農政:日本農業の未来を創るために これで良いのかこの国のかたち
人権よりも企業を尊重 締結すれば憲法破壊に (インタビュー 弁護士・岩月浩二)2013年10月28日
・中立装った喧嘩の仲裁
・利益のため訴訟を濫発
・企業の利益法律に優先
・問うべきは経済の理念
2006年にシンガポ―ル、ブルネイ、チリ、ニュ―ジ―ランドの4か国で発効したP4協定は、現在交渉中のTPPがめざす理念が盛り込まれているとされる。そこでは「貿易紛争を防止し解決する効果的なメカニズムの創設」が目的だ。その具体策が投資家が国家を提訴することができるISD条項を盛り込むことである。
このISD条項(ISDS)は国家や国民の権利よりも多国籍企業の利益を優先するものと批判が根強いが、愛知県名古屋市の岩月浩二弁護士(守山法律事務所)はいち早くこの条項は憲法違反だと指摘してきた。改めて問題点を聞いた。
◆中立装った喧嘩の仲裁
――ISD条項をどうお考えですか。
ISD条項とは「投資家対国家紛争解決手続」のことで、英語ではInvestor State Dispute Settlementです。これは投資家と国家間の紛争を仲裁する国際法廷のように理解されています。
しかし、私は「投資家による私設法廷」と訳すのがもっとも適当ではないかと考えています。というのも国際法廷というにはあまりにもおそまつだからです。
仲裁にあたる裁判官(=弁護士)は当事国が指名した2人と両当事国で合意した1人が選任されますが、審理する事件限りで解散します。国際裁判というイメ―ジがありますが、“仲裁”という言葉からイメ―ジされるように、プライベ―トな問題を解決するのが目的なのです。仲裁とは、喧嘩の仲裁、というように使いますが、ISD条項はまさにそうした仲裁が目的です。
逆にいえば公権的な判断を回避するのが目的なのであって、そもそも投資家の利益保護本位の解決手段だといえます。それをあたかも中立的、国際的な手段であるかのような問題としてTPP協定で妥結しようとしているわけです。
――ちなみに国際的な紛争解決機関にはどのようなものがあるのでしょうか。
国家と国家の紛争を解決する手段として代表的なものに国際司法裁判所があります。これは常設で裁判官は常勤です。15人いて5名づつ改選されますが、改選時には世界5つの地域から1人づつ専門家が推薦され、国連安全保障理事会と国連総会それぞれの絶対過半数を得た人が選出されています。私は国際司法裁判所は可能な限り平等で民主的な方法で構成されていると思います。
それにくらべればISD条項によって設置されるその場限りの国際仲裁機関とはいかにその名とかけ離れたものかが分かると思います。
――ただ、ISD条項が2国間の貿易協定に盛り込まれたのはかなり前からだと聞いていますが。
◆利益のため訴訟を濫発
たしかに国と国との投資協定に実効性を持たせる手段としてISD条項は1960年前後からありました。それは当時、発展途上国のなかに司法制度が不備な国があったことから投資を保護するために、その国の司法権を排除することを口実にしていました。
しかし、1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)発効から変質します。
米国とカナダという先進国が加盟したこの自由貿易協定にISD条項が含まれたことから、米国の投資家がカナダ政府に損害賠償を訴える事件が起きた。カナダ政府が人体に害があるとして輸入禁止したガソリン添加剤に対して、それを製造していた米国企業が確実な証拠がない禁輸措置で損害を被ったと提訴したのです。結局、仲裁前にカナダ政府は1300万ドルを支払って和解しました。
このような事件をきっかけに多国籍企業によるISD条項に基づく訴訟が急増していきます。
――その変質が意味するものは何でしょうか。
自由貿易がめざすものが1990年代に入ったころに変わったのだと思います。NAFTA発効翌年の1995年には世界貿易機関(WTO)が発足しますね。これによって農産物も含めて物品は例外なき関税化とされ、しかも関税は引き下げられる方向になった。
つまり、関税は十分に低くなった。さらに企業が自由貿易を拡大するには、これからは相手国の制度やル―ルを自分たちの利益のために変えさせることだ、という目的になったわけです。
TPPも物品の市場アクセスだけでなく、参加国間のビジネスのル―ルづくりが重要なんだと強調されていますが、まさに変質した自由貿易の流れに即したものでISD条項はその象徴です。
しかもそれは国家に賠償を求めるというよりも、裁判にするぞと脅すことで相手国の制度を多国籍企業にとっていちばん使い勝手のいい制度に変えさせることです。これをISD条項による萎縮効果と呼んでいますが、実際、韓米FTAにISD条項が含まれたため、韓国では66の法令改正を余儀なくされています。
――岩月さんはISD条項は憲法違反だといち早く指摘していますが、それを解説してください。
◆企業の利益法律に優先
まずは司法権の侵害だと思います。日本国憲法76条は「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」と定めています。この意味は、日本国内で起きる法的紛争を裁く権限は統一した裁判所が独占するということです。これは戦前の反省から軍事法廷のような例外は認めないという趣旨を含んでいます。
ただし、例外はあります。外交官特権と日米地位協定です。しかし、その日米地位協定でも米国が第一次の裁判権を持つ分野は極めて限られています。
このように司法権の独占的帰属を規定しているのにISD条項をTPP協定に含めれば、憲法76条の条文に「ただし、外国投資家と国・地方自治体との紛争については、司法権は国際仲裁裁判所に属する」とでも但し書きをしなければなりません。これでは司法権の侵害は明らかです。
――国家主権が奪われかねないということですね。
ISD条項に絶大な萎縮効果があることを指摘しましたが、これは立法権の侵害にあたると思います。国会ですら、投資家から訴えられるまで、何が協定違反にあたるかのか分からない。これがいちばんの問題です。
さらにISD条項に基づく仲裁判断には従わなければならないという規定になっています。内容に不服でも上訴する仕組みはありません。そうなると日本国憲法41条「国会は国権の最高機関であって国の唯一の立法機関である」との条文に続けて「ただし、国会はISDによる仲裁判断には従わなければならない」とでも但し書きを加えなければなりません。
また、憲法25条では「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」などと社会権を規定していますが、ここにも「ただし、外国投資家の利益を害する場合はこの限りではない」と但し書きを加えなければなりません。
司法権、立法権の侵害とは国家主権の侵害といえると思いますが、さらに多国籍企業の自由な活動と利益を尊重し、主人公である私たち国民を守る権利を保証する法律まで邪魔だというのであれば、これは人権侵害だとさえ言えるのではないかと私は思っています。
その意味でISD条項は憲法破壊、憲法違反ではないか。現在締結しているEPA・FTAにもISD条項は盛り込まれていますが、私は潜在的に憲法違反状態だと考える必要があると思います。
――一方で日本国憲法は99条第2項で「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」とあります。締結してしまった条約は守らなければならないと思いますが、なぜ、日本はこのような条項を憲法で規定したのでしょうか。
◆問うべきは経済の理念
これは日本国憲法が掲げる「平和主義」のひとつの実践として、国際協調主義の立場に立つという考え方を示したのだと思います。今後も大事な考え方です。
これに対して投資家が国家を訴えることができるとする考えは、国際経済法と言われますが、その背景には新自由主義的な市場原理主義、すなわちごく限られた多国籍企業の自由な活動こそ諸国民を幸せにするという考えがあります。国際経済法は、それを法的に実現するためのものであって2003年に初めて教科書が作られた分野でごく一部の法律家しか理解していません。
こうした経過をみればISD条項は単なる法律の問題ではなく、やはり私たちの経済のあり方はこれでいいのかと問いかける必要があることが分かると思います。むしろ求められている経済協定とは投機マネ―の規制や、地域循環型経済の確立に役立つような条項ではないかと思います。
(写真)
司法権の最高機関である最高裁判所
【プロフィ―ル】
いわつき・こうじ
1955年愛知県生まれ。84年司法試験合格。85年東京大学卒。87年弁護士登録。TPPに反対する弁護士ネットワ―ク共同代表。愛知県弁護士会司法問題対策委員会TPP部会部長。同弁護士会憲法問題副委員長。大規模消費者被害事件、保育園日照事件など30年以上、町医者のような庶民派弁護士一筋。
【関連用語解説】
○ISDS 日本政府の説明は?
10月初めのTPPインドネシア(バリ)会合後、政府は自民党の会議などの場でTPP交渉の主要分野に関する解説と政府の姿勢を示す文書を配布している。ISDSについては「ある国でTPPが想定していない規制が発動されて投資家が損害を被るような場合、救済措置がないとTPPのル―ルが有名無実化するため、ル―ルの実効性を担保するための救済措置としてISDSがある」としている。
そのうえで「投資を保護するために有効な手段の一つとなるため、日本企業が安心して外国に進出できるというメリットを享受できる」としており、日本政府の積極的な姿勢が伺える。
10月24日の参議院予算委員会で甘利明TPP担当大臣はTPP交渉のなかで「ISDSについてはかなり収れんしつつある」と答弁。日本は24の投資協定でISDSを入れていることに触れ、甘利大臣は「投資をする側にとっては、当初、予測されていなかった新たな規制が突然入ってきたりすると、こんなはずじゃなかったということになるから、そこはきちんと入れていく必要がある」と述べた。ただ、衆参農水委員会の「国家の主権を損なうようなISD条項には合意しないこと」とする決議は「ふまえている」と強調した。
さらに、交渉の中身は公開できないとしながらも「NAFTA(北米自由貿易協定)以降、米国は(ISDSの)濫訴防止条項を入れている」とし、交渉で「それぞれの国が納得していく国際ル―ルにしていく」と述べている。
○ISDSと「間接収用」
米国企業のメタルクラッド社がメキシコ連邦政府から廃棄物処理施設の設置許可を受けて投資。しかし、有害物質による飲料水汚染で近隣の村でガン患者が多数発生するなど、危険性が提起されたことから地方自治体が敷地を生態区域に指定して施設設立不許可処分を下した。
これに対してメタルクラッド社は「間接収用」だとして提訴した。「収用」は投資したにも関わらず財産権が直接奪われてしまうことだが、「間接収用」とは財産権の移転は伴わないが、投資先国の許認可の取り消しなどで収益機会が阻害され、実質的に収用と同じ結果がもたらされること。しかし、その概念は広範。米韓FTA締結で法的な検討をした韓国法務部は、投資家は資産価値の減少などすべての被害を提訴可能との見方も示している。(岩月浩二氏資料などより)。
【2013年秋のTPP特集一覧】
・健康とは平和である (佐藤喜作・一般社団法人農協協会会長)
・【日本農業とTPP】決議実現が協定変える 食料増産こそ地球貢献 (冨士重夫・JA全中専務理事に聞く)
・【グローバリズムと食料安保】今こそ「99%の革命」を! 最後の砦「聖域」を守れ (鈴木宣弘・東京大学大学院教授)
・【米韓FTAと韓国社会】猛威振るうISD条項 日本の将来の姿を暗示 (立教大学教授・郭洋春)
・【アベノミクスとTPP】国民が豊かになるのか TPPと経済成長戦略 (東京大学名誉教授・醍醐聰)
・【食の安全確保】真っ当な食をこの手に 自覚的消費が未来拓く (元秋田大学教授・小林綏枝)
・【日本国憲法とISDS】人権よりも企業を尊重 締結すれば憲法破壊に (インタビュ― 弁護士・岩月浩二)
・【「国際化」と地域医療】地域を「病棟」と見立て 世界健康半島をめざす (インタビュ― JA愛知厚生連知多厚生病院院長・宮本忠壽)
・【TPPと日米関係】アジアとの歴史ふまえ、"新たな針路"見定めを (農林中金総合研究所基礎研究部長・清水徹朗)
・【国際化とグローバル化】国のかたちに違い認め、交流で地球より豊かに (大妻女子大学教授・田代洋一)
・【破壊される日本の伝統と文化】文化の原義は大地耕すこと (農民作家・星寛治)
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