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【インタビュー】歌手・加藤登紀子さん 「生きるとは土を耕すこと」2014年10月27日

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聞き手:梶井功・東京農工大名誉教授
・農業者は孤立せずに
・若い人にエール送り
・未来に希望を与えて

 千葉県の外房で「鴨川自然王国」を運営する歌手の加藤登紀子さん。「農」を分母にしたコミュニティを実現。「3.11」以後、人々の価値観が大きく変わり、若者が農業に引き寄せられている。農村は「クリエイティブ(創造)の場だ」という加藤さんは、こうした若者にエールを送る。(聞き手は梶井功・東京農工大学名誉教授)

農業が分母の社会を

 

――加藤さんは、「TPPの交渉差し止め・違憲訴訟の会」の呼びかけ人の一人になっておられますが、TPPをどうみますか。

toku1410270101.jpg 加藤 日本は、水が豊富で地味の肥えた国です。しかし、日本は農業先進国の中でも、カロリーベースの食料自給率が40%を割っているのは日本だけでしょう。また、農業を犠牲にしてでも経済、という考えは、遺伝子組み換え作物の流入にも歯止めが利かなくなるでしょう。私はTPPを無理やり進めようとする政策に恐ろしさ感じます。
 ディフェンシンイネ(抗菌性タンパク質を自らつくるカラシナの遺伝子を組み込んで、いもち病などに耐性を持つイネ)訴訟の原告団のメンバーにもなっていますが、これは20世紀まで発見されなかったタンパク質です。姿を見せると病原菌が学習し抵抗性を持つので、普段は隠れて病原菌と戦っています。それを人間が表に出し、ディフェンシンを組み込んだ植物をつくったのです。やがて効かなくなるでしょう。いま試験栽培の段階ですが、誰かが止めなければなりません。

 


――日本では危険な遺伝子組換え農産物は表示義務がありますが、TPPを締結すると、貿易障害として廃止される恐れがあります。

 加藤 TPPは交渉がうまくいっていないので喜んでいるのですが、今どういう状況ですか。


――日本は4次方程式方式といって、関税率や期間、セーフガード、特別輸入枠などを組み合わせた交渉方法をとり、それで重要5分野の農産物は守れると言っていますが、これは危険です。TPPの交渉差し止め・違憲訴訟の会でも、問題にしていますが、交渉内容が公表されません。訴訟にもかかわっている加藤さんは、今の日本の農業をどう見ますか。

 加藤 私は島根県の有機農業大使もやっています。島根県は有機農業県宣言をしていて農業大学にも有機農業科を設けています。若い人が希望をもってやっていますよ。県内のある乳業メーカーなど、アイスやヨーグルト、山ブドウのぶどう酒などの6次産業化に挑戦し、さらに交流のための宿泊施設をつくるなど、これからの農業のあり方のモデル的な取り組みをしています。少しずつ、時代はそういう方向に向かっていると感じます。TPPによって日本の農業は壊滅するという人もいますが、大規模経営より家族経営がまだ助かるのではともいわれています。どうなのでしょうか。

 

◆農業者は孤立せずに

――家族農業は食い扶持が得られるかどうかであり、価格が下がるなど、農産物の市況変動にも抵抗力があります。一方、大規模経営は利潤をあげなければなりません。そもそも経営の原理が違います。

 加藤 私はいま、農事組合法人の「鴨川自然王国」をやっています。事実上は私の家族だけの経営ですが、農業をやりたいという若者が多くやってきます。しかし、その人たちは、法的には農民ではありません。実態と離れているのではないでしょうか。
 75年に有機農業で安全・安心な食材を求めて「大地を守る会」を立ち上げたのですが、当時、国は、有機農業はやめようという政策に踏み出していて有機農家への風当たりの強い時期でした。そのとき夫の藤本が農産物を買い求めて直販しましたが、「大地を守る会」が軌道に乗ったところで抜けました。その理由は主人公である生産者よりも、消費者の主張の方が強いことに疑問を持ったからです。彼は農業者の立場で販売をやりたかった。そうでないとただの消費者組合になってしまうと考えたのです。
 その後1981年、「鴨川自然王国」を立ち上げました。お金を得るだけでなく、鶏の飼育や農産物の加工、さらにトラスト運動などを組み合わせ、会員が作り、食べて楽しむ農業をやろうと思ったのです。彼の仲間が鴨川の大山千枚田のオーナー制も始めました。
 農業を分母にして観光、レジャー、そして農作業を楽しむところにしようというものです。その延長線上に考えているのが、教育、労働、福祉などをつなげた、農業が真ん中にあるコミュニティづくりです。
 私は数年前からユニバーサル志縁社会創造センターの活動もやっています。「誰一人孤立しない、させない社会づくり」の活動です。このなかにユニバーサル農業の取り組みがあります。高齢者、障がい者、都市住民など、さまざまな人による農業再生をめざす取り組みです。自分たちの食べるものは自分たちで作り、誰もが平等に働く社会、鴨川の取り組みが、そのモデルになればと思っています。

 

◆若い人にエール送り

――すばらしい活動ですね。安倍首相にも知ってほしいところです。

 加藤 政治を変えるのは大変ですが、いま世の中は、相当に動いてきていると思います。運動は確かに条例や法律につなげなくてはなりません。でもそうした運動は、国ではなく、まず地域の小さな自治体への働き掛けから始めることが大事だと思います。


――12年前に、やはり農業協同組合新聞でインタビューさせてもらったことがありますが、その時、加藤さんは、都会は暗い感じがするといってましたね。

 加藤 いまも変わりません。都会はもう未来じゃない感じがするんです。かえっていま農村の方がきらきらしているように見えます。私は若い人に、都会は例えば人間動物園のようなものだと言うんです。檻の中にいるようなものです。えさ係に食物を与えてもらうが、それがどこで買ってきたかわからない。そしてあるとき、動物園の経営ができなくなり、餌係が解雇され、動物は殺される。
 先の戦争中、ありがたかったのは、戦争で男手がなくても田舎でおばあちゃんやお母さんが頑張り、くらしを守っていた。セーフティネットはどんな時も農村にあったのです。親戚づきあいの農民がいて、それを応援するというライフスタイルを、これから考えなくてはいけません。

 

◆未来に希望を与えて

――最後のセーフティネットは農村で、それが安心した生活の根拠地になるということですね。

 加藤 そうです。海外青年協力隊を経験した人などは、そのことをよく認識しています。鴨川自然王国では10年程「里山帰農塾」をやっていました。里山で農的なくらしを楽しむ方法を学ぶところで、その卒業生たちの50%は何らかの農的生活に入っています。畑では春夏秋冬の野菜がつくられ、忙しくやっています。


――農業はもっと、地域の条件に合せて考えてもいいことです。

 加藤 生きることはとどのつまり土を耕すことです。この7月に「愛を耕すものたちよ」のミニアルバムを出しました。人はみんな心に土を持っています。そこで命を育て、思い出を重ね、涙と喜びの歳月を耕しています。その心の土に大切な愛を耕しましょうという祈りの歌です。未来が見えず、悩んでいる若い人へのエールを送りたいと思っています。農家の人には、もっと気持ちを開き、若い人を家族の一員として抱き入れてやってほしいですね。


――こういう話を、自信を失っている農村の人に聞かせたいですね。

 加藤 農業者は孤立しちゃだめです。人は絶望の中から希望を見つけてきたのです。希望を持つことにもっと寛容であって欲しいですね。


――その通りです。希望がないところに何も生まれてきません。長時間ありがとうございました。

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(写真)
加藤登紀子さん(右)と梶井功・東京農工大学名誉教授

 

【加藤登紀子 略歴】
かとう・ときこ
 1965年東大在学中に第2回日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝し歌手デビュー。1966年「赤い風船」でレコード大賞新人賞、1969年「ひとり寝の子守唄」、1971年「知床旅情」でレコード大賞歌唱賞を受賞。
 現在千葉県鴨川市の「鴨川自然王国」を拠点として、若い世代と共に循環型社会の実現に向けて活動を続けている。東日本大震災後には被災地を度々訪れ復興支援活動も行っている。10月14日にデビュー50周年記念DVD「加藤登紀子の半世紀 その胸の火を絶やさずに」を発売した。
 公式ホームページはコチラから。


(特集目次は下記リンクより)
【特集 食と農、地域とくらしを守るために】農協が地域を創生する

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