農政:日本農業の未来を創るために―JAグループの挑戦―
【インタビュアー】山田俊男参議院議員に聞く 多様な日本の国土、食と農を守り抜け2013年11月13日
インタビュアー梶井功・東京農工大名誉教授
・自由化率は危険な議論
・アジアとは共生が基本
・地域調和で農地を集積
・協同活動が地域に必須
・避けるべき現場の混乱
・急務な問題過剰米対策
環太平洋連携協定(TPP)交渉について政府は年内妥結をめざし前のめりになっている。とくに重要5品目について細目(タリフライン)別に関税撤廃ができるかどうか検討する方針だが、「聖域」を守るのが衆参農林水産委員会と自民党の決議だ。一方、規制改革会議の意見を受けて「人・農地プラン」の法定化を見送った農地中間管理機構法案は国会で審議され、さらに政府・与党は経営所得安定対策の見直し議論も始めた。先行きは不透明だが、食と暮らしを守り、日本農業の未来を創るためにも注視すべき議論が本格化する。主要な農政課題について山田俊男参議院議員に聞いた。
◆自由化率は危険な議論
梶井 TPPについて安倍晋三総理はずいぶん前のめりの発言していますが。
山田 総理は日米首脳会談で「お互いの国のセンシティビティーを認め合った上で交渉を進めようではないか」と合意したことから、「政権公約」に違反していない、だから「私に交渉参加の判断を任せてほしい」と表明しました。「食と農は守ります。私を信じてください」と一貫して言ってきたわけです。
ところが、10月15日の所信表明では「TPPでは日本はいまや中核的役割を担っている。年内妥結に向け、攻めるべきは攻め、守るべきものは守り、新たな経済秩序づくりに貢献していく」と述べました。「日本の農業は守る」「互いの国のセンシティビティーを尊重する」のが基本姿勢だと期待していたわけですが、これでは総理の言う「美しい日本をつくる」「日本農業は守る」「国益は守る」ことを実現できるのか心配です。
西川公也自民党TPP対策委員長の重要品目の細目見直し発言も、総理と方向は一致しているのではないかと感じます。西川委員長は「重要品目は守る」と言っていますが、品目を構成する細目を検証するという話になると、本体に影響しかねない。本当に重要品目を守れるのか心配です。
梶井 「年内妥結に向け、中核的役割を担っている」と言いましたが、どういう意味でしょうか。
山田 「大筋合意」と言っていますが、そんな段階ではありません。また、米国内ではTPP問題の比重はそんなに大きくなく、とくに共和党議員からは「あれはオバマ(大統領)の貿易政策だ」と酷評されるほどです。TPP交渉の権限が大統領に与えられていないからです。議会が認めなければ宙ぶらりんになり、再交渉の事態も出て来るかも知れません。ですから、「年内合意」を前提にした進め方は考えられません。 先日も自民党の「TPP交渉における国益を守る会」で2時間半も議論があり、最後に重鎮の保利耕輔先生が「外堀、内堀が埋められ、本丸の重要品目だけを議論する時代になっている。このままで行くと、米国の戦略からして本丸もいつか攻め落とされる。国のあり方として食と農を失ってよいのか、原点に立ち返って議論しよう」とおっしゃいました。
年内に合意するためには自由化率を諸外国が要求する95%以上にしなければならないという議論があって、そのため重要品目の細目を見直そうとしています。まさに本丸に手が付けられようとしています。
◆アジアとは共生が基本
山田 必要なのは、各国農業の多様性、気候風土を含めた日本農業の特性を基本に据えて、農産物貿易はどうあるべきかを議論することです。その論理がどこかに飛んでしまって、自由化率を統一しようと議論が始まっています。大変な話です。食と農を抜きにした国の存立はあり得えないのです。
梶井 細目を検討し直すというのは自民党として認めたのですか。
山田 委員長へのぶら下がりの記者会見で質問されて、深みに入って行ったのが実際だと思います。「重要品目は守る」とはおっしゃっていますが、95%以上の自由化率を前提に細目を見直すということになると重要品目に手をつけることになるからです。細目を見直すことは重要品目を守るのではなく崩すことにつながってしまう。
石破茂幹事長も「重要品目を守るという立場で検証するのだから、それはそれで良いのではないか」と認めていますので、政府・党の一致した議論になってしまったと思います。
梶井 自由化率95%以上となると、「聖域」に入ってしまうことになる。それで「聖域に踏み込まない」という言い方はおかしいと思います。
山田 総理も「攻めるべきは攻め、守るべきものは守る」と言っているわけです。しかし、守ることになっているのか疑問です。日本は圧倒的な農産物輸入国です。自給率は先進国で最低レベル。本当に「守る」ためには、日本農業の特性、事情をきちんと主張して、自由化率は諸外国と一律に扱うべきでないことなど、きちんと通すべきことは通さなくてはなりません。
こうした点を機会があれば問い質したいと思っていたところ、10月24日の参院予算委で質問の機会を得ました。そのなかで総理からは、日米両国でセンシティビティを確認しており「それをしっかり交渉しバリ会合でのTPP首脳声明に盛り込んだ『バランス』にも配慮するという答弁を得ることができました。
梶井 ただ、いつも攻めるべきは攻めるというが、情報開示もしないでどこを攻めているのかさっぱり分かりませんが。
山田 攻める相手が米国ではなく、仲間であるべきアジアの国々かも知れないのです。アジアとは共存しなければならないのに、日本が米国と一緒になって仲間を攻める図式になってしまうのでは、共存の思想もふっ飛ぶことになります。むしろアジアの国と連携しながら、米国主導の論理にくさびを打つことが必要だと思っています。
梶井 大いに頑張ってもらいたいと思います。
◆地域調和で農地を集積
梶井 規制改革会議の意見を受けて農地中間管理機構の修正案が出ましたが、「人・農地プラン」は捨てちゃったわけですか。
山田 私自身は農地中間管理機構の考え方は、基本的には賛成です。土地利用型農業は規模拡大が要になります。地方はさまざまな取り組みを行っていますが、耕作放棄地が増えています。規模模拡大したいと思っても土地の流動化がなかなか進まない。もう少し公的な管理を強め役割を果たしていくことが必要だと考えていました。
党の担い手育成総合支援振興プロジェクトの座長を務め、担い手育成総合支援法案をまとめましたが、そこに新規就農者に対する助成金や強力な農地利用調整なども盛り込みました。そのためにフランスの農村土地整備公社「サフェール」の取り組みも見てきました。サフェールほど権限は強くはないが農地中間管理機構の考え方には賛成です。
ただ、産業競争力会議から3つほど注文が付いています。1つは農地を貸し付ける場合は借り受け希望者に対し必ず公募の手続きを取ることです。地域や集落内で既得権を持った特定の者が行っている現状を排除し、外部からの新規参入者や法人の農業参入をしやすくするためだと批判しています。
2つ目は、外部から企業等を参入させるためには「人・農地プラン」では既得権の確保につながる。だから法定化しないと言い出したのだと思います。
3つ目は、農地中間管理機構が農地を一旦預かっても、滞留させないように、条件の悪い所は借りず、借り手が見つからない場合は返すということです。
梶井 既得権の確保につながるなどというのは身勝手ないいがかりですよ。
山田 大事なのは農地耕作者主義です。サフェールでは、農地を借り入れる人は借り入れた農地の隣に住居を持つとか、借りる農地は現経営地から5キロ以上離れないなど強い制限がかかります。
根底にあるのは、地域に根ざした農業を大事にすることです。長い歳月はかかりましたが、フランスの平均耕作面積は、この50年で15haから50haに拡大。大変な成果、努力の結果です。 ところが、産業競争力会議からはヨーロッパの事例とはまったく違うかたちで注文を付けられています。日本の農業、地域の農業をどう創るのか本当に心配です。
梶井 あの案を自民党は認めているのですか。
◆協同活動が地域に必須
山田 貸し出しルールを作り、「人・農地プラン」は法定化しなくても党としてはこのやり方を引き続き進めていく考えです。新規就農者が入ってくることを認めないわけではなく、6次産業化で加工や新技術を持って入ってくる個人や法人を拒否するものではありません。貸し出しルールを地域の中でどう作り上げるか、です。必要なのは地域に根ざした協同活動です。そのなかで貸付者、新規就農者をきちんと位置づけていく。地域で農業を営むのが根底です。具体的なルールを議論していくなかで法案改正の必要性が出てくれば修正を求めていきたいと思っています。
梶井 機構の考え方は「地域との調和」を大事にしている改正農地法(第63条の2)の精神に矛盾しているのではないか。また、農用地利用増進事業が始まる前の1973年に東畑四郎氏は「従来の農政は中央で頭の中で考え、それを地方に画一的に下ろしていた。これからは下から自主的に考えることを基盤とするようにする必要がある」と強調しました。「人・農地プラン」は、まさに地域農業の方向、担い手のあり方を地域で話し合って決めていこうというものだと考えていました。JAグループの「地域営農ビジョン」も同じ理念だと思います。機構の考え方は外からの参入をしやすくするのが基本ではないかと思えて仕方がありません。
山田 地域では高齢化が進み、担い手もいなくて困っているのが現状です。ですから意欲のある新規就農者が必要です。しかし大事なのは地域内での調和です。できるだけ柔軟なルールで受け入れていくことだと思います。
梶井 不特定多数の投資家から資金を集めて不動産などに投資するJ-REITを導入しようという発言も一部から出ていますが。
山田 機構が農地信託をできるようにしても、現場の利用調整に詳しくないわけですから、そんなに心配することはないと思います。信託銀行などをからませても機能しないでしょう。むしろ、他に転用されてしまうことが心配です。
機構の考え方の根底にあるのは限られた農地をいかに有効活用するかだと思っています。放棄されている農地を管理し、他に使えれば資産にもなります。例えば中山間地の荒廃農地などに、再生エルギー法を使ってソーラーパネルの設置を許可するわけです。発電しながら山を整備していく。条件の悪い中山間地などは農業以外の使い方も模索していくことになります。心配は尽きません。
梶井 ところで、経営所得安定対策の見直しも大きくクローズアップされてきました。
山田 自民党が進めていた品目横断の経営安定対策は、個人で4ha、集落営農など集団で20haといった要件以下であっても、地域の中で担い手として育てるべき農家だと認めれば対象にしようという弾力的なものでした。年齢、専・兼業別を問わず、担い手育成と農地の利用集積を進めようというものでした。しかし、民主党から「農村に差別を入れるな」ということで、一律の戸別所得補償制度になったわけです。
そこで、われわれは新しい仕組みを作らなければいけない。1つは経営所得安定対策の見直しであり、2つは日本型直接支払いの具体化です。15年度から実施するためには14年度に法案を成立させるべく作業を急がなければなりません。これが遅れたりすると、16年に必ずくる参院選挙や、場合によると衆・参同時選挙に重なってしまいます。
◆避けるべき現場の混乱
山田 自民党は「農業・農村所得倍増目標10カ年戦略」を打ち出し、各県に農林水産業・地域活性化創造本部をつくって関係団体との議論を進めています。農地中間管理機構、基本農政の確立、6次産業化などが主題です。
それにしても現場の最大の関心事はTPPです。もしも重要品目のいくつかについて関税撤廃ということになれば、批准をめぐり大きな政局になりますし、一方では影響緩和のための仕組みや財源を準備しなければなりません。そのことなしに所得倍増10カ年戦略の議論は進まないのが現状です。
◆急務な問題過剰米対策
山田 もう一つ、今年産米は作柄が良く、昨年産の在庫もあることから、価格が下がっています。JAグループの仮渡金は昨年を軒並み下回り、小売価格も昨年産米より新米が安いという逆転現象が生じています。まだ米価変動補填交付金の水準には至っていませんが、在庫が重なり、正月過ぎには一層下がりかねません。
梶井 厳しい状況が見込まれるにもかかわらず、生産調整の見直し、廃止という動きが報道されています。どう対応されますか。
山田 私は、戸別所得補償制度を改め、新しい経営所得安定対策をつくりあげるとすると、生産調整のあり方も同時に議論せざるを得ないと考えていました。
問題は産業競争力会議が生産調整の目標配分を廃止し、担い手の自由な経営判断にゆだねる、過剰米が生じても政府が市場に介入しない、国の補助金の単価削減や期限を区切ることを唐突に提案したことです。それで混乱しました。これまでの取り組みの実態を考えないまったく無謀な提案です。
何としても必要なのは、水田の総合利用をはかるための対策を強化し、豊作等で米価が低落しかねない場合の対策をしっかりと準備しておくことなのです。がんばります。
【インタビューを終えて】
“年内妥結に向け、中核的役割を担っている”とする首相の前のめりの姿勢もあり、聖域に踏みこみかねない95%以上自由化論議など、TPP問題が山場に来た感のあるこのときに、産業競争力会議や規制改革会議などから、多分に財界の意を受けてと思われる米の生産調整廃止要求や農地中間管理機構への制度的注文、これまた農政のあり方を大きくゆさぶる重要問題が持ち出されている。農業・農村問題に精通している山田議員の健闘が期待されるところだ。「攻めるべきは攻め」る「相手が米国ではなく、仲間であるべきアジアの国々かもしれません。アジアとは共存しなければならない……。アジアの国と連携しながら米国主導の論理にくさびを打つことが重要だ」という対TPPの考え方、「大事なのは農地耕作者主義……根底にあるのは地域に根ざした農業を大事にする」という農政思想には同感するところが多い。がんばって下さい。
(梶井)
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