農政:日本農業の未来を創るために これで良いのかこの国のかたち
国のかたちに違い認め、交流で地球より豊かに (大妻女子大学教授・田代洋一)2013年10月28日
・押しつけの地球は1つ
・弱肉強食で格差野放し
・米国基準の世界化狙う
・先兵となる多国籍企業
・内需を守る国家の役割
・豊かな社会国境が前提
今では「グローバル」という言葉を当たり前のように使っているが、少し前までは「国際化」が叫ばれていた。そのどこが違うのだろうか。「国」の意味を見つめ直しTPPの本質を考えたい。
◆押しつけの地球は1つ
1980年頃までは「国際化」が主流だった。「国際化」とは、「国境をはさんで交流を盛んにすること」だ。それに対して90年代以降の「グローバリゼーション」(グローバル化)は、国境が低くなり、地球が一つになる客観的な傾向をさす。また「グローバリズム」(世界的干渉主義)という言葉もある。覇権国家が国境を無理にこじあけ、自分のスタンダードを押しつけていくイデオロギーである。
国境の位置づけを異にするこの3つのキーワードを手がかりに今日の世界を考えたい。
◆弱肉強食で格差野放し
グローバル化は、第1に、情報が瞬時に世界を駆け巡る情報通信革命を基礎にしている。第2に、それを活用したのが世界的な過剰資本であり、今日では世界のGDPの4倍もの金融資産が累積し、カネもうけのチャンスを求めて地球上を徘徊し、金融自由化を通じてバブルリレーをくり返している。アメリカ原籍をはじめ各国企業の多国籍化も進んだ。
第3に、1990年前後、社会主義体制が滅び、「世界経済の市場経済への一元化」が起こった。これがグローバル化の真の意味である。
市場経済は放っておけば地球上の隅々までアメーバのように浸透していく。グローバル化がその本性だ。市場経済=グローバル化は、適正に管理され、公正な競争が確保されれば、生産力を発展させ、人類をハッピーにする。逆に野放しにすれば弱肉強食の自由競争を促し、格差を極大化する。グローバル化には理想と現実の明暗二面がある。
現実のグローバル化をもたらした第1の情報通信革命はアメリカが主導し、第2の過剰資本はアメリカに環流してその金融資本主義化をうながした。第3の市場経済化はアメリカの一人勝ちとなった。
◆米国基準の世界化狙う
そこでは市場経済を何物からも解放して自由にすべきという「新自由主義」が支配するようになり、国境をとりはらい、国家の市場経済に対するコントロールを排除し、イスラム経済を破壊して市場経済化し、世界中で惨事に便乗して市場経済化を押し付ける。
つまり現実に進行しているグローバル化は「グローバリズム」の追求であり、「アメリカン・スタンダード」の押しつけである。アメリカのフロマン通商代表は「WTOを先取りするTPPが妥結すれば事実上のグローバル・スタンダードになる」と豪語している。TPPを通じてアメリカン・スタンダードをグローバル化するのがアメリカの狙いだ。
グローバル化の先兵は多国籍企業である。多国籍企業は、地球上の最も儲かる地域に海外直接投資し、その所得は原籍国に送金されてもGDP(国内で生産される総付加価値額)にはカウントされない。海外直接投資は国内産業を空洞化させ、雇用とGDPを減らす。国内送金された所得は株主配当されるか、内部留保されるか、ふたたび海外投資に回される。GDP≒「国益」とすれば、それに反する。
他方で、多国籍企業も原籍をもち、原籍国内での生産や輸出はGDP(雇用)につながる。オバマはTPPによる輸出・GDP・雇用増に政権の存否を賭けている。アメリカでは多国籍企業トップと政府高官(しばしば通商担当)が「回転ドア」を通じて行き来し、多国籍企業による国家支配が強く、多国籍企業の利益=国益を建前としている。
◆先兵となる多国籍企業
日本でも多国籍企業の海外生産比率は32%になり、とくにクルマでは日産80%、トヨタ60%におよぶ。しかしそこにも、世界同一賃金、英語を社内公用語にする「無国籍企業」ユニクロと、研究開発・人材育成の本社機能は国内死守するトヨタとの種差がある。
多国籍企業に固有の要求は、海外直接投資の権益を守ることだ。そのためTPPにISDS(6面参照)を装填させようとする。ISDSは、国家が国民の生活、安全、健康、環境(廃棄物処理)等を守る行為を不服として、企業が投資先の国を国外の司法機関に訴えることができる。つまり憲法の「すべて司法権は、最高裁判所及び…下級裁判所に属する」とする司法権を否定する。そういうTPPもひとたび条約として結んでしまえば憲法に優越する。しかし国の司法権を否定するTPPを結ぶこと自体が憲法違反である。いいかえれば憲法を守る限りISDSを含むTPPは結べない(ISDSを含む日本の既存のEPAも改正する必要がある)。主権国民国家の憲法体制とグローバル化の現実の間には根本的矛盾がある。
◆内需を守る国家の役割
アメリカの比較優位は、農業と並んで、製薬、ソフト、コンテンツ、バイオ等である。これらの部門は、個々の製造コストよりも、「情報の開発コスト」が莫大であり、ほぼアメリカの独占になっている。そして「情報の開発コスト」から利益を得るには知的財産権の保護が決定的になる。かくして知的財産権がTPPにおける米日と新興国の対立点になる。
すぐれた医薬品は貧しい人々の命を救う。その開発は人類の智恵として万人に開放されるべきだ。それでは利益が減るとして多国籍企業は開発をやめてしまう。だから人類益と企業益のバランスが課題だが、それはTPPよりも広い全世界的な場で決められるべきだ。
現実にグローバルに動き回っているのは、金融資本や多国籍企業、そのトップ・管理者層、そのエージェントとしての官僚、メディア、研究者等の「テクノクラシー」であり、税金が高くなれば国外移住も辞さないとうそぶく富裕層である。
それに対して多数の国民は日常的には国境内に定住している。海外旅行や海外留学もするが、それはグローバル化というよりは、せいぜい国境外に出かける「国際化」と言った程度だ。そしてその国内定住的な国民を相手とする内需産業があり、なかでも国境内の国土を耕す農業は究極のナショナルなものだ。
グローバル化時代になお国家の存在意義があるとすれば、それは国境内の国民・内需産業・農業を守ることだ。
しかるに安倍首相のめざす「美しい国」「新しい国」は、「世界で企業が一番活動しやすい国」すなわち「多国籍企業の天国」になることだ。
◆豊かな社会国境が前提
いま地球は温暖化、自然災害、新型感染症、金融危機等、グローバルに取組まなければならない課題に直面している。その意味でグローバル化は歴史の必然である。問題は「市場経済のグローバル化」のみが何らの規制なしに先行し、地球を食い物にしていることにある。だから問われているのは、J・スティグリッツが指摘するように、「政治・制度のグローバル化」、すなわち「市場経済のグローバル化」を規制する国際機関・ルールの創設・民主化である。その目途がたつまでは、国家が国民の健康や環境を守る権利を相互に尊重する必要がある。その段階にふさわしいのは、国境をとりはらうグローバル化よりも、国境を前提として交流・協力する「国際化」だろう。
しかし真のグローバリゼーションは、世界をのっぺらぼうにすることではなく、交流を通じてそれぞれの国や地域の個性を際だたせ、地球の多様性をより豊かにすることである。そのためにはやはり国境や国が大切であり、それを取り払おうとするグローバリズムに徹底的に対抗する「反グローバリズム」が、実は真のグローバリゼーションへの近道だといえる。反TPPの運動にはそのような意義がある。
(写真)
グローバリゼーションによる多国籍間の物流
【著者プロフィール】
たしろ・よういち
1943年生まれ。66年東京教育大卒。農林省入省。横浜国立大教授を経て2008年から大妻女子大教授。著書に『反TPPの農業再建論』、『地域農業の担い手群像』など。今年6月に『TPP問題の新局面―とめなければならないこれだけの理由』(大月書店)刊。
【関連用語解説】
○国内総生産(GDP)
「名目GDP」は国内で生産されたモノやサービスの売上げから中間投入(生産にかかった資源やエネルギーなどの費用)を差し引いた、いわゆる粗利益=付加価値の総額だ。取引時点の物価で評価する。 これを分配面から見ると「名目GDP=企業利益+雇用者報酬+減価償却費」となる。減価償却費(=資本減耗)とは、今持っている資本を昨年と同じように使えるように維持するコストである。
一方、「実質GDP」は生産量とほぼ同じ意味。基準時点の物価で評価する。工場の稼働率が上がり働く人の総労働時間が増えれば生産量が上がるから、実質GDPは増える。
デフレは名目GDPと実質GDPの比率のこと。「名目GDP÷実質GDP×100」(%)となる。これがGDPデフレーターと呼ばれる数値。簡単にいえば「粗利益÷生産量」だから、自動車生産量を例にとれば、1台あたりに含まれる粗利益となる。デフレとは1台あたりの粗利益、つまり企業利益と雇用者所得の合計」が下落することを意味する。
(本紙4月20日号などより)
○国民総所得(GNI)
名目GNIは、国民(居住者)が受け取った所得(雇用者報酬、財産所得、企業所得等)の総額を取引時点の物価で評価したもの。名目GNI=名目GDP+海外からの名目所得の純受取り。平成23年度(政府確報)では名目GNIは488兆円。内訳は雇用者報酬245兆円(構成比50%)、財産所得20兆円(非企業部門)(同4%)、企業所得82兆円(同17%)などとなっている。
実質GNIは、国民(居住者)が受け取った所得の総額について購買力(実質所得)を評価したもの。基準時点の物価で評価。実質GNI=実質GDP+海外からの実質所得の純受取り+交易利得・損失。交易利得・損失とは、輸出物価と輸入物価の差の変化。この交易条件が実質GNIに影響することを意味する。
○J・スティグリッツ
ジョセフ・ユージン・スティグリッツ(1943年生まれ)。アメリカ人の経済学者で、1979年にジョン・ベーツ・クラーク賞、2001年にノーベル経済学賞を受賞した。コロンビア大学教授。
【2013年秋のTPP特集一覧】
・健康とは平和である (佐藤喜作・一般社団法人農協協会会長)
・【日本農業とTPP】決議実現が協定変える 食料増産こそ地球貢献 (冨士重夫・JA全中専務理事に聞く)
・【グローバリズムと食料安保】今こそ「99%の革命」を! 最後の砦「聖域」を守れ (鈴木宣弘・東京大学大学院教授)
・【米韓FTAと韓国社会】猛威振るうISD条項 日本の将来の姿を暗示 (立教大学教授・郭洋春)
・【アベノミクスとTPP】国民が豊かになるのか TPPと経済成長戦略 (東京大学名誉教授・醍醐聰)
・【食の安全確保】真っ当な食をこの手に 自覚的消費が未来拓く (元秋田大学教授・小林綏枝)
・【日本国憲法とISDS】人権よりも企業を尊重 締結すれば憲法破壊に (インタビュ― 弁護士・岩月浩二)
・【「国際化」と地域医療】地域を「病棟」と見立て 世界健康半島をめざす (インタビュ― JA愛知厚生連知多厚生病院院長・宮本忠壽)
・【TPPと日米関係】アジアとの歴史ふまえ、"新たな針路"見定めを (農林中金総合研究所基礎研究部長・清水徹朗)
・【国際化とグローバル化】国のかたちに違い認め、交流で地球より豊かに (大妻女子大学教授・田代洋一)
・【破壊される日本の伝統と文化】文化の原義は大地耕すこと (農民作家・星寛治)
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