年、「平成の米騒動」が起こった。あの時は、冷夏で米不足におちいった結果タイ米まで輸入したが、翌年豊作になったら何事もなかったかのように米の話題は報道されなくなった。今回も同様に、いったんことが収まれば米の話題はニュースにならないだろう。
「令和の米騒動」のような事態を防ぐには、平時に食料自給率を上げておくことこそが重要である。生産を上げるには消費を増やす必要があるが、2011年を境に世帯当たりのパンの購入額が米のそれを上回った。食習慣は、たやすく変えられない。そこで、米粉の出番となる。米粉の需要量は6.4万t(2024年)で輸出(4.6万t、同年)より多く、ここ2~3年で1.2倍づつ増えている。米粉用米は、小麦の代替としてだけでなく、グルテンフリー志向の高まりから今後も需要拡大が期待される。このまま増えれば、2030年には20万tになる。
しかし、主食用米が1俵(60キロ)1.3万円までは米粉用米を作るメリットはあったが、2万円台になった現在、生産者にとって米粉用米を作るメリットはない。反収(10a当たりの収入)は、交付金を入れても主食用米(1俵2.2万円×10俵で試算)と比較すると8.8万円少ない。これを補てんするとすれば、20万tで300億円。高速道路1kmの建設費は50億円なので、補てん額は高速道路6km分になる。決して高すぎる話ではないと思う。
一方、仮に今後備蓄米落札価格(政府買入価格)が令和6(2024)年産米価格と同等1俵2.2万円とすると、5年後に飼料用米として販売する価格1俵2,400円との差損額と5年間の保管料等をあわせると、20万tでは▲750億円になる。備蓄米は米粉用米に比べ20万tで2.5倍のコストがかかるのである。そもそも、米価高騰の中で備蓄米として買い入れし5年後に飼料用米として売り渡すというスキームそのものが成立するのか、立ち止まって再構築する必要があるのではないか。米粉用米として市場に流通させながら、いざという時に主食用米に切り替える方が現実的だと思うがいかがだろうか。
ところで、食糧管理制度は1942(昭和17)年食糧管理法の制定により始まった。戦時下の食料難に対処するため、強制出荷・配給制度・米価公定などを盛り込んだ制度である。その後、戦後間もない1945(昭和20)年から1950(昭和25)年の間の需給状況は、需要量1,300万tに対し生産量は900~990万tであった。不足分は、タイやミャンマー・米国などから輸入して補っていたという。
米の需要が最大になったのは1964(昭和39)年の1,341万tであり、以後減少に転ずる。米の自給が達成されたのは1967(昭和42)年で、その直後に農政は増産から減産へかじを切る。本格的な減反政策は1971(昭和46)年からが始まったが、食糧管理制度が1995年に廃止され、さらに2018年にはその減反政策が廃止されて、現在は基本的に市場原理である。直近の主食用米の需要量は、人口減少や食の多様化などにより毎年10万tづつ減少し、2023(令和5)年には、681万tと過去最低を更新した。
このような経過を踏まえ、生産現場ではいわゆる「目安値」を基にギリギリの生産調整を毎年行っている。「令和の米騒動」の要因は、令和5(2023)年産米の高温障害による歩留まり減、インバウンド需要の回復、南海トラフ地震情報による家庭内在庫の積み増しなどといわれている。それに対し、農水省の需給見通しの甘さを指摘する論調がある。需給見通しの精緻化は当然必要であるが、それに加えて需給調整にはもっとバッファ(ゆとり)が必要なのではないか。
食糧管理制度の復活とまでは言わないが、備蓄米を需給調整に使うのではなく、適正価格に誘導するための価格調整米制度を新たに設計するなど、市場原理を修正することも視野に入れるべきではないだろうか。逆に、価格を市場原理に任せるならば、生産者への所得補償制度を検討すべきである。いずれにしても、米の安定供給にはある程度の政府支出が必要であることを、国民が共有することが大前提となる。
農業産出額に対する政府支出の比率は、日本が27%、市場原理の国といわれる米国が実は65%もあるそうだ。それに加えてトランプ大統領は、関税戦争をしている中国からの報復措置で標的とされた米国の農家への支援策を検討しているという。日本の農業は、けっして過剰に保護されているわけではない。当面の価格高騰を抑えるという短絡的な消費者目線の議論だけでなく、多角的・長期的視点にたった議論が今こそ求められる。米は一年一作、足りないから作れ、余っているから減らせといっても急にできるものではない。
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