農政:日本農業の未来を創るために これで良いのかこの国のかたち
アジアとの歴史ふまえ、"新たな針路"見定めを (農林中金総合研究所基礎研究部長・清水徹朗)2013年10月28日
・近隣を軽視日本の外交
・建国以来の覇権の追求
・日本の改造米国が要求
・大国の衰退世界多極化
・アジア自ら秩序再構築
日米関係が重要であることを否定するわけではない。しかし、あまりにも日本の選択は米国寄りではないかという批判の声は多い。一方で米国の一極支配構造が終わりつつあるとの指摘もある。日本は針路をどうとるべきなのか。
◆近隣を軽視日本の外交
昨年12月に行われた衆議院選挙で自民党が大勝して政権に復帰して以来、安倍首相は精力的な外交を展開し、この1年間に米国、ロシア、中東など多くの国々を訪問してきた。しかし、隣国である中国、韓国、北朝鮮との間では冷えきった関係が続いている。
日本には古代より中国、朝鮮半島から多くの人々が渡来し、日本はこれらの国から技術、文字、思想など多くを学んだ。また、日本の国家形成に朝鮮半島からの渡来系の人々が深く関わっていたことは、よく知られた歴史的事実である。こうした深く長い歴史的関係があるにもかかわらず、近年の日本の外交は米国に偏り、ついには米国主導のTPP交渉に参加するに至った。
◇
米国の歴史は浅い。もともと「インディアン」と呼ばれた先住民が住んでいた北米の地にイギリス等からの移民が本格的に開始されたのは、17世紀初頭のことである。米国は、1776年にイギリスからの独立を果たした後、西部開拓を進め、ルイジアナを買収し、メキシコ領であったテキサス、カリフォルニアを獲得するなど領土を拡大してきた。そして、西部劇でよく知られているように、この過程で先住民を欺き追い出してきた。こうした領土拡大の精神構造はその後も続き、1889年にはハワイを併合した。
◆建国以来の覇権の追求
米国は、第一次世界大戦で消耗した欧州に対して次第に経済的に優位に立ち、第二次世界大戦後は西側のリーダーとしてソ連に対峙し、覇権国として世界中に影響力を駆使してきた。国連本部はニューヨーク、IMF(国際通貨基金)、世界銀行の本部はワシントンにあり、まさに米国は世界の政治、経済の中心としての地位を獲得した。
そして、朝鮮戦争(1950?53年)、キューバ危機(1962年)、ベトナム戦争(1960?75年)、チリ・アジェンデ政権への介入(1973年)など米国は社会主義勢力の拡大と戦い、冷戦終結後もアフガニスタン戦争、イラク戦争など中東諸国への軍事介入を続けてきた。
また、中南米やアフリカにおいても覇権的活動を行うなど、米国は「世界の警察官」を自任してきたが、こうした介入を地域の実情を考慮せずに強引な方法で進めたため多くの誤りを犯し、米国は世界の多くの人々から嫌われる存在になった。
IMFや世界銀行も同様であり、IMFが進めた「ワシントンコンセンサス」と呼ばれる新自由主義的経済政策は経済格差を拡大し、中南米で反米左派政権が広がる要因となった。
日米関係も、こうした米国の建国以来の歴史と密接に関係している。ペリーが黒船を率いて日本に開国を迫ったのは、米国がメキシコとの戦争でカリフォルニアを獲得した5年後の1853年であった。交渉の結果、1858年に日米通商修好条約が締結されたが、この条約は、[1]関税自主権の喪失[2]片務的最恵国待遇[3]領事裁判権を含む不平等条約であり、その後の明治政府にとってこの条約の改正が最も重要な外交課題となった。
明治維新(1868年)直後に欧米諸国を歴訪した岩倉使節団(1871?73年)の目的の一つは、この不平等条約の改正であり、その後、陸奥宗光、小村寿太郎などの歴代外相が多大な努力を注いだにもかかわらず、日本が関税自主権を最終的に回復するのは日米修好通商条約締結から53年を経た1911年のことであった。しかし、条約改正は「富国強兵」によって実現したのであり、日本は強化した軍事力で日清戦争(1894?95年)、日露戦争(1904?05年)を戦い、周辺アジア諸国に進出した。日本はその過程で朝鮮の関税自主権を奪い、1910年の韓国併合によって朝鮮半島を植民地化して朝鮮の外交権を奪った。また、日清戦争後に中国(清国)との間で締結した下関条約(1895年)も、中国に対する不平等条約であった。そして、その後日本は、1930年代に日中戦争を起こすに至り、最終的には対米戦争に突入していった。こうした近代日本の周辺アジア諸国との関係が、今日の反日感情の源泉になっていることを再認識すべきであろう。
◆日本の改造米国が要求
1945年に戦争に敗れた日本は米国を中心とするGHQ(連合軍最高司令官総司令部)の占領統治下に置かれ、米国主導で戦後改革(農地改革、新憲法制定等)が行われた。占領統治が終わった1952年に日米安全保障条約が締結されたが、日本はこの条約によって国土の一部を米軍基地として使用することを認め、同時に締結された地位協定によって日本は裁判権の制約を受けるなど、安保条約は不平等性を有しており、日本政府は現在も多額の在日米軍経費を負担し続けている。
1960年に改定された新しい安保条約では両国間の経済関係強化の規定(第2条)が盛り込まれ、日本は経済的にも米国の強い影響を受け続けることになった。そして、日米間で貿易摩擦が強まると米国からの対日圧力が強まり、89年には「日米構造協議」が行われ、大店法改正などの制度改革を迫られ公共事業拡大を求められた。さらに、94年からは米国は日本に毎年「年次改革要望書」を送りつけ、その実施状況を日本政府が毎年米国に報告するということが2008年まで15年間続けられた。金融自由化、郵政改革なども米国による日本改造という面があり、TPPはこうした米国の対日制度改革要求の延長線上にあると理解すべきであろう。
しかし、こうした米国のやり方は、そろそろ限界にきている。米国では公的医療保険制度がないため所得が低い人は医療費の支払いができずにローンの返済に追われ、生活のために軍隊に入る人も多くいる。米国はその一方で、高額所得者への減税や巨額の軍事支出を続けており、財政赤字が拡大する中で、オバマ政権による医療制度改革を巡る共和党との対立によって米国はデフォルト(債務不履行)の危機に直面している。
◆大国の衰退世界多極化
米国の経済力は衰えパックスアメリカーナの終焉が唱えられており、財政赤字、貿易赤字によってドルが基軸通貨であり続けることも疑問視されるような事態になっている。IMF、世界銀行が新自由主義的な政策を途上国に押しつけることに対しても批判が強まっており、米国はかつてのようには国際的影響力を行使できなくなっている。
その一方で、NIES、ASEANに次いで、中国、インドが高い経済成長率を実現するようになり、またロシアが復権し、ブラジルやアフリカも豊富な資源を背景に経済が好調であり、世界の構図は大きく変化してきている。その結果、国際交渉において途上国の発言力が増しており、もはや米国と欧州のみで世界を仕切る時代は終わったということができよう。
◆アジア自ら秩序再構築
日本は、太平洋戦争で敗北して以降、米国の占領統治下で制度改革を行い、その後も、米国からの圧力によって国内制度改革を行ってきた。現在の日本は、戦後の日米安保体制のなかで食料、エネルギー、安全保障において米国に大きく依存する状況になっており、日米関係が今後も重要であることは否定できないが、これまでのような米国に過度に依存した日本の精神構造、行動様式は改めるべきであろう。
米国の一極支配構造が崩れ世界は多極化しつつあり、中国、インドの役割がますます重要になっており、第二次世界大戦後に形成された戦後の国際経済体制は再構築が必要な時期に来ている。アジアの秩序はアジアの国自身で構想すべきであり、日本は米国偏重の外交を改め、中国、インド、ロシア、ASEANとの関係をより強化し、特に東アジアの地域協力と安定を最重視すべきであろう。
(写真)
降伏調印調署する重光葵外務大臣(ウィキペディアより)
【著者プロフィール】
しみず・てつろう
1956年群馬県生まれ。81年東京大学農学部農業経済学科卒。同年農林中央金庫入庫。熊本支店、静岡支店、本店営業企画部勤務などを経て92年農林中金総合研究所。97年法政大学大学院修士課程卒(開発経済学、金融論、計量経済学) 2012年6月から基礎研究部部長。
【関連用語解説】
○関税とは何か?
TPPは関税撤廃を原則としているが、交渉でその原則が変えられるかどうかが焦点になっている。一方、TPP推進派は関税をかけることがまるで悪いことのように言う。しかし、そもそも関税とは何だろうか。
関税とは貿易に際し、取引される商品の価格(従価税)や数量(従量税)に課税する税金だが、輸入関税が一般的だ。輸入品になぜ関税をかけるのか。当初の目的は国家の税収の確保。貿易に必要な港湾整備や税関業務などに公的経費がかかり、産業育成のための財源も必要なことから関税収入でまかなおうとした。
もう一つの目的は、国内産業の保護。貿易が拡大し外国との競争が激しくなると、未発達な国内産業は打撃を受ける。その競争上の不利を是正するために関税をかける。
農業は地理条件、気象条件などが国によって違う。農産物にかける関税はまさにこうした条件を是正するためのものであり(3面参照)、日本の食料生産を維持するために不可欠なものである。関税は、わが国の食料安全保障と農業の多面的機能発揮のために重要な役割を果たしているといえる。それもすでに日本は農産物関税を引き下げ、平均では12%。一部の重要な品目に限って高い関税をかけているに過ぎない(16面参照)。
大統領貿易促進権限法(TPA)
米国議会が大統領に通商交渉で与える権限。通商交渉の結果について、その内容に修正を加えず「イエスか、ノーかだけ」を議会に問うことができる権限だ(外務省)。
米国では2002年にTPA法が成立したが、07年に失効している。現在のオバマ大統領には貿易を一括して促進する権限はないことになる。TPA法がないとTPP交渉が妥結しても議会で交渉内容が修正されることもあり得る。その例が米韓FTAだ。米韓FTAは07年4月に妥結したが7月にはTPA法の期限が切れた。そのため議会が修正を要求し、米韓FTAは再協議となった。米国の自動車業界の不満を背景に、韓国は環境規制でさらに譲歩させれたといわれる。
かりにTPP交渉が妥結しても議会がひっくり返すこともあり得る。今月のバリ会合で年内妥結に向けて首脳が合意したとされるが、ある国会議員は「交渉団はすかさず、米国はそれで大丈夫なのか、と問い質したか?」と問うている。
一方で大統領がTPAを無理に得ようとすると、議会がさまざまな要件を付けかねないと懸念する指摘もある。米国議会のなかにはTPAを大統領に与える条件として、日本が円安誘導をしており為替操作規制を交渉項目に盛り込むべきとの意見も持つ議員もいる。
日本はTPP交渉と並行して日米2国間協議も行っているがTPA法はこの協議にも関わることだ。
【2013年秋のTPP特集一覧】
・健康とは平和である (佐藤喜作・一般社団法人農協協会会長)
・【日本農業とTPP】決議実現が協定変える 食料増産こそ地球貢献 (冨士重夫・JA全中専務理事に聞く)
・【グローバリズムと食料安保】今こそ「99%の革命」を! 最後の砦「聖域」を守れ (鈴木宣弘・東京大学大学院教授)
・【米韓FTAと韓国社会】猛威振るうISD条項 日本の将来の姿を暗示 (立教大学教授・郭洋春)
・【アベノミクスとTPP】国民が豊かになるのか TPPと経済成長戦略 (東京大学名誉教授・醍醐聰)
・【食の安全確保】真っ当な食をこの手に 自覚的消費が未来拓く (元秋田大学教授・小林綏枝)
・【日本国憲法とISDS】人権よりも企業を尊重 締結すれば憲法破壊に (インタビュ― 弁護士・岩月浩二)
・【「国際化」と地域医療】地域を「病棟」と見立て 世界健康半島をめざす (インタビュ― JA愛知厚生連知多厚生病院院長・宮本忠壽)
・【TPPと日米関係】アジアとの歴史ふまえ、"新たな針路"見定めを (農林中金総合研究所基礎研究部長・清水徹朗)
・【国際化とグローバル化】国のかたちに違い認め、交流で地球より豊かに (大妻女子大学教授・田代洋一)
・【破壊される日本の伝統と文化】文化の原義は大地耕すこと (農民作家・星寛治)
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