農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
【作家・佐藤優氏に聞く】農業に自信と誇りを 守るべき核心明確に2018年9月19日
食料自給率38%のもとでのFTA―その危うさについて、元外交官で世界の情勢に詳しい作家の佐藤優氏に聞いた。同氏は「農業は資本主義経済にそぐわない。JAは守るべきコアの部分を明確にして、自信と誇りを持って主張すべきだ」と強調した。(聞き手はJA鹿児島きもつきの下小野田寛代表理事組合長)。
◆危険なFTA ツケは農業に
―TPPやFTAなど一連の貿易問題をどのようにみますか。また日本の食料自給率38%という実態をどう考えますか。
佐藤 TPP貿易交渉が一段落して一安心という気持がJAにあるのなら、それは大間違いです。日米2国のFTAの方がもっと悪い。日本政府全体のコーディネートができているのだろうかと不安を感じます。トランプ政権は、鉄鋼やアルミニウムのツケを農業で払わせようとしているのです。アメリカの安全保障上関税をかける必要があるというが、それはおかしい。そもそも、アメリカでは薄い鉄板やアルミ缶は作れないので、関税を上げると自動車業界にとってはマイナスになるのです。
しばらくするとアメリカは関税を下げるでしょう。それにもかかわらずあわてて抗議するので、少しは譲歩してやろう、その代わりにツケを農業にという構造になっています。
農業は純粋な資本主義では成り立ちにくいと思っています。"共助"で成り立っているのです。営利を追求する株式会社とちがい、JAや福祉団体のような中間団体が、今の日本の社会を支えているのです。農業が安定し、農業者が名誉と尊厳を持って働き、後継者が育つようにする必要があります。
JAは圧力団体、抵抗勢力といわれますが、全く気にしなくてよい。むしろJAはエゴイスティックであれと思っています。ある意味で怖いと思われる存在であるべきです。自分の利益を守り、併せてとなりの組合員の利益を守るのが"共助"です。政党はパーティというが、「パート」とは「部分」のことであり、世の中は「部分」が集まってできているのです。民主主義はそれぞれの利害関係者の折り合いをつけることです。
JAグループはロビー活動するべきでないとも言われてきましたが、それは狭い考えです。農業は常に政治に目を向けなければなりません。物事の本質が分かる農業者はこのことに気づいていると思います。またJAに対する理解を得るには、JAのファンをつくることが大事です。国民も政治家も、また農水省のなかでもいろいろな流れがあります。
(写真)作家・佐藤優氏
◆農業で変わる生活スタイル
―JA鹿児島きもつきでも地域の農業の担い手育成に苦労しています。ICTの活用など、農業の労働のあり方も大きく変わってきていると思いますが。
佐藤 農業の6次産業化などで、実際ICTは現場で進んでいます。いまや農業にコンピュータは欠かせず、いま求められるのは農業にマッチしたアプリケーションの開発です。働き方もいろんなスタイルができてくるでしょう。自由な時間ができて、農業に足をかけながらハイブリッドな生活を満喫できるようになるかも知れません。東京から遠く離れた鹿児島でも、ICTで東京と同じ仕事できるようになります。
三重県のネギ産地の例ですが、知的障害を持つ人たちがネギを洗っていました。農家は高齢でその体力がなくなっています。地域共同体のなかで助け合いのネットワークがあるのです。雇用確保のため大企業を招いても、技術革新についていけず撤退することはあっても、JAにはそれはありません。
また埼玉県では、土地条件の違いに合わせバラエティのある作物を作っており、都市農業のあり方を懸命に追及しています。沖縄県の久米島では、まさに農協が中心になって町が成り立っています。人口が減って久米島高校の園芸課を廃止するというとき、役場の人など、卒業生が立ち上がり、本土から生徒を呼び込み、少しずつ在校生が増えています。
島民はみんな、なんらかの農作業をしています。土地を離れたら働くところがないことをよく知っているのです。また海洋深層水で葉野菜を作ってもいます。このように、知恵を働かせることが地域を守ることにつながっています。
―JA鹿児島きもつきは畜産が盛んで、販売高約300億円の7割が畜産です。和牛全共で日本一のお墨付きを得ました。現場では、牛の発情をセンサーで、タイミングよくつかむなどICT化が進み、若い人の関心が高まっています。
佐藤 牛、豚は日本の農業で勝てる分野です。中国では富裕層だけでなく、最近は中間層も和牛に関心が高まっています。国際化は、勝てる農業があるところでは怖いことではありません。北海道の十勝の小豆生産者も自信を持っています。ただ、畜産の盛んな北海道北東部は後継者が不足し、今のシステム維持が困難になる可能性があります。
―そうです。いま農業の現場は人手が不足しています。ICT化や機械化で農業はかっこいいという若者もいるのですが、都会も含めて若い人を呼び込みたいのです。
佐藤 そのチャンスはあると思います。いま都会の人は疲れ切っています。機械化が進み農業の構造は大きく変化し、イメージも変わってきています。ヨーロッパでは若い人が農業に就くことがふつうになっています。
それには、小学校高学年から中学生のころの啓発活動が必要です。キャリアパスとして印象に残ります。私の小さいころ、子どもはりっぱな労働力で、農繁期になると農家の子どもは農作業のため学校を休んでいました。そのとき先生は授業を進めませんでした。
◆とんでもない株式会社化
―農業の魅力はどこにあるのでしょうか。
佐藤 自分の力で家族の生活のため、生計を立てていく。ここに魅力があります。農業は競争がないといわれますが、そんなことはない。土地にはそれぞれ特性があり、作目も違います。JAもそれぞれ考えが違う。これまでそうした産地、農業者が切磋琢磨しながら伸びてきたのであり、これからも伸びていくと思います。
日本の農業のインテリジェンス(情報)能力は素晴らしいものがあります。日本の牛は完全に履歴を追跡できます。何か問題があったとき、その原因を確実に突き止めることができます。日本の農協に欠点があるとしたら、それはこのインテリジェンスの農業の過小評価です。農業者全体の利益を代表しているのです。エゴといわれようがもっと自信をもって、JAのファンをつくってほしい。
日本の農業者は勤勉です。戦後の高度経済成長は、その考え方のもとに農業があります。それは生産を重視することで、その精神がトランジスタラジオなどの電気製品や自動車の製造に生きてきました。それがいまは生産の哲学から、分配の原理に変わりました。その結果が食料自給率38%ではないでしょうか。自信と誇りをなくさせて金だけにして徹底搾取する。株式会社化などするととんでもないことなりますよ。
(写真)下小野田寛・JA鹿児島きもつき代表理事組合長
―JAグループはいま自己改革に取り組んでいますが。
佐藤 JAを大切にすることは国の責任です。若い人や多くの国民にJAが知られていないという人もいますが、私の知っている若い農業者は、JAに聞いて農業をやっています。改革というが、いまのような国が介入する改革はだめです。揺り戻しがきて、国の方針が変わるかも知れません。
肥料が高いと言うが、そこだけ取り上げて市場価格がどうこうというのはおかしい。特定のものだけが大きく見えるプリズム効果です。こうした経済事業と、JA独自のファイナンス(金融)システムのトータルでJA事業は成り立っているのです。
―特にJAには組合員との対話があります。これは銀行など株式会社との違いです。次にFTAについてどのように考えますか。
佐藤 日米2国間のFTAは、おそらく逃げられないでしょう。大事なことは自分たちの利益を守ることです。肉や米などコアな部分だけでなく食の安全など、農水省になにが大事かプライオリティ(優先順位)をつけて主張する必要があります。そうでないと外部の人にとって農業者が何をコアで守るのか分からないのではないでしょうか。
―鹿児島の地元に鹿屋体育大学があります。コラボできないかと考えている。つながり付けたいのですが、アドバイスを。
佐藤 地元にある大学は大切にするべきです。奨学金を付けるとか、寄付講座を設けるのもいいでしょう。その講座は農業系の内容とし、畜産現場の視察。牛の繁殖技術など、講座のカリキュラムにするのです。さらに長年、農業に従事した人に名誉博士号を授与するのはどうでしょうか。そうした取り組みによって、「農業体育学」のような新しい学問分野が生まれてくるのではないでしょうか。
―農業へのエールをいただき、元気が出てきました。
【インタビューを終えて】
佐藤先生から農業とJAに力強いエールをいただき、感激しました。私たちはもっともっと胸を張って自信を持って農業と地方・地域の新たな創造を進めていかなければならない。そのために佐藤先生からJAのファンをもっと増やしなさいと忠言もいただきました。私は常々『チームきもつきをみんなで創り、そしてみんなで幸せに』と訴えています。今後、私たちがチームJAオールジャパンを創り、日本と国民の幸せのために行動していかなければと感じました。(下小野田寛)
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