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農政:ヘッドライン

人間が生きる世界 再創造への協働を 内山節(哲学者)2017年1月3日

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 昨年、世界ではいろいろな動きがつづいた。トランプ候補の当選、EUをめぐるヨーロッパの混乱、中東やロシア、中国、韓国でも国の内外とのさまざまな摩擦が発生した。日本でもTPPから「農協改革」、日銀のマイナス金利、原発再稼働、年末に突然提出されたカジノ法案、年金引き下げや医療費の負担増加などいろいろな動きが起こった。

toku1601030101.jpg 重要なことは、これらの動きの奥には共通する要因が潜んでいるということである。それは一言でいえば、市場経済の行き詰まりだといってもよい。どこの国でも思うような経済成長が実現できなくなってきた。その状況のなかで格差が広がり、新たな「下層階級」が発生してくる。アベノミクスというかけ声とは裏腹に、安倍政権時代の経済成長率は、民主党時代より低い。この要因からアメリカやヨーロッパでは既成の政治、経済システムへの不信が生まれ、トランプ候補の当選や国家主義的、排外主義的な潮流の拡大を招いている。ロシアや中国でも強い国家を演出することによって国民統合をはたそうとする動きが強まり、韓国では格差社会への不満が朴政権退陣へのエネルギーを生みだしている。
 世界は市場経済を基盤にして安定を維持することができなくなってきたのである。そしてそれは、市場経済を成長軌道に戻そうとする、悪あがきのような「改革」をも生みだすことになった。TPPもそのひとつだし、自民党が求める「農協改革」も同じことである。これらが経済成長と結びつくとも思えないが、めざされている方向性は、経済成長に向かって改革しない組織や勢力は、強制的にこの社会から退場させるということである。

◆悪あがきの経済成長追求

 だがそんなことで「成長の時代」を回復することはできないだろう。なぜなら世界の経済構造自体が変わってしまっているからである。一方では新興国や途上国の生産物と競争しなければならない時代がはじまっている。さらにパソコンやインターネットの普及は、経済の波及効果が生まれにくい構造をつくりだした。たとえば新しい電気製品が開発されて一億個売れれば、それをつくるための材料や機械なども必要になるが、新しいゲームソフトが生まれて世界中で利用されたとしても、インターネットを用いてダウンロードするだけなのだから波及的な経済成長はもたらされない。
 とともに、人々の消費行動も変化してきている。「ハード」の時代から自分にあった「ソフト」を考える時代に変わってきた。たとえば安心できるおいしい農産物が欲しいというのも自分に合った「生活ソフト」である。比較的低価格な衣料品を組み合わせて自分にあったスタイルをつくるというのも「ソフト」だし、都市の若者たちが車をほしがらなくなったのも、その人のつくった「生活ソフト」では、車は必要なくなったということを意味している。そういうことを含めて、それぞれが自分に合った「ソフト」で生きる時代が生まれ、そのこともまた大量生産を基盤にしたかつての経済成長とは調和しなくなっている。
 このような経済の構造変化があるにもかかわらず、以前のような「成長の時代」を回復しようとすれば、それは悪あがきでしかなく、成長もできないばかりか社会や地域を破壊してしまう。政府・自民党がすすめようとしている「農協改革」はその最たるものである。

◆農協は「経営団体」ではない

 協同組合は単なる経済団体ではない。農協は農民や農村を守り、都市の生活者たちに安心して食べられる農産物を安定的に提供する協働の組合である。改革する必要性があるとすれば、本当に農民や農村のためになっているのかを組合員とともに考え改革することであり、消費者とともに歩む協同組合をめざすことである。ところが政府や自民党がいっていることは、単なる経営団体になれということである。これは農業を企業にやらせれば効率がよくなるという発想と一体のものであろうが、これでは農業と農村の破壊にしかならない。
 かつての社会や地域は、人間たちの生きる世界の諸要素が一体的に結びついていた。生きる世界をつくりだす諸要素としては、経済や労働、地域社会、地域の文化や地域の人たちが大事にしてきた土着的な信仰などがあるが、それらが有機的に結びつきながら自分たちの生きる世界をつくってきた。ところが現在ではそれらの諸要素がバラバラになり、経済は経済、社会は社会という時代になっている。さらに市場経済が暴走し、それが社会や文化などを破壊する時代を発生させた。経済成長だけをめざして、社会や地域が破壊されていく時代が発生してしまったのである。
 今日の課題は、この問題とどう向き合うかだといってもよい。それはみんなが安心して生きていける場としての社会や地域をどうつくるかということであり、生きる世界の諸要素の結びつきを再創造していくことである。
 経済はよりよい社会や地域をつくるためにあるし、みんなの生きる場を守るためにある。経済のために社会や地域、生きる場を壊すのは本末転倒である。つまり、よりよい社会をつくるためという一定の制約の下で、経済は展開しなければいけないのである。その制約を取り払えば経済は暴走し、社会や地域は破壊されてしまう。それが規制緩和や市場原理主義によって生まれた現在の世界だといってもよい。私たちは、社会や地域のために経済はあるという視点を取り戻さなければならないのである。

◆協同組合の連帯で社会の土台を

 とすればこれからの社会や地域では、協同組合の役割がますます重要になる。みんなで守りあう経済活動をしながら、社会やみんなの生きる世界を守っていく。そのためにつくられたのが協同組合だからである。むしろこれからは、協同組合の時代をつくっていかなければいけない。
 ところで今日の人々の動きをみると、法人としての協同組合だけでなく、任意に生まれている協同組合的動きが各地に発生していることに気づく。たとえば都市部でひろがっている若者のシェアハウスもそのひとつである。一軒の家を借りて共同で暮らすというこのかたちは生活協同組合的である。よりよい社会づくりをめざした経済づくりとしてひろがったソーシャル・ビジネスも、共同してみんなのためになる経済をつくっていこうという、ネットワークに支えられた協同組合的性格をもっている。地方に移住して起業する若者たちも、生きる場としての地域と自分たちの経済活動を一体化しようとして努力している。
 現在では日本の各地で、協同組合的な志をもった動きがひろがってきているのである。とすると、そういう動きが連帯していく場をつくりだすことも重要だろう。協同組合を解体しようとする動きに抗するためにも、さらには協同組合や協同組合的な動きを、これからの社会や地域の軸にしていくためにも、である。農協への攻撃に対して農協だけで立ち向かうのではなく、経済の暴走を批判する多様な協同組合的動きとともに農協を守っていく。多様な協同組合、協同組合的な動きとの連帯が、これからの社会や地域をつくっていく土台にならなければならないのてある。

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