農政:創ろう食と農 地域とくらしを
「F・E・C」自給圏自立を 経済評論家・内橋克人氏2014年11月7日
・権力が解体ねらうナショナルセンター
・使命共同体の役目果たせ
地域のJAが立ち上げた「ファーマーズマーケット」が賑わっている。ひろいスペースの施設内を大勢の家族づれがゆったりと歩く。一束(ひとたば)の野菜を間に生産者と消費者の会話が弾(はず)む。コミュニティがそこに生まれる。何よりも店の「ネーミング」が楽しい。この七月、開店したばかりの『きてかーな』は一般応募五百二十件のなかから選ばれた。「来てくださいよ」「いらっしゃいませ」の意である。
合併二十周年を迎えるグリーン近江農業協同組合が二年がかりで立ちあげた。琵琶湖東岸に悠然とひろがる自然のなか、ひろい駐車場の前でヒマワリが満開だった。
人の温もりが
「市民資本」を育てる
滋賀県内最大級の直売所として7月にオープンしたJAグリーン近江直売所「きてかーな」。産地育成も大きな目的だ。
各地に同様の施設が多数ある。『寄(よ)りん菜屋(さいや)』『幸(こう)楽(らく)市(いち)』『母(かあ)ちゃんハウスだぁすこ』・・・。『寄りん菜屋』とは「まあ、ちょっと寄ってらっしゃいませよ」の手招きである。人の温もり、人なつっこさ、はずむ会話の湯気が人を包む。
どこへ行ってもネーミングの妙に魅せられる。自然から与えられた恵みの『お裾(すそ)分(わ)け』と呼ぶ施設もあった。スーパー、コンビニには求むべくもない宝物がある。
『きてかーな』では五百人近い地域の農業者が直接出荷する。その場で味見(あじみ)できるレストランもある。何よりも使命感が違う。安全・安心はむろんのこと地域の食文化を守ろうとする強い意思だ。「農が枯れれば命も枯れる」と未来世代に引き継ぐ。あの「金目(かねめ)でしょ」に見た「強者の卑しさ」とは無縁の社会的使命・経済的使命・商品的使命がきちんとうたわれている。
◆権力が解体ねらうナショナルセンター
地域に生きる誇り高い人びとの参加意識が「市民資本」である。「協同組合」を措いてほかに代替可能だろうか。地方と呼ばれて久しい地域社会が変わろうとしている。ファーマーズマーケットは胎動を証明する一例に過ぎない。
体制のいかんを問わず、統治は政権外部に台頭する「ナショナル・センター」を忌避する。ナショナル・センターとは国内全域に強い影響力を発揮する「対抗勢力」のことだ。かつての国鉄解体は「国労」というナショナル・センター潰しが狙いだった。役割を果たした当の政治家が後に明かした。「郵政」も同様だ。折しも台頭した市場原理主義のなか、すべてに「構造改革」の名を冠したという。真の狙いは外からは見えない。分厚な靴底の裏側に貼り付けた。
昭和の初め、私たちの「普通選挙権」も「治安維持法」とのセットだった。相互矛盾の両法をセットに組んだのは議会ではなく枢密院である。議会制民主主義が理念通り機能するのを恐れてのことだ。対抗思潮をはらむナショナル・センターは分断、解体に追い込む。君主政治であろうと寡頭政治であろうと民主政治であろうと、変わるところはない。
女性史家バーバラ・W・タックマンが歴史的事実の徹底検証を経て到達した歴史の「法則」である。『愚行の世界史』に詳しい。(文末注)
◇ ◇
「同調勢力」のなかにも離反懸念の兆しあるものは芽の内に摘む。「TPP反対全国運動にみせたJAの動員力、反グローバリズムの思想性が虎の尾を踏んだ。国民運動に進むことを恐れた」と元閣僚の某氏が内幕を明かす。JA全中解体論に至る「モヤモヤッ」、すなわち官邸にきざした、ただならぬ空気を不思議な言葉で表現した。
世界経済フォーラム年次総会の基調講演で安倍晋三首相は「いかなる既得権益といえども私の『ドリル』から無傷でいられるものはない」と見栄を切った。穿(うが)つべき既得権益とは何か。農業、医療、労働、教育だという。2010年3月に終結したはずの「規制改革会議」は第二次安倍政権発足そうそう息を吹き返した(2013年1月)。他のさまざまな有識者会議、諮問機関と同様、規制改革会議もまた人事を介して首相の「アンダー・コントロール」(制御下)にある。
「JA全中解体」論者とされる金丸恭文・規制改革会議農業ワーキンググループ座長は、7月23日、日本記者クラブで、「(JA全中を)廃止する」との文言は最終的に答申から削除されたが「いかようにも読める」と語った。
「(JA全中解体の)主張が後退したわけではない」の意である。JA全中を指して「強権をもつ巨大財閥」と定義づける同氏は農業者ではない、流通産業のITコンサルタントである。この日、同氏は「協同組合間協同」でなく「協同組合間競争」、または「協同組合の株式会社化」が望ましいと明言した。「攻めの農業」の成功例を多く見てきたと胸をはった。世界に普遍的な「協同組合原則」に無関心と見受けた。
JA全中の糾すべき体質は数多く指摘できる。が、それは金丸氏ら規制改革会議の指摘とは次元を異にする。
(写真)
経済評論家・内橋克人氏
◆使命共同体の役目果たせ
JAは選挙に際して常に自民党候補を強く推してきた。自らが一役買って成立させた「権力」から「レーゾン・デートル」(存在理由)を全否定される。危機は去っていない。JA全中が腰の引けた政治的妥協で取り繕おうとすれば、それはわが国「協同組合運動」全体を「冬の時代」へと連れ込む誘拐者役となろう。
安倍政権の経済政策に決定的な欠落部分がある。第一に「所得再分配」、第二に「不均衡経済」の巨大リスクの認識、第三に「協同組合」への正統な評価である。それら深刻な欠落に気付かぬまま、リフレ派にすべてを委ねた。
国際協同組合年全国実行委員会の最高顧問を引き受けられた経済学の泰斗・宇沢弘文氏の「社会的共通資本」に無知、無関心であることも特徴だ。
「穿つべき既得権益」として安倍政権の挙げる農業も医療も労働も教育も…それらすべてが「誰のものでもない、皆のもの。社会的共通資本」と理論体系を築き、実践活動にも身を挺した宇沢氏は、「TPPは社会的共通資本を破壊する」と断じた。
希有の経済学者が逝去された。
◇ ◇
「人が人らしく生きていける、そのための社会的共通資本」の概念は安倍政権とその同調者の眼中にはない。それで地域創生は可能なのか。その政権のもとで私たちは自主・民主・自立・自律・参加の地域コミュニティを築かねばならない。分断と対立と競争、そしてレース・ツー・ザ・ボトム(どん底へ向けての競争)から抜け出る道を模索しなければならない。すべての道は協同組合と「同心円」である。
『きてかーな』と同じ滋賀の地で「菜の花プロジェクト」は循環型社会モデルを生み、全国にひろげた。長年、筆者の提唱してきたFEC自給圏の形成である。食(F)、エネルギー(E)、ケア(C)の自給圏形成は、NPOなど多くの市民資本との協同によって全国の地域社会で進む。
いまICA(国際協同組合同盟)は「協同組合原則」無視の安倍政権に深刻な懸念を表明した。再びのリーマンショックが到来するなら、アベノミクスで耐えることはできない。第三の共同体「使命共同体」としての「協同組合」の足腰を強く鍛えるほかに道はない、そう知るべきときではないか。
(※)『愚行の世界史』(“The March of Folly:From Troy to Vietnam”1984。邦訳大社淑子訳・朝日新聞社刊)。
【冒頭写真について】
滋賀県のJAグリーン近江は今年7月、近江八幡市内に県内最大規模の農産物直売所「きてかーな」を開設した。地域農業を振興するには、地域住民に地元の農業を理解してもらうことが大事との考えから、JA准組合員を中心にサポーターになってもらうことをめざす。直売所開設はゴールではなく生産振興のためのスタート。サポーターが地元の農産物をしっかり支えることで産地育成につながる。消費者への農業体験や食育なども行っていくほか、新規就農者の支援も視野に入れている。また、全国のJAのなかから「グリーン」の名称を持つJAとの連携も図り店頭に並べる。 食べてくれる人の「喜ぶ顔」が生産者の喜び。地域の「土」が育てた作物で育つ。旬の野菜とたくさんの笑顔に「会える」場所、そして「楽しい」食は活力のもと。「喜土会楽」もきてかーなのキャッチフレーズだ。 店内には食と農を身近に感じてもうおうと「みにキッチン」を設置、その場で調理した食材を試食しながら地元農産物への理解と愛着を深めてもらいたいという。「地のもんに出会える場所にきてかーな!」と呼びかけている。
(特集目次は下記リンクより)
【特集 食と農、地域とくらしを守るために】農協が地域を創生する
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