農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
食料は重要な戦略物資隣の国、中国・米国は何を考えているか【三石誠司・宮城大学教授】2018年8月2日
距離は近くても隣人の考えはわからないことが多い。中国と米国は巨大な隣国である。わが国の農業と食料の将来を安全保障という観点から考える際、この2国の動向を無視することはできない。以下、近年の中国と米国の食料と農業に関する戦略的動向を簡単に紹介する。
中国
◆ 「走出去」戦略
「走る」「出る」「去る」、いずれも日本語では慣れた言葉だが、全てを合わせた「走出去」は中国語では異なる意味を持つ。英語では「Go Global」と訳されることが多い。つまり、「走出去」とは「グローバル化」のことだ。ちなみに「走出去」の反対は「引進来」で海外資本等の受入れに重きを置くことである。
「走出去」は90年代終盤に当時の中国政府が海外投資を積極的に進めたことに起因し、農業分野では安全保障戦略と密接に関係する。2000年代に入ると、第11次5か年計画(2006-10)の中で農業のグローバル化が明確に位置付けられた。当時は、中国の豊富な人的資源を活用し、海外の土地・水・エネルギー資源等を開発することが目的だったが、並行して中国に必要な穀物や油糧種子を輸入するための港湾整備等のインフラ整備や、国際貿易を行う組織の充実が図られた。
2010年代には「走出去」戦略を含む形で「一帯一路」構想が登場する。これを踏まえ、食料安全保障はそれまでの「基本全てを自給する」方向から、コメや小麦などの主要穀物の自給と、その他の品目の一定の輸入という形が明確になる。実際、現在の中国は年間約1億tの大豆を輸入する輸入大国である。
数年前、中国による大規模な海外農地の取得がメディアで伝わり、世の中を驚愕させたことがある。これまでに報道された海外取得農地の面積合計は600万haを超えるが、最近の研究を見ると、実際に確認されたものは5%にも満たないようだ。海外農地の直接取得には世界中の非難が集まり簡単には進められなかったと考えられている。
だが、何もしていないかといえば、そうではない。むしろ、対象国での企業買収や合弁企業の設立など、より洗練されたビジネスの手法を通じたグローバル・サプライチェーンのコントロールこそが安全保障の中心という考えにシフトしていると理解した方が良い。
具体的には、中国最大の国有食品企業である中糧集団(COFCO)、第2位の公明食品集団(Bright Food)、さらに中国最大の飼料メーカーで年間2000万tを生産する新希望集団(New Hope Group)や2013年に米国のスミスフィールドフーズ社を買収して世界一の豚肉生産企業となった萬洲国際(WH Group)などが世界中で活動している。
国策企業だけでなく民間企業も含め、海外での生産から中国到着まで、農産物の国際貿易を含めたグローバル・サプライチェーンに対する支配と影響力を強めることを意図しているのが現実的な戦略方向であると考えられる。
◆農業分野の海外投資は激増も、対象は米国以外
農業分野における中国の海外直接投資は、2009年までは年間3億ドルに満たなかったが、その後は激増し、2016年には33億ドルと7年間で10倍以上に増加している。
2014年の数字を地域別に見ると、興味深い点は、アジアが51%、ヨーロッパが15%、オセアニアが14%、アフリカが12%、ラテンアメリカが6%であり、北米は2%に過ぎないことだ。中国の農産物輸入の約3割は北米からだが、その北米への海外直接投資はほとんどない点に、現在の中国が直面している課題と長期的な戦略性が垣間見える。
主要な輸入元に対する投資は短期的には確固たる関係構築になるが、それは同時に相手への依存度を高めることにもなる。自国の生存の核となる農業分野において、米国への依存度を可能な限り低くしたいという戦略的判断の結果であろう。実際、中国が投資をしている国の多くは、技術力、経済力、政治力等で中国に及ばない国々が多い。つまり何らかの分野で優位性を保てるところと組むということだ。
また、米国内の各種の規制が実質的な参入障壁となる点も重要である。米国の複数の州では外国資本による農地取得を禁止しているし、知的財産面でも厳格な規制が存在する。正面からの競争を避け、自らに必要かつ優位に立てる途上国への先を見た投資が現実的かつ本質と考えた方が良い。
とくに興味深いのは、アフリカ、極東ロシア、東南アジアでの進出である。萬洲国際などは豪州やニュージーランドにも進出している。これらの地域は今後、わが国とも重要な関係を生じる可能性があるため注視していく必要がある。
米国
◆米国の戦略シフト:「物量・輸送」から「知財とそれを支える技術」へ
米国を世界最大の農産物輸出国としてきた競争力の源泉は時代とともに大きく変化している。これらは現象面では時間の経過とともに段階的かつ重層的に変化してきているが、当局者達の考え方はある時点から明らかに変わってきているようだ。
例えば、穀物・油糧種子の場合、かつては大量生産と低コストがもたらす価格競争力であり、それに個別農産物の品種改良の結果が伴い圧倒的な競争力が発揮された。
次は、競争相手である南米が台頭したが、輸送インフラが不安定な南米に対抗するため、大量の穀物の定時・定刻に正確に輸送することが競争力と考えられ、現在でもこの力は衰えてはいない。
しかしながら、近年では原材料をそのまま輸出するのではなく、バイオテクノロジーや食品加工技術等を活用して付加価値をつけ、それらの技術を知的財産として保護した上でそのライセンス料でも稼ぐという形に内容が変化してきている。
米国の全産業をこうした流れで見た場合、つまり、伝統的産業か、技術と知的財産が高度に集約された産業かという視点で見ると、現代の農産物や食品はバイオテクノロジーや加工技術等、明らかに後者になりつつあることがわかる。そうであれば、対象製品を徹底的に保護することが、将来の競争力確保につながると考えるのは自然の流れになる。
◆中国は競争相手か顧客か
こうなると米国は、人口14億人の中国が自国にとって競争相手なのか顧客なのかという深刻な問題に直面する。先述したように中国は米国産農産物の輸出先として数字の上では優良な顧客なだけでなく、あらゆる産業の顧客でもある。その一方、米国流の知的財産の概念が全く通用しない国であることも我々はよく知っている。
両国はそもそも文明の成り立ちと歴史が異なると言えばそれまでだが、世界有数の購買力を備えた裕福な共産主義国家である現代中国に対し、米国流あるいは既存の先進各国における知的財産のルールを受容・浸透させることはかなり苦労しているのが実態ではないだろうか。中長期的に見れば、それが、WTO、そしてTPPといった形で新たなルール作りのための交渉が繰り返される理由でもある。知的財産として保護されるべき権利をどう扱うかという視点で米国の貿易相手国を見た場合、中国はやっかいな競争相手であると同時に重要な顧客でもあるという非常に悩ましい相手ということだ。
顧客としての利益と将来性を考えれば、何としてでも中国市場は押さえたいが、そのためには米国の次世代の競争力の源泉となる技術を知的財産という形で守る必要がある。より正確に言えば、貿易相手国の国内法とその執行についても、国際ルールの名のもとに米国法に沿った形で保護可能な形にしておきたいというのが本音であろう。
◆支援は緊急・災害支援と環境、後は市場に任せてリスクは保険で
最後に米国の農業政策の歴史を簡単に振り返ってみたい。将来は過去の直線上の延長ではないが、少なくとも歴史の大きな流れを見る事により、これまで米国は何をしようとしてきたのかがわかる。
米国に限らず、多くの国の農業政策の基本は国内の農業生産を振興・保護することであり、そのために一定の助成が行われてきた。米国農業法も長期にわたりこの形であったが、1996年に大きな転機を迎えた。
それから20年でどう変わったか。96年農業法以降の流れを簡単に言えば、作物生産と直接結びついた各種助成金が廃止され、政府支出は緊急・災害支援と環境保護(土壌保全)のみが残り、作物価格は市場に任せ、価格変動リスクは保険で対応する...という形が明確化したということである。
その結果、政府支出は大幅に削減し、相当分は作物価格の上昇により消費者が負担する形となったと考えることができる。
* * *
さて、我が国の状況を2017年の販売農家で見た場合、全国で151万人の基幹的農業従事者のうち60歳以上は119万人(79%)である。言い換えれば59歳以下は32万人しかいない。高齢者に職を提供している点では良いが、一般企業の定年より高い年齢層で支えられている日本農業をどうするか。隣の中国と米国が何を考えているかも大事だが、我々に残された時間も限られていることを忘れてはならない。
この記事のほか、日本の自給率問題に対しての提言や寄稿などをまとめました。
・自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
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