農政:緊急特集 TPP大筋合意―どうする日本の農業
農業犠牲―TPPの本質明らかに2015年10月9日
田代洋一氏大妻女子大学教授
多くの国民や生産者が反対していたにもかかわらず、米国アトランタで行われていたTPP交渉が10月5日に大筋合意した。大筋合意への意見や今後の日本農業の在り方などについて、多くのご意見が寄せられている。これらのご意見を逐次掲載していくことにした。
今回は、田代洋一 大妻女子大学教授のご意見を掲載する。
◆日本農業「総バーゲンセール」
米国は多国籍企業の利益確保を優先し、合意を焦らない。日本はアベノミクス延命にはともかく「合意」ありき、その他の国は死に物狂いで国益死守。これが今回の構図だ。
甘利大臣は、新薬データ期間等で豪と合意しつつ、アメリカをたしなめるポーズをとり、「大筋合意」のサインを実際の半日以上も前に出した。しかし本当はヤクザの「脅し役」(フロマン)と「すかし役」(甘利)の役割分担に過ぎない。その「すかし役」が「調停役」にしゃしゃり出るために、農業をいけにえに差し出したのが事の次第である。
内閣官房の「概要」でも冒頭の「物品市場アクセス」の項には農林水産物のみが並んでいる。しかも8日には農水省が400品目もの追加資料を出し、重要5品目以外は軒並み関税撤廃等であることが判明した。あたかも重要5品目さえ守れば、後は野となれ山となれの「日本農業総バーゲンセール」である。農水省も忸怩たるものがあるのではないか。
◆「再生産は不可能」=国会決議違反
重要5品目については、自民党が言うように「国会決議は守られた」か。国会決議は「引き続き再生産可能となるよう除外又は再協議の対象とすること。十年を超える期間をかけた段階的な関税撤廃も含め認めないこと」である。「十年を超える...」云々は、「も含め」の文言にも明らかなように「除外又は再協議」のだめ押しでしかなく、首相がいうように「関税撤廃さえしなければ決議は守れた」ということでは決してない。
そもそも大筋合意で決議が守られたのなら、「再生産可能」だということになり、国内対策は要らないはずだ。財務省はすでに「影響が無いものに予算を増やすことはできない」としている。国内対策を云々すること自体、TPPでは「再生産が不可能」なこと、すなわち国会決議違反であることの何よりの証拠である。
まず自由化し、そのアフターケア対策を講じることで、農業者の怒りを買収してきたのがこれまでの自民党農政の常道である。今回も1兆円などとささやかれている。しかしこれだけ影響品目が拡がると、二階から目薬にしかならない。やるなら本格的な直接所得支払政策への移行など農政の抜本転換が必要になる。
米については新たな輸入枠分は備蓄米として買い上げると言う。しかし備蓄米は100万㌧が上限だから、外米を買い入れれば、その分だけ国産米がはじかれる。備蓄米は当面は市場隔離しても後年に販売すれば、需給に影響し、価格を引き下げる。飼料米等に棚上げすれば、「主食用米の枠」を飼料に回すとは何事かと米豪からクレームがつく。上限拡大、飼料米等に回しうることの通告など、やるべきことがある。
地域は「脱コメ」志向だが、今回のように果樹、畜産、園芸あらゆる分野が関税撤廃等されると、逃げ道がない。これでは有為の青年が自分の将来を農業に託す気になれるだろうか。中高年も早々に見切りをつけるだろう。今回の影響でいちばん恐ろしいのはそのことである。それを防ぐにはTPPの国会批准を阻止するしかない。
◆自動車・製薬・海外投資企業の利益を追求
TPPが本当に狙っているのは何なのか。オバマ大統領はズバリ「中国のような国にルールを書かせることはできない。我々がルールを書くべきだ」とする。安倍首相はアメリカ議会で「安全保障上の大きな意義」を強調した。いずれも中国をにらみつつ、アメリカ標準のグローバルスタンダード化と経済軍事同盟化で対抗する。これが米日の狙いだ。
米国にはもう一つの狙いがある。それはTPP域内諸国から徹底して吸血することだ。新薬データ保護期間、日本の農産物市場開放なかんずく米の特別枠等がそれであり、日本は最大のカモである。
その日本も、物財貿易は赤字になるが、投資ルール分野では4兆円の効果があると試算されている。米国に踏み込まれつつ、他のTPP諸国に打ってでる。要するにTPPは日本農業を犠牲にして、自動車、製薬資本、海外投資企業の利益を追求するものでしかない。
国民は、新薬のデータ保護期間、著作権、ISDSによる国民の健康・安全・環境の破壊等の被害を被るのみである。食料が安くなることが盛んに強調されているが、加工流通過程に吸収されてしまい、スーパーの輸入牛肉が多少安くなる程度だろう。
◆国民的規模で批准反対を
このようなトータルのバランスシートを見極めて、国民的規模で批准に反対していくしかない。米国でも民主党大統領候補はTPP反対だ。他の国も選挙等をひかえている。連帯は諸国民に及ぶ。米国が署名できたとしても、日本の国会でのTPP論議は7月の参院選の直前になる。まず臨時国会、自民党がそれを逃げるなら次の通常国会で、合意内容を徹底的に明らかにさせること、そして最終的には条約は「衆議院の議決を国会の議決とする」という憲法61条にのっとった決断である。一人一人の議員、国民が問われる。
なお、TPPについてご意見などは、メールをお送りください。
(関連記事)
・【緊急提言】 TPP「大筋合意」の真相と今後の対応 食料・農業の未来のために 戦いはこれから (15.10.07)
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