農政:田園回帰~女性と子供たちの笑い声が聞こえる集落に~
地域住民を増やす集落営農 週末に集まり農作業と交流会2016年1月6日
ルポ・邑南町布施二集落・農事組合法人ファーム布施(島根県)
生まれ育った集落の水田を何とか維持して次世代に渡していこうと組織化した集落営農が、今、地元出身者がむらに帰ってくる受け皿として機能している。定年後のUターン組だけなく子育て世代や若者にもこの集落での暮らしに軸足をおこうとする人も増えてきた。「わいわい、がやがや」と毎週末に共同で農作業をし、その後は「一杯のビールからいっぱいの元気」を合い言葉にした懇親会。そんな交流が田園回帰の機運を生み出してきた島根県邑南町の布施二集落を訪ねた。
◆農地の保全に 話し合い徹底
島根県邑南町は平成16年に2町1村(石見町、瑞穂町、羽須美村)が合併して誕生した。「布施二集落」は旧瑞穂町の北の端の山並みに囲まれた地域。世帯数は19戸で人口は約40人ほど。隣接する布施一集落と八色石集落の3集落で銭宝地区自治会を構成している。
平成15年に設立した集落営農組織である農事組合法人ファーム布施の理事の松崎寿昌さん(53)によれば「人口はかつての半分」になった。かつては2世代、3世代同居が当たり前で今のように夫婦2人、あるいは1人暮らしなどはいなかった。高齢化率は50%を超えるという。
松崎さんはJAしまね島根おおち地区本部大和支店の営農生活課長。長年、営農指導に携わってきたことから、人が減っていく自らの集落の農業をどうやって維持していくかを考えるようになった。
「個々の営農では続かず次の世代には農業をやめてしまうだろう、と。なんとかせんといかん、と話を始めたのが平成6年ごろでした」。
集落営農を立ち上げようと松崎さんは先輩にあたる漆谷孝之さん、小笠原三津夫さんと話し始めた。当時は40代の若手。行政が開催する研修会や視察などを始めて、全員参加型の集落営農組織をめざした。しかし、「自分の農地が奪われるのでは」などの意見も強く話し合いは難航する。
「若い者が勝手なことを言い出して、といえばこっちも、何度説明しても分からん石頭、などとやり返すようなこともありました。仲の悪い集落ではありませんが、そこまでやり合わないとお互いの腹を明かすことにならなかったと思います」。
それぞれの家単位で営農していたときは、お互い張り合うように農機具代にお金を注ぎ込むようなこともあった。
「毎年何十万円も赤字を出すような家もあるのに、つまらん競争ばかりしていた」。
時間をかけて話し合いをしたが、一度は全戸参加型は諦め有志だけで組織化するしかないかという考えにもなったが、アンケートで意向調査を行うなどの地道な取り組みで平成15年11月に「農事組合法人ファーム布施」として設立した。その年の初めは月に2、3回程度の話し合いだったのが、夏を過ぎたころからは週に2、3回会合を持つようになったという。それでも「最後まで残った声は、なぜ自分の田んぼで作ったコメを自分が食べることができないのか、でした」という。今では笑いながら振り返るが、営農形態が変わることや新しいことにチャレンジする不安、あるいは意識を変えることも難しさを物語るといえそうだ。
◆結束の契機は 春を惜しむ会
ファーム布施の経営面積は27年産で主食用水稲12ha、飼料用米2.4ha、大豆2ha。ほかにトウガラシ栽培と、ハウスでミニトマトの水耕栽培にも取り組んだ。
集落内に10台以上あった機械は、トラクター、コンバインなど3台に集約した。オペレーターは40代の若手だが、高齢者も草刈りや水管理の作業がある。草刈りは10aあたり5万円、水管理は3000円で委託している。
共同作業は春の溝掃除から始まって冬のビニールハウスの片づけまで「毎週何かの作業はあります」。作業労賃は時給制でオペレーターは1000円、その他は800円だという。全面積に利用権を設定し品種ごとにブロックを組んで計画的に作付けしたことから、肥培管理も効率化しカメムシ被害もなくなり米の品質向上にもつながった。
こうした「なんで自分の田んぼで作ったコメが食べられないのか」という声は組織設立の翌年にはなくなり、むしろ「昔は草刈りなどしても1円にもならなかったのに」と集落営農のメリットに理解が広がった。
松崎さんによると、そもそもこうした組織化のきっかけは集落での懇親会から始まったのだという。当時、春の大型連休に帰省した漆谷さんが松崎さんらと「春を惜しむ会」と名づけて持ち寄りの懇親会を農機具小屋で始めた。昔話などで盛り上がり、屋外で開いているから次の年からは、他の住人や帰省した人たちなども集まってくるようになった。
そんな集まりで「墓もあるし、年寄りもいるし...」という声が出る。農業の体験もないまま集落を出ていて、親がなくなったらどう田んぼを維持していいのかと途方に暮れるような人もいることが分かってきた。松崎さんたちが「なんとかせんといかん」と話し合いを初めたのは、こうした集落を離れた人たちの思いもあったようだ。
それから「春を惜しむ会」はずっと続き、今ではファーム布施の農機具小屋で行っている。集落のみなさんが集まり、わいわいがやがやと楽しめば「心が元気になる。からだが元気になる。明日への元気が湧いてくる」のが趣旨。キャッチフレーズは「一杯のビールからいっぱいの元気」である。 この年1回の「春を惜しむ会」の集まりがあったことがベースになって、共同の農作業の後には農機具倉庫での懇親会が必ずセットされるようになった。
この懇親会が楽しみで頻繁に帰省して農作業に加わるようになった人も多いという。たとえば、宮崎県の大学教員の仕事を持つ人は一人暮らしになった父親を気遣って帰省する回数が増えたが、帰ってきればみんなが農作業をして、その後には懇親会がある。「最近、僕は草刈りが趣味になってねえ」と話しているほどだという。広島から戻ってくる人のなかには友人に漁師がいてカキやタコなどをつまみに持って来る。山で仕留めたイノシシを捌いて食べることも。事務所には冷蔵庫。松崎さんは「ここで保存してます」と笑う。
◆農山村の価値 若者が見出す
高齢化する親を気遣って集落に戻ってみるとみんなで作業をするファーム布施という組織が活動していた。そのつながりをきっかけに定年後にUターンしたのが5戸あるという。さらにその子どもの世代も布施二集落での交流を気に入り、近くに住居を構えたというケースもあるという。
「特別のことは何もしていないがイベントで集まるのではなく同じ作業で汗を流す。顔を突き合わせているうちに戻ってこようという気になる。実際、ファーム布施がなかったら帰らなかったという人は多いです」。
そもそも日本の水田農業には水の利用など共同性がある。水田を維持して次世代に渡そうと考えた集落営農の活動が集落の維持にもつながっている。
さらに最近は若い世代も集落に戻ってきているという。松崎さんの長男は学校を卒業した地元森林組合職員として山に関わり、長女は観光協会に就職して有機野菜づくりと観光を橋渡しできないかなど、いずれも地元の仕事に意欲を燃やしているという。
ファーム布施の代表者の長男は幼い子どもを連れて近く集落に戻ってくる。他の理事の子どもたちにも戻って住もうという人が増えてきたという。
「帰ってこいと言ったわけではありません。むしろファーム布施を設立したときに、12年後も子どもたちと一緒に暮らしているとは思っていませんでした。私たちの世代は勉強して都会に出るものと思っていましたが、価値観が変わったのではと思います」。子どもたちの世代も地域内で決してひとりではなく仲間がいて生活を楽しんでいるという。
集落営農が受け皿になって人が再び集まるようになった。これからもその流れは続くだろう。松崎さんは「やっと次世代にこの景観を渡せるかなと思っています」と話す。
(写真)手入れの行き届いた水田が広がる、集落営農組織立ち上げのきっかけとなった懇親会「春を惜しむ会」、集落の中心部にある事務所の前で。松崎寿昌さんはJAしまね島根おおち地区本部大和支店の営農生活課長
※「松崎」さんの「崎」は正式には異体字です。
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