農政:TPP重大局面
【緊急インタビュー】安倍首相・TPP参加表明 国民の生活が幸せになるのか? 鈴木宣弘・東大教授2013年3月21日
・有権者に対する許しがたい背信行為
・日米で食い違う共同声明の解釈
・関税撤廃の完全除外などあり得ない
・「大企業の利益追求に邪魔な仕組みはすべてなくせ」がTPPの本質
・条件闘争はあり得ない
3月15日、安倍首相はTPP(環太平洋連携協定)交渉に参加することを表明した。農業団体はもちろん市民団体、全国各地域から憤りの声が上がっている。その理由はTPP交渉参加に反対するとした政権公約違反ではないかというだけなく、TPPが国のあり方まで変えてしまうものであることだからだ。東京大学の鈴木宣弘教授は「今こそTPPの本質を共有して広く浸透させるべき」と強調している。
今こそ「TPPの危険性」を見抜き
広く伝えるとき
◆有権者に対する許しがたい背信行為
参加表明は信じられない背信行為。全国、全地域の有権者は怒り心頭です。民主党政権をあれだけ公約違反だと批判しTPP反対を公約に掲げて政権をとったにもかかわらず、その舌の根も乾かないうちに参加表明を許した。
各地で多くの人がこの人ならTPP参加を阻止してくれると期待して投票し、その支持で当選した人が236人、政権政党の6割以上を占めるのに、これまで裏交渉をしてきた一部の官僚と総理の暴走を止めなかった。
これは外交は内閣の専権事項だとか、党を割るわけにはいかないなどという問題ではありません。民意を代表して政治家になったのだから拠って立つのは有権者のはず。その声をいとも簡単に無視するなど政治家としてあってはならない道義に反すること、単なる嘘つきです。
子ども達にも説明がつかない。
◆日米で食い違う共同声明の解釈
首脳会談で聖域なき関税撤廃が前提ではなくなったと無理矢理に言いましたが、これは詐欺にも等しい。日米共同声明のどこにもそれは書いていないからです。むしろTPPとはそもそもすべての関税を撤廃するものだというアウトラインがあり、それに即してすべての品目を対象に交渉することを認める、といっている。
共同声明では2段落めに、「関税撤廃をあらかじめ約束することを求められるものではない」といった文章をなんとか経産省が入れてもらったわけですが、それは交渉が始まる前にすべて撤廃するとまで言えとは言わない、と書いてあるだけ。何の意味もない文章です。 事実、首脳会談の翌日、米国から私に入った話では、USTR(米通商代表部)とUSDA(米農務省)が業界関係者を集めて、共同声明では日本がすべての農産物関税を撤廃するという米国の目的をしっかりと認めた、みなさん喜んでほしいと説明したという。まったく日米の解釈が食い違っていて完全に二枚舌ではないですか。
◆関税撤廃の完全除外などあり得ない
そもそもTPPは06年のP4協定から、関税をゼロにしない品目は基本的に認めていない。ごくわずか、品目数にして1%程度に10年前後の猶予期間を認めるというだけです。このやり方はほぼ合意されている。
たしかに米国は乳製品や砂糖では豪州やNZのほうが競争力があるから、ごり押ししてなんとか例外にしようと主張しています。たとえばNZの乳業メーカー、フォンテラ社について米国はあれは独占的企業だからこちらの関税をゼロにしてやる必要はないと主張しています。しかし、NZの首相はそこまで言うのであればTPP協定に署名しないといっている。交渉力のある米国が例外を認めろといってもNZは否定しているわけですから、日本がかりに米国と例外扱いを約束したといっても、豪州、NZからすれば何を勝手なことを言っている、となる。日本が聖域だと言っているのは、米、小麦、牛肉・豚肉、乳製品、甘味資源作物などですが、これだけで品目数は10%です。今のTPP交渉の状況のなかで、10%もの品目の完全除外はどう考えてもあり得ない。だから聖域を守るとは一体どういう根拠で言っているのか、です。
(関税撤廃反対を訴えるJAグループ職員ら=3月12日・日比谷公園での緊急集会より)
◆次々と明らかになる不利な交渉条件
もうひとつ問題なのは交渉すれば何とかなるという前提もすでに崩れていることです。 2011年12月14日にUSTRのマランティス次席代表は米国議会の公聴会でTPP協定の条文は9か国で決めるものであって、日本、カナダ、メキシコは別扱いだと明言しています。どの段階で交渉に入ってこようが基本的に条文は9か国が決めるとその時点で答えています。
私はこれを見たときから問題だと言っていましたが、それがはっきりしたのが2012年の6月15日書簡です。カナダが米国と交わした念書で、念書そのものは秘密になっていますが、それに基づいて出てきた報道で分かったことは、これまでに決まった条文についてはカナダは何も変更はできないということであり、これから決まる条文についても9か国が合意したら完了で、カナダの要求は認められないというものでした。
この交渉では「後発国」が自分の要求を実現する範囲が非常に狭められている。カナダやメキシコがそう約束させられているのだから、当然、日本も同じような条件を受け入れなければならないはずだという議論が国会でも起こったのに、そんなものは知らないと政府は言いました。
ところが、3月13日、シンガポールのTPP会合で米国の交渉担当官が他の国に対して、日本もカナダとメキシコと同じような参加条件に合意していると話したことが米国や日本の市民団体の情報から明らかになりました。 しかもこれから手続きしても日本が交渉会合に参加するのは9月になるだろうから、10月に大筋合意でサインするとすれば、日本が交渉に実質的に参加できる余地はない、サインするだけになる、だから安心してくれ、と言ったということです。 つまり、現在の状況は、まずそもそも聖域が確保できるという前提ではないうえに、交渉すれば何とかなるどころか、交渉できる権利も時間も残されていないということです。
◆さらに譲歩を求める米国
しかも守るべき国益とは関税だけではありません。
まず問題になるのは自動車分野。政権公約では、米国の環境基準の受け入れ、数量枠は認めないなどとこれを守るべき国益の2番目に挙げた。
しかし、共同声明の第3段落を読めば、米国から自動車や保険については“前払い”をしっかりすることを認めさせられたことが分かる。つまり、この問題では国益がすでに潰されてしまっている。保険も簡保がガン保険を新規に扱うことはないと約束したから済んだのかと思ったら、まだ不足していることを認めさせられた。
さらに15日の参加表明を受けてUSTRがコメントを発表しています。そこでは米国は日本参加を認めているわけではない、米国が認めるにはまだ自動車と保険、さらにその他の非関税措置でやるべきことが残っている、と言っています。自動車と保険だけでなく、食品添加物や農薬など、様々な分野まで広げて、「入場料」の水準をつり上げてきている。完全に足元を見られて、つけ込まれています。
◆裏交渉の事実を国民に知らせず
このように自動車、保険、BSEを中心にした裏交渉は2年間も外務省、経産省を中心に行っていた。しかし、アイデアの交換をしているだけでTPPとは関係ないと平気で国民に対して嘘を続けたわけです。それが今回の共同声明で公然の秘密になったわけです。BSE問題では野田前首相が2011年11月のハワイAPEC首脳会合に行く前に、規制を見直すと言った。ハワイでのお土産に国民の命を守る基準を差し出してしまっておいて、あとは「茶番劇」。食品安全委員会が科学的根拠に基づいて行ったものでTPPとは関係ないと平然と説明して、この2月に規制緩和が施行された。 このように一部の官僚が国民にも国会議員にも何も説明せず、国民生活が根底から変わってしまうような大きな協定について既成事実化するという裏工作を2年もやってきたことについて、国民として許していいのかが問われています。
日本は真に互恵的な経済連携を提唱すべき
◆「大企業の利益追求に邪魔な仕組みはすべてなくせ」がTPPの本質
TPPが追求する「規制緩和を徹底すればうまくいく」というのは、まさに1%を代表する大企業などが自由に利益を追求できるということ。人々の助けあい、相互扶助というものは邪魔なわけです。市場に任せていただけではみんな幸せになれない、だから助けあい、支え合うことを制度として仕組みとしてつくってきた。
それを崩すことによってさらに利益を得ようという、その極めつけがTPPです。
たとえば米国の保険会社は日本でシェアを増やすには国民健康保険が邪魔ですからこれを縮小させようとするというのは当然です。米国の製薬会社は薬を安く買えるように政府が公定する仕組みが邪魔なわけです。相互扶助のためのJA共済などの共済も民間の保険会社には邪魔だから、組織から切り離して優遇税制もやめるよう要求する。
こうした要求は今までもしてきたことで、TPPは本質的にそのような規制緩和の要求を加速させて完結させるための協定であって、日本政府が言うようなTPP交渉で「国民皆保険を守る」ということは無理だということです。
しかもISD条項で最終的に訴えれば、損害賠償も得られるし、国民皆保険制度の撤廃に追い込む手段にもなる。食の安全基準、遺伝子組み換え食品の表示も同じです。
◆条件闘争はあり得ない
こういうなかで重要品目の関税は守る、医療制度は守る、約束した国益を絶対守る、有権者との約束を守らなかったらどうなるかはわかっている、と自民党は断言しました。しかし、実際、交渉を初めてみれば国益が守れないことはすぐに明白になる。そのときどうするのか。党の決議にあるように脱退も辞さないということが本当にできるのか。どれだけ国民を欺むいたら気が済むのか。
政府は、交渉はまとまるまで専権事項であってこの段階では判断できない、というのではないか。そうなると批准をするかしないになりますが、党を割ることはできないなどと理由をつけて賛成に回らざるをえないと言い出すことも十分に考えられます。その際には十分な対策を打つから、と。
しかし、条件闘争に乗ってはおしまいなのです。すでにこの種の話が出てきていますが、条件闘争で相殺できるようなレベルの条約ではないことを理解しなければなりません。
農産物だけでも打撃を補償しようとすれば年間3兆円、さらに関税収入が8000億円ほどなくなりますから、やはり4兆円ほどの予算が必要になる。それを毎年農業だけに出し続けること自体が不可能に近い。今までの貿易自由化も大変な問題でしたが、TPPは比べものにならない激震です。条件闘争で何とかなるということ自体が無理です。
しかも農業だけではなく日本の国民生活全体が破壊されていくという問題だからこれはひとたび乗ってしまえば取り返しのつかないことになる。「条件」の問題ではない。TPPは止めなくていけないのです。
(緊急集会にはJAグループを中心に4000人以上が参加した。=3月12日・日比谷公園での緊急集会より)
◆日本が加担していいのか?
政府の統一試算についても、これを国民に示してから国民的な議論をすると言っていたはずなのに、参加表明と同時に公表するという点も完全に国民を無視しています。
試算結果はGDPで0.66%、3.2兆円の押し上げ効果があるということですが、これほど少ない数字です。これは同じ内閣府の試算で日中間のFTAでもちょうど0.66%ですし、RCEP(ASEAN10カ国プラス日中韓など6カ国)ならこの倍になります。つまり、アジア中心のどのFTAにくらべてもTPPはいちばん利益が少ないということです。これだけ社会全体に制度の崩壊も含めて多大な打撃を与えるのに、得られるメリットは無理矢理計算してもいちばん少ない。TPPは日本の選択肢として最悪であるという事実を冷静に見てみなければいけない。
メリットは直接投資が自由化されるので海外進出できるといいますが、それは日本人の雇用をどんどんなくしていくこと、つまり産業の空洞化を進めるのがTPPだと理解されていない。3.2兆円の利益はごく一部の人々に帰属することを忘れてはならない。多国籍化した企業の経営陣は儲かるが、働く人の職場がなくなるということをよく考えなくてはならない。米国でも労働組合が反対しているわけです。
TPPのような巨大多国籍企業といったごく一部の人の利益のために、人々が助け合うルールをつぶし、人々を苦しめていくような協定を世界に広げてしまえば世界の将来は暗い。
経済規模が大きい日本が、このような暴力的な協定になびいてしまったらほかの国もなびかざるを得なくなる。そうすればアジア・太平洋地域で大きな企業だけが利益をむさぼれる世界をつくってしまうことになってしまう。そんなものに加担していいのかということです。世界を暴力的な協定から守る「砦」は日本です。
アジアをはじめこれから伸びていく国のたくさんの人々の暮らしを日本も含めて、本当に均衡ある発展につなげられるように、さらに幸せな社会とは何なのかということを日本がきちんと考えて、本当に柔軟で互恵的なお互いのメリットになるような経済連携をアジアを中心に具体的に青写真を描いて提案していく。思考停止状態に陥って米国についていくだけでは、世界の将来を狂わせてしまう。ここは本当に正念場。それも日本の地域、農業を救うだけでなく、世界全体の将来にかかわる大問題だということです。こうした世界全体の問題も視野に入れる。これこそ「国家100年の計を考える」ことだと思います。
政治家は、自身の目先の利益のために、国民を欺いて生きながらえても、そんな人生は楽しいのでしょうか。今回の背信行為は、人として許されることなのか。
何のために政治家になったのか。もう一度、胸に手を当てて、考え直していただき、覚悟ある行動をお願いしたい。そのためには、全国全地域の有権者の怒りを結集し、TPPの恐ろしさをもっと共有するとともに、国民を欺いたらどうなるかを国民の行動によって示すしかありません。
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