農政:東アジアを往く
米韓FTA発効2年を迎えて 強権で民主主義が後退 民主社会のための弁護士会国際通商委員会委員長・宋基昊(ソン・キホ)氏に聞く2014年1月9日
・所得伸びず新貧困層
・対米輸出は期待外れ
・都市・農村の格差拡大
・民主主義の再構築へ
韓国と米国の自由貿易協定(FTA)は、2014年で発効3年目を迎える。経済優先政策が韓国社会にどのように変化をもたらし、今後どう展開するか。民主社会のための弁護士会国際通商委員会の宋基昊(ソン・キホ)委員長に解説してもらった。
農業・通信など国内対応に遅れ
◆所得伸びず新貧困層
米韓FTAを正確に理解するには、韓国社会と経済の実態を把握する必要がある。韓国社会をみると、実に民主主義が大きく後退した。その象徴的な出来事が2012年の大統領選挙だ。国家情報機関、軍、行政部が選挙に不正介入し、国民の正確な判断を妨げる暴挙を行った。世界各国の情報を収集する国家情報院が北朝鮮の情報を収集する名目で、朴槿恵現大統領に有利な情報をネット上に流し、不利な情報を遮断した世論操作の疑いがある。
大統領制の韓国では、大統領の認識と哲学が社会に与える影響が日本より大きい。米韓FTAを最初に推進したのは、盧武鉉前大統領だ。氏は1997年IMF以降、韓国で生まれている新貧困層の実像と原因を正しく把握することができず、米韓FTAを推進した。
新貧困層とは、基本生活費が低い既存の貧困層以外に衣食住、医療、教育などの基本生活に困っている人を指す。韓国の指導層は、60年代から70年代にかけて実現した経済成長の漢江(ハンカン)奇跡という言葉に酔い、貧困という視点で韓国社会を考察する方法を忘れてしまった。東国大学の金洛年(キム・ナックニョン)教授の「韓国の所得集中度推移と国際比較」によると、韓国は1995年まで、所得が高い上位10%の階層が国民全体の約30%だったが、2010年には45%まで伸びた。逆に、国民多数を占める所得下位の90%の所得はアジア通貨危機以降、平均12%減少した。つまり、アジア通貨危機以降、韓国国民の絶対多数の所得が減少または伸びていない。経済成長と裏腹に国民の所得が伸びず、むしろ新貧困層が増えている。
2005年と2010年の韓国のGDPは、それぞれ4.2%、6.3%と韓国経済は継続的に成長した。しかし、絶対多数の所得が伸びないのは、アジア通貨危機以降、経済成長の成果を少数が独り勝ちする利権構造が形成したことを意味する。ネットで証券情報を提供するベンチャー企業で成功した朴昌基(バク・チャンキ)氏は、著書の「革新しろ、韓国経済」で、こうした韓国経済を「利権共和国」と称し、金融業、不動産の賃貸業、製造業が生産した付加価値を一部の既得権層が独占する利権経済と分析した。
このような新貧困層の実像と原因を正確に認識した上で、利権構造を改革すべきだった。しかし、盧武鉉前大統領は、対応に誤った。むしろ、自分が所属する政党が国会の多数党に変わった直後の2004年の国会開院演説で「誇張した経済危機論が真の危機を到来する可能性がある」と発言し、経済優先策の反対者を批判した。また、選挙公約で「不動産分譲原価」公開を約束したが、不動産価格の暴騰に国民が絶望しているにも関わらず選挙公約を撤回した。
盧武鉉前大統領が自賛した2006年の「同伴成長のための新たなビジョンと戦略」をみると、貧困という言葉を使用していない。また、「両極化は、世界現象であり、経済主体の適応能力の違いによって生じるもの」とみている。グローバルスタンダードに合わせ、国内制度などの再整備が必要だと主張し、大企業の正規職労働組合の改革、サービス産業の育成のための対外開放を強調した。これは、アジア通貨危機以降、韓国に頑固に定着した外資系を主力とする既得権の利益を代弁したものであり、同伴成長にならない。
(写真)
宋基昊(ソン・キホ)氏
◆対米輸出は期待外れ
米韓FTA協定は、協定が発効した年を履行1年次とし、翌年の1月1日を2年次とする。米韓FTAは2012年3月15日発効した。14年1月1日は米韓FTAの3年次になる。米韓FTA発効以降、韓国の変化をみてみよう。
まず、貿易収支について、米韓FTAが与える影響を判断するには時間がかかる。しかし、政府は昨年3月、米韓FTA発効1年を迎え、米韓FTAで米国向けの輸出が増加したと広報した。一方、米国とFTAを結んでいない日本の対米輸出に関しては沈黙を保った。日本の対米輸出は2012年、前年比13.5%増加した。韓国は3.5%増に留まった。13年の確定統計はまだ発表されていないが、韓国の輸出増加率は米韓FTAがなかった時とさほど変わりないだろう。
次に経済成長率。盧武鉉政権は、米韓FTAを核心的な成長戦略として推進し、米韓FTA効果で韓国の実質的なGDPが年平均0.6%増加すると主張したが、その追加経済成長の効果が立証されていない。むしろ経済成長率の絶対値は減少した。米韓FTA発効していない2011年には3.6%だったが、12年には2%に減少し、13年も2.8%を見込む。政府は当初、国民に米韓FTA効果をアピールしたが、果たしてその通りになっているかどうかに関しては無言だ。
また、米韓FTAは米国の保護貿易主義を変えることができなかった。米国は2013年1月、LGとサムソン洗濯機がダンピングに当たるとして、それぞれ13%と11%の相乗関税を課した。11年、LGとサムソンはそれぞれ20.7%、17.4%の占有率で、米国市場で1、2位を争っている。
半面、韓国の法と制度の米国化は明らかに進んでいる。韓国は23の法律を含む63の法令を改正した。その1つが、郵便局の保険商品関連で、郵便局がこれまで以上の新たな保険商品を開発することができなくなった。著作権は、従来の50年から70年に延長した。
最も深刻なのは政策主権の干渉だ。米国は韓国の法令変化を満足せず、新政策の導入が米国の利益を侵害するのではないか、つねにモニタリングし、米韓FTAの名義で阻止している。
直近の例で言えば信用カードの手数料に関する事例だ。米国のVISAカード社は従来、国際営業網を韓国カード会社に提供し、手数料を徴収した。その中には韓国カード会社が独自に持っている国内営業網に関する手数料も含まれている。韓国金融当局は、これは韓国カード会社にとって不公平だとして是正に臨んだ。しかし、米国の干渉によって、2013年12月、この試みは頓挫した。韓国の金融当局は、国際仲裁機関に回付すると主張しているが、結局、米国カード会社を相手に制度改善を実現することができなかった。
温暖化防止のために低炭素車に補助金を支給する制度の頓挫も米国の干渉によるものである。二酸化炭素の排出量が低い小型車購入者には、50【?】300万ウォンの補助金を支給し、半面、排出量の多い中、大型車には50万【?】300万ウォンの負担金を課する。この制度は、昨年7月に発効するはずだったが、米国の干渉で2015年に延期された。
(写真)
量販店での有機農産物販売ブース
◆都市・農村の格差拡大
農産物と食品の関税撤廃はまだ本格化していない。関税撤廃の本格化に伴い、農業分野の打撃は、さらに深刻化し、都市と農村の格差がますます拡大するだろう。米韓FTAが発効した2012年の農家戸別所得は、都市労働者の58%となった。1985年には、同112.8%、2003年には78%だった。
農業被害も具現化する。米国産オレンジに課する3月【?】8月の季節関税は、30%から20%に引き下げる。また無関税輸入量も増える。そのため、韓国の代表的な夏の果実と言われたマクワウリが大打撃を受けるだろう。
韓国は今年から、有機食品の自主表示制度を認証制度に変える。韓国ではこれまで、韓国農林畜産食品部と食品医薬安全庁の2つの部署の認定を受け、「有機」表示することができた。韓国農林畜産食品部が認証した有機食品は「有機」と表示し、食品医薬安全庁が海外の認定証明書等に基づき、「有機」と認めた有機食品は、企業が自主的に「有機」と表示することができた。しかし、今年から2つの部署が一元化し、韓国農林畜産食品部が認証した有機農産物、有機食品しか「有機」と表示することができない。この制度が施行すれば、これまで自主的に「有機」と表示した米国食品会社は、別途の韓国農林畜産食品部の認証を受けなければいけない。
米国はこれまで、韓国に粘り強く有機認証の同等性を求めてきた。しかし、新制度の実施で、米国の有機農業認証を受けた食品は、別途に韓国の認証を受けなければいけない。そのため米国は、韓国がこの有機認証の同等性を認めてくれる前に、この新制度を実施してはいけないと主張している。米国は、米韓FTAの透明性条項に反するとして深く介入している。
農業分野だけではない。基幹通信網(韓国通信とSKテレコム除外)に対しては100%の持株を許容するために法律を変えなければいけない。もっと深刻なのは、個人を含む金融情報の海外移転を認めるための法律の改正だ。韓国の個人と企業の金融情報が米国系銀行などを通じて、米国に移転される場合、その情報が確実に顧客の利益のためだけに利用されるか、それをどう保障するか、韓国企業と個人の金融情報が米国で乱用される可能性を排除することができるのかなど課題が山積だ。しかし、米韓FTAによると、韓国はそれに合わせて法律を変えなければいけない。
◆民主主義の再構築へ
日本の安倍晋三首相が、環太平洋連携(TPP)を推進するところを見ると、盧武鉉前大統領でなくても李明博政府や朴槿恵政府によって米韓FTAが推進されたと思う。問題は、韓国の民主化を推進した金大中政府の後を継いだ盧武鉉政府が、米韓FTAを推進した誤りが大きい。それは、社会経済問題における民主主義勢力の能力の無さを呈し、米韓FTAを推進する一連の過程の中で見せた暴力性と秘密主義は、民主主義勢力の道徳性さえも壊した。李明博政府が登場し、韓国の民主主義はさらに後退した。
そのため、米韓FTAの誤りを正すことは、韓国の民主主義を改めて構築することと直結する。韓国でもTPP参加の動きがある。米韓FTA発効3年目を迎え、新自由主義を柱に米国が主導するTPPに反対する運動と連動することがこれから最も重要だろう。
(関連記事)
・米韓FTAとその後…国民なき「国益」に怨嗟の声 大企業優先・農業・中小企業は犠牲(2013.08.30)
・【TPP 重大局面】韓米FTA 発効から1年の現状 韓国・弁護士 宋基昊(ソン・ギホ)氏(2013.03.12)
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