農政:日本農業の未来を創るために これで良いのかこの国のかたち
文化の原義は大地耕すこと (農民作家・星寛治)2013年10月28日
・千年続く伝統と文化
・草木塔に共生の思想
・原風景に誇りを持つ
・文化を破壊するTPP
・土・水・緑も外資に
・「田園の幸せ」体感を
近年、気象異変がひん発し、各地で激甚な自然災害に苦吟(くぎん)している。背景には、深刻な地球温暖化があって、気象ステージを狂わせているとIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は指摘する。気象変動のダメージを最も直接的に被るのが農林漁業である。自然に向き合い、生命生産を営む環境が、年々悪化してるのを体感するこの頃である。
ふり返ると、今年も厳寒、豪雪、猛暑、集中豪雨、台風と受難が相次いだが、その逆境をのり超えて、この秋のみのりは手応え十分である。長い歳月に渡って堆肥を施し、土づくりに励んできたことで生成された豊饒の大地の贈り物である。そして、遠く祖先から継承してきた家族農業と、集落の住民の共働の所産であるにちがいない。
◆千年続く伝統と文化
私の住む高畠町(山形県)には、古くから受け継がれてきた農耕儀礼や祭事が、今でも息づいている。
その一つに、安久津八幡宮の舞樂殿で奉納される春の「倭舞」と、秋の「延年の舞」がある。春祭りでは、巫女の姿で小・中学生の女児が五穀豊饒を祈願して舞い、秋祭りには舞師と男児が、豊作に感謝を込めて舞い続ける。いずれも、千年続く伝統文化である。
その保存会の会長の深瀬吉男さんは、地元の酪農家で、ホルスタインの全国共進会でチャンピオン賞に輝いた実績を持つ。また、有志と共に、広大な歴史公園の手入れも余念がない。」
西置賜・飯豊町は明治初期にイギリスの女性旅行家イザベラ・バードが「ここは東洋のアルカディアだ」と絶賛した散居村の美しい景観で知られる。
8月初旬、萩生地区中ノ目八幡神社に奉納する獅子踊りが街頭をねり歩く。詰めかけた観客は、氏子の若連(わかれん)のパワーに圧倒され、確かな元気をもらって帰宅する。後藤幸平町長は「このような民俗芸能が続く限り、この町は大丈夫だ」と語った。健全な地域共同体(コミュニティ)が住民各層のまとまりによって機能しているのだ。
◆草木塔に共生の思想
米沢市・三沢地区を中心に置賜地方には、江戸中期から建立されてきた草木塔が沢山残っている。住民は、その調査と保存のために力を合わせ、貴重な有形文化財を守ってきた。草や木の命をいただいて、暮らしを賄ってきたことへの感謝と供養の思いを込めて石碑(いしぶみ)を立ててきた。山の民の心根のやさしさが、そこに刻まれていて、共生の思想の源流をみる思いがする。
庄内、鶴岡市櫛引地区には、五百年の伝統を引き継ぐ農民芸能「黒川能」が健在で、春日神社の2月1日王祗祭で奉納される。高い芸術性を内包する幽玄の能の世界は、近年とみに注目を浴び、国立能楽堂や、パリのオペラ座でも公演し、多くの観客の魂を掴んだ。
能舞台で仕手(して)や、わき、楽曲などを担うのは、プロの舞師ではなく、普段は美田を耕し、米をつくり、庄内柿を育てる骨太の百姓である。
◆原風景に誇りを持つ
戦中、戦後の激動の時代をのり越え、さらに高度成長と農村革命の只中にあっても、村落共同体の結束は揺がず、誇るべき伝統文化を守りぬき、魂のふるさとを決して失なわなかったのだ。
私が本稿で紹介したのは、山形県のほんの僅かな事例に過ぎないが、全国各地に地域の精神風土に根ざした奥ゆかしい伝統文化が数多く存在する。はるか先達の思いを汲み、数々の困難や課題を克服し、守り継いできたものは、お金に代えられない宝である。私たちの原風景には、その核心の所に、ふるさとへの帰属意識と誇らしい文化があった。まさに日本人の心が脈打っていたのだ。
けれど、激しいグローバリズムの波涛(はとう)は、何百年、何千年もかけて、この列島風土に培ってきた固有のくらしや、地域社会を飲み込もうとしている。グローバリズムの典型ともいうべきTPPの大津波は、3・11を上回る猛威を以て、日本農業と地域全体を崩壊させるだろう。
未だに成長神話に幻惑され、農の世界が果たしてきた環境保全をはじめとする多面的機能や、文化としての豊かさに目もくれないこの国の政治や経済社会の底の浅さを思わずにはおれない。
◆文化を破壊するTPP
私は、就農して60年。そして有機農業にめざめ、仲間と共に手探りの実践を続けて40年が経った。その長い道程には、幾つもの山坂と曲がり角があり、また農政の変転に苦汁も呑んできた。けれど、待ったなしに襲いかかるTPPの破壊力は、これまでの社会変動の比ではない。この国の構造を根底から変え、やがてアメリカン・スタンダードの物差しでしか生きられないとしたら、あまりに悲しい。
完全自由化の名分の下で、激烈なコスト競争に敗れれば、産地は崩壊し、また固有の人間らしい生き方も立ち行かなくなる。ましてや連綿として命脈を保ってきた質の高い文化も、消えゆく運命にある。それは、必ずしも祭事にまつわる伝統文化や農民芸術にとどまらず、四季折々の暮らしを彩る生活文化にも、有形無形の影響を及ぼすにちがいない。
稲作農耕民族の系譜を汲み、米を主食としてきた日本人の形質がうすれ、まさに雑食文化に流される状況にあって、TPPの衝撃波は食文化の息の根を止めそうである。
東アジアモンスーン帯の列島風土に、三千年の歳月をかけて根付いてきた稲作文化は、祖先から現在へ、さらに未来の子孫につながる「命のたて糸」と、同時代を共に生きた人たちとの「命のよこ糸」とで織り成されてきた。その母胎は、家族農業と地域住民の協同の力である。加えて、農民の土地に対する強い愛着心の所産でもある。
けれど、財界主導の農政改革プランは、農業の成長産業化をはかるべく「攻めの農業」を推進するという。大規模な経営体に、国内生産の8割を委ね、国際競争力をつけ、輸出で外貨を稼ぐという話である。そのために農地法を改正し、企業の参入を促す。
◆土・水・緑も外資に
規制緩和の名の下に、現代の「囲い込み運動」をやろうとしているのではないか。具現化すれば、はじめは国内資本に門戸を開くとしても、やがて土と水と緑を欲しがる外資によって、村ごと乗っ取られる構図が浮かんでくる。すでに法的な縛りのない林野では、北海道や私の置賜地方でも、外資による買収が起きている。TPPの協定には、多国籍企業が私利追求のために、相手国家を提訴できる条項もある。国の主権すら危うい。
全ての分野と品目において、交易のルールを改め、関税を撤廃することを前提とするTPPは、弱肉強食の不平等条約の本質を持つ。日本が主張する重点5品目の聖域を守れるかどうか、いま交渉の瀬戸際にさしかかっている。
結びに、小稿のテーマに還れば、元来、文化(カルチャー)の原義は、大地を耕すことにある。だから、文化の母胎は、農業そのものであるといっていい。その他の水系に展開する自然と人間のつくり出した地域共同体が、われわれの拠り所である。その固有の物差しこそが、住民の羅針盤である。協同組合に人間の意思と力を結集して、地域主権の道を拓いて行かねばと痛切に願うこの頃である。
◆「田園の幸せ」体感を
私は、農と地域の破壊を食い止め、明日を創造する視座をどこに定めたらいいいか考え続けてきた。その過程で、農村とか都市とか、国家とか異文化とかの垣根を超えて、価値観によって人と人とが結び合う生命共同体を創ることだと思い当った。
地域は、日常的に「田園の幸せ」を体感できる舞台を整え、交流の中で充実をはかりながら、ひとたび災害などの非常時に臨んでは、市民の避難場所と食料の備蓄などに心掛け、双方向で生存基盤を確保したいと考えている。そして、文化としての農のよろこびを共にかみしめたい。
【著者プロフィール】
ほし・かんじ
1935年、山形県高畠町生まれ。稲作、果樹(リンゴ)などを経営。高畠町有機農業研究会を設立し各地の消費者と提携している。高畠町教育委員長、東京農業大学客員教授なども歴任。著書に『詩集 種を播く人』(世織書房)、『農からの発想』(ダイヤモンド社)など。
【2013年秋のTPP特集一覧】
・健康とは平和である (佐藤喜作・一般社団法人農協協会会長)
・【日本農業とTPP】決議実現が協定変える 食料増産こそ地球貢献 (冨士重夫・JA全中専務理事に聞く)
・【グローバリズムと食料安保】今こそ「99%の革命」を! 最後の砦「聖域」を守れ (鈴木宣弘・東京大学大学院教授)
・【米韓FTAと韓国社会】猛威振るうISD条項 日本の将来の姿を暗示 (立教大学教授・郭洋春)
・【アベノミクスとTPP】国民が豊かになるのか TPPと経済成長戦略 (東京大学名誉教授・醍醐聰)
・【食の安全確保】真っ当な食をこの手に 自覚的消費が未来拓く (元秋田大学教授・小林綏枝)
・【日本国憲法とISDS】人権よりも企業を尊重 締結すれば憲法破壊に (インタビュ― 弁護士・岩月浩二)
・【「国際化」と地域医療】地域を「病棟」と見立て 世界健康半島をめざす (インタビュ― JA愛知厚生連知多厚生病院院長・宮本忠壽)
・【TPPと日米関係】アジアとの歴史ふまえ、"新たな針路"見定めを (農林中金総合研究所基礎研究部長・清水徹朗)
・【国際化とグローバル化】国のかたちに違い認め、交流で地球より豊かに (大妻女子大学教授・田代洋一)
・【破壊される日本の伝統と文化】文化の原義は大地耕すこと (農民作家・星寛治)
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