農政:平成24年度農業白書
【平成24年度農業白書を読む】TPP・震災・限界農業化・・・日本農業の「節目」明らかに 大妻女子大学教授・田代洋一氏2013年6月20日
・模索が続く政権交代期の白書
・震災復興はソフト面にも注目を
・「自給力」を強調するが…
・高齢化・外部化する食料消費
・農業構造の大きな節目
・農業所得増大、検証が焦点
政権再交代、アベノミクス、そしてTPP参加表明、農業所得倍増策と農政をめぐっては将来不安が募り、あるいは現実味に乏しい掛け声ばかりと現場からは憤りの声が聞こえてくる。そんななか「白書」には食料・農業・農村の冷静な動向分析と取り組むべき課題の提示が期待される。24年度白書は6月11日の閣議で了承された。基本法ではこれを国会に報告することが定められている。何が「報告」されるのか。田代洋一大妻女子大教授が読み解いた。
◆模索が続く政権交代期の白書
白書がまた厚くなった。活字も小さくしたので、大幅なボリューム増だ。内容的には手堅くまとめているが、政府白書としての限界も見えた。
構成的には、震災復興を第1章とし、昨年は2つの章に分けた食料をひとつにして第2章とし、それに第3章の農業、第4章の農村が続き、昨年よりすっきりした。目玉は作目別と食料消費の分析の二つだ。
時期的にTPP、民主党農政評価、アベノミクス農政の3つが焦点になるが、深くは踏み込んでいない。読者は行間にTPPや政権再交代の影響を探らねばならない。
◆震災復興はソフト面にも注目を
津波被災地の2012年春の営農再開は面積にして38%。昨年度はイチゴ等の復興が語られたが、今年度は土地利用型農業や養豚等の事例紹介にも及んだ。前者では大区画圃場整備の取組みと100ha規模経営への集積がみられる。その背景には大量の離農がある。津波被災地は歴史的に「むら」より「いえ」が強く、農家の分化が進んでいた。ハード面のみならず農村社会の持続性というソフト面の再生が鍵であり、白書には引き続きトレースしてほしい。
福島原発事故の除染対策等が詳述されているが、作付制限の解除については、作付開始の実態を知りたい。作付困難な下で、農業者は営農モチベーションを維持するために様々な試みをしており、長いスパンでの地域農業の世代継承を模索している。これまたソフト面の追求が大切だ。
海水や放射能に汚染された地べたを使わないですむ野菜工場や先端技術の取組みに注目しているが、外生的な感じもあり、内発性、地域農業との接点が気になる。
◆「自給力」を強調するが…
世界の在庫が再び安定在庫水準17?18%ギリギリに落ち、価格も食料危機以前の水準には戻っていない。そのなかで需給要因から投機マネーの動きが外されている点を懸念する。アベノミクスの円安化で輸入原材料が高騰し、農業の交易条件が悪化しており、先行きが案じられる。
TPP交渉については、4月の日米合意でアメリカのクルマのセンシティビティは認められたが、日本の農産物はそうならなかった。この緒戦での敗北に白書は口を噤む。他方では農産物の「聖域」扱い問題について、自民党や国会の「脱退も辞さない」「除外又は再協議」の決議も伝えている。
関税撤廃効果に関する政府統一試算については、農業依存度の高い地域ではより大きな影響がでる可能性ありとしている。また作目別分析でてんさい・さとうきび・じゃがい等の作目の厳しい状況を伝えている。これらはTPPへの間接的な懸念表明といえる。
生産額ベースの自給率が対前年比で4ポイントも下落して66%になった。アベノミクスの円安化で輸入価格が上昇すれば、さらに落ちる。白書の生産額ベースの自給率への注目は重要である。
なお自給率を計算などするのは日本だけといった揶揄には、韓国、スイス、北欧等も自給率を公表していると暗に反論している。
自民党は自給率と並んで「自給力」を強調するようになった。自給力自体は大切だが、自給率を決定的に落すTPPに参加しつつ自給力を語るのはうさんくさい。今年度白書は「緊急時における安全保障」のためには自給力の指標も必要と限定的に述べているが、今後もそれですむか。
◆高齢化・外部化する食料消費
賃金や消費支出の低下、単身・高齢・共働き世帯の増加といった状況下で、エンゲル係数の上昇、「食の外部化」、食をめぐる階層性の強まりが指摘される。白書は「内食から中食へのシフト」としているが、より長期的には「内食→外食→中食」シフトとみるべきだ。
食料支出全体に対する60歳以上の割合は、2005年に37%だったのが、2025年には47.5%と予測される。購入単価をみると、60代、70代の高齢者の方が若い世帯主世帯より高い。白書は「生鮮肉」でくくっているが、「牛肉」だけをとりだせば単価はぐんと開く。その限りで高齢化すれば高い日本食品を買ってくれそうだが、実は単身高齢者が増大するから必ずしもそうはならない。
そこで「食の高齢化時代」への積極対応が求められる。白書は少量化・小分け化・食べやすさ等をあげているが、「入れ歯食」「隠し包丁」などきめ細かな対応が求められる。
食品産業の国内市場が縮小するなかで、海外進出が注目され、その手段としてM&Aの活用が指摘されている。これらもTPPの一背景だろう。日本農業にとっては、海外で日本の農産物をいかに利用・宣伝してくれるかが鍵だ。
白書は、食品アクセス問題も取り上げている。買物弱者に対する宅配サービスが注目されるが、「お買物の楽しみ」「品揃え」には欠ける。逆に市街地のお店への送迎サービスという手もある。「地域ごと」の対応への支援が求められる。
安全性問題では、コラムで牛肉輸入解禁の経過をとりあげ、HACCP導入では中小企業の初期投資、運用コストの軽減を求めている。
◆農業構造の大きな節目
基幹的農業従事者の6割が65歳以上、最多年齢階層が70歳以上になった。「限界集落」論をもじれば「限界農業」化だ。耕作放棄地に占める土地持ち非農家のそれが増え、半分に達した。これらは「構造改革の節目」というより、端的に「農業構造の節目」だろう。 「節目」を乗り切る決め手はスムーズな世代交代だ。新規就農者の3割が生計不安から5年以内に離農する。また新規雇用就農者の8割以上が非農家出身だ。青年就農給付金、農の雇用事業等の有効性を検証し、農政の総力をあげて取組み、自治体やJAとの連携を強める必要がある。集落営農(法人)についても経営継承問題が顕在化しつつある。
規模拡大が進み、20ha以上経営体が農地の32%を占め、家族経営体でも5ha以上が農地の45%を占めるようになったのも「節目」だ。(下図参照)集落営農は法人への過渡として1.2万程度で推移しているが、法人経営は一般法人も含めて急増し、農地の6%強を担うようになった。 このように「構造改革」は進んでいるが、問題は、それが政策効果なのか、「限界農業」化の結果なのか、だ。流動化政策にも関わらず利用権設定の純増は2007年をピークに減っている。農政は白紙委任方式、農地利用集積円滑化事業(団体)を勧めてきたが、今度は農地中間管理機構を作って耕作放棄地の受け皿にするという。しかし白書には「人・農地プラン」の進捗を除き政策効果の検証がなく、政策が一人歩きしている。今の農業情勢では所有権移転も増える。政策検証を踏まえつつ、利用権集積、所有権移転、協業化(集落営農→法人)を総合した政策体系とその機構が求められる。
◆農業所得増大、検証が焦点
戸別所得補償政策については、2ha未満への小規模層への交付が4割を占め、水田活用交付金では加工米、新規需要米が増えて麦、大豆が減った。また米粉用米も減ったとしている。大豆の項では大豆転作が減った県で新規需要米が伸びたことを指摘し、暗に民主党農政の「バラマキ」と転作後退を批判しているようだ。
しかし前者については、筆者は大規模層も含めて戸別補償でほっと一息ついたとみている。その意味で構造的脆弱性を一時的に支えた。それらを自民党のいわゆる日本型直接支払い等に切り替える必然性と現実性がどれだけあるのか。根幹政策を政局農政化してはなるまい。来年度白書の論点になる。
白書は農業産出額増減の原因を価格要因と生産要因に分けて分析し、21世紀について4パターンを指摘している。この分析を、作目ごとの政策のメリハリ付けにどう活かすかが課題だが、白書は総じて高付加価値化に活路を求めている。輸出も強調しているが、輸出先はTPPの非参加国が4分の3以上を占め、政権のやることはちぐはぐだ。そういうアベノミクスの農業所得倍増計画の検証が、今後の白書の課題となる。
農村の章に触れるゆとりはなくなったが、中山間地域の兼業機会が減少していることが所得問題と関連して指摘されている。中山間地域直接支払いは耕作放棄の防止に効果的とみられ、もっと注目されてよい。
なお昨年度はカットされた農業関連団体の節が復活し、そのトップに農協がとりあげられたことを、農協陣営のために付記しておく。
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