農政:緊急特集:「小泉進次郎が挑む農政改革」批判
儲かる農業のための農協改革の狙いは何か2016年2月9日
萩原伸次郎・横浜国立大学名誉教授
米国の経済・通商政策の歴史に詳しい萩原伸次郎横浜国大名誉教授は、歴代自民党が米国の要求を受け入れ農産物自由化を許してきたことこそ、農業の衰退をもたらした最大の要因であることを指摘し「しかし、そういうした事実にはほうかぶりして、小泉氏は、儲かる農業実現のためには農協改革の手綱を緩めない」という。その真の狙いは何か。
◆米国 不透明なTPP
2月4日、TPP協定を交渉してきた12カ国が、ニュージーランドのオークランドで「大筋合意」の協定に署名した。もちろん、署名したとは言っても、各国の議会での批准がなければ、TPP協定が発効することはないし、GDP大国の米日の批准がなければ、成立はしない。米国では、オバマ政権がTPP成立に意欲を燃やし、「議会が批准しなければ、世界の通商ルールは中国が書くことになる」と言って、強く批准を迫っているが、議会が直ちに動く気配はない。
現在米国では、11月の大統領選挙に向けて候補者選びが熾烈化しているからなのだが、有力候補者で「大筋合意」のTPPに賛成する候補はいないのが現状だ。連邦議会も下院の全部と上院の3分の1が改選される。労働団体、消費者団体、環境保護団体の多くが、議員に賛成しないように呼びかけているし、地方自治体では、特にISD条項によって、公共機関が外国企業に訴えられ、損害賠償を求められるケースを懸念し、たとえTPPが発効しても、その地域には適用されない「適用除外宣言」を行なっているところもある。だから、連邦議会が、オバマ大統領の要請によって、即批准に動くことは難しいのだ。
◆小泉起用で選挙乗りきり
ところが、わが国日本では、安倍政権が、昨年10月、TPP「大筋合意」を受け、まだ、国会に提案され、批准もされていないのに、手回しよくTPP対策本部を立ち上げ、3000億円にも上る補正予算を組み、補助金のバラマキによってごまかそうという作戦に出た。今年7月の参議院選挙を、このままでは、乗り切れないと見た、安倍自民党政権の姑息なやり方であることはあきらかだ。
そして、TPP協定署名の前後から、その対策本部の中心的責任者、将来の首相候補との呼び声が高いといわれているそうだが、自民党農林部会長小泉進次郎衆議院議員が、TPP批准後の「農政改革」をマスメディアに積極的に売り込んでいる。
その「農政改革」三つの公約なるものとは、第一に、まずは政治からチェンジ、補助金漬け農政とは決別する。第二が、″儲かる農業″実現のために農協改革の手綱を緩めない。そして、第三が、生産者起点から消費者起点へ世界で稼ぐ体制を構築する、というものだ 。(『週刊ダイヤモンド』2016年2月6日号、P28~33)
「自民党農林部長に就任しての課題は?」と聞かれた小泉氏が、応えて曰く。農業は伸びしろのある産業で、儲かる農業への転換が必ずできる。そして、そのためには、民間資本を農業に参入させ、農業とアグリビジネスの共存を図る新しい農業を確立すればいい。また、彼は、TPPは終わりではなく始まりだとし、「変化に対応できる農業の実現に向けて対策を打つので、一緒に頑張りましょう」というべきなのだ、とこれまたTPP発効を見越して、超楽観的なことを言っている。
しかし、農業自由化の先例であるガット・ウルグアイラウンド交渉以降、農林水産省が投じた予算は補正予算を含め71兆円、莫大な予算がつぎ込まれたのに、農業の競争力がついたとは言えないと、記者に突っ込まれて小泉氏が、答えて曰く。この20年で、農業産出額は11兆円から8兆円に減り、農家の高齢化率は3割から6割にまで高まった。71兆円を投じたからこの程度で済んでいるという人もいるが、納得のいく説明をしてくれた人はいなかった。また、農業を変えるのにマジックなぞなく、最近二宮金次郎を勉強している。薪を背負いながらのイメージが強いのだが、実は彼は人口減少の時代に村落の再生を手掛けた偉人、自分も人口減少に歯止めをかける一つの解が農業の復活だという思いで、農林部長を引き受けていると応えている。
◆儲かる農業の真の狙い
しかし、農業が衰退した要因は、歴代自民党の農産物自由化政策にあるぐらいは自分で考えればわかりそうなものだ。農産物の輸入自由化を米国の要求でつぎつぎと実施し、関税をきちんとかけて守らなかったことが、日本農業衰退の大きな要因なのだ、というのが、彼に対して納得のいく説明になるかどうかはさておき、それが事の真相なのだ。戦後の貿易ルールを定めたガットでは、当初繊維や農産物は、自由化のテーブルには載せなかった。大量生産の工業製品が主として自由化交渉の対象になったのであって、企業も、国境を越えた効率的なサプライチェーンの形成などではなく、国民経済に根差した生産体制を組みお互い貿易を盛んにすることで、雇用もGDPも伸びた。
しかし、企業の多国籍化が進み、多国籍アグリビジネスが、農業分野にも多大な影響をあたえるようになり、ガット・ウルグアイラウンドでは、農産物の自由化が要請されるようになった。歴代自民党は、そうした要求に唯々諾々としたがい、地域に根差した農業政策を疎かにしてきたからこそ、日本農業の衰退が起こったのだ。
しかしそうした事実にはほうかぶりした小泉氏は、儲かる農業実現のために、農協改革の手綱を緩めないというのだ。あたかも、日本の農業を衰退させたのは、農協だといわんばかりの勢いだ。彼はいう。本来は、農政の目標は「日本農業の発展」であるはずなのに、補助金や予算をいくら獲得できたかが基準になった。補助金まみれの農政は、日本の農業の競争力を弱めたと。しかし、考えてみれば、農産物の自由化を進め、農業を危機に陥れ、恩着せがましく、補助金を出し、農村からの票をかすめ取って戦後の政治体制を維持してきたのが、小泉氏の自民党ではないか。こういう議論を天に自ら唾するものと世間ではいうのだ。関税をきちんとかけ地域に根差した農業を振興させていれば、なにも膨大な補助金を出さずとも日本農業は守れたはずだ。護送船団方式による補助金で票をかすめ取ってきたのは、あなたの所属する自民党の農林族ではなかったのか。
◆自民公約は何だったか
しかし、どうも小泉氏の農協改革の狙いは、また別にあるようだ。農協改革の一環として、農業金融の見直しも必至です。JAグループの農林中央金庫には、90兆円を超える貯蓄残高がある。資本金は三大メガバンクより多い。内部留保は実に1兆5000億円もある。でも、現状は、農林中金の貸出金残高のうち農業融資は、0.1%しかない。ならば、農林中金なんていりません、と小泉氏はいう。いうまでもなく、JAグループは、生産販売や資材購入といった農業に関連した事業部門と同時に、金融と共済という二大部門を抱えている。従来から、米日財界は、この金融と共済の二大部門を農協から切り離し、彼らの傘下におさめたがっているのだ。だから執拗に、農協攻撃を展開する。郵政民営化を打ち出し、郵便事業から、金融保険を切り離すことに成功した、父小泉純一郎氏のひそみに倣って、進次郎氏は、農協解体を狙っているといえるのだ。だがしかし、2012年12月衆議院解散総選挙時の自民党の公約を思い起こしてほしい。「聖域なき関税撤廃のTPP参加に反対する」と同時に、自民党は、政権公約の一つとして、「政府調達・金融サービスなどはわが国の特性を踏まえる」と約束したはずだ。郵便局が金融と保険を営むのも、農協が金融と共済を営むのも、まさに金融サービスのわが国の特性ではないか。
ところで、将来の首相候補と呼び声の高い小泉氏は、安倍政権の中長期戦略の一環として、農業を位置付けるそつのなさも心得ている。農業を世界で稼げる産業に育てるとし、日本が誇る最高品質の食品でもって、世界市場で稼げる体制を構築したいといっているからだ。これまた、TPPがらみの戦略であることはいうまでもない。
小泉進次郎氏の公約には、ご用心、ご用心。
(写真)昨年11月10日記者団の質問に答える西川農林水産戦略調査会長(左)と小泉農林部会長
(関連記事)
・新しい革袋に古い酒を盛る-小泉進次郎農政の狙い- (16.02.08)
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