農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
【対談】韓国農協「農の価値」国民にアピール(2)2018年10月21日
<出席者>
キム・ビョンウォン韓国農協中央会会長
山田正彦元農林水産大臣
司会:ミン・スンキュ農林畜産食品部元副大臣
徹夜討論で職員意識改革
ミン 食料の安全保障の重要性を一般の人に広げたいのですが、「古い話だ」といって敬遠されがちです。日本ではどのようにしていますか。
(写真)ミン・スンキュ韓国農林畜産食品部元副大臣
山田 生協など消費者団体を通じ、食の安全、種子問題などを広く訴えています。昨年の秋にスイスに行って調べてきましたが、スイスでは酪農経営に対して、1経営当たり年間約700万円助成しています。日本では私が農水大臣のとき、50%所得補償をめざす基本計画を立て、米・麦・大豆・ソバを対象に、それぞれの相場との差額に対して一定の所得を保障する直接支払いの戸別所得補償制度をつくりました。これによって生産者の所得が平均で約17%アップになり、若い新規就農者も増えました。アメリカでさえ40%の所得補償を行っており、今日の農業は最低でも50%くらいにしないと、農業経営は成り立ちません。千葉県で聞かれた農家の言う通りです。
また新たな政策として飼料用米制度をつくりました。日本も韓国も大豆、トウモロコシなどの飼料を輸入して家畜を飼っています。しかし、もともと両国の畜産は稲作を基本とした産業だったのです。私が子どものころは、米のとぎ汁を牛に飲ませるのが最初の農業の手伝いでした。飼料用米は米作の歴史・技術のある日本や韓国に適しています。10㌃当たり8万円の補助金を出しました。牛だけでなく、豚や鶏の飼料にもなります。
もう一つ、米の消費拡大のため米粉の利用を支援しました。しかし、政権が変わって戸別所得補償が廃止となり農家は困っています。このため野党は復活を求めています。
ミン 食料自給率向上、所得アップ、農業の持続的発展のために予算をつけるなど具体的なお話を聞くことができました。ところで種子の問題はどうでしょうか。山田先生は「日本の種子を守る会」の設立を呼びかけられた一人ですが、その動機はどこにありましたか。
山田 政府は昨年、突然、主要農作物種子法を廃止しました。国会ではほとんど審議されず、賛成多数で可決されました。米、麦、大豆などの主要農作物は国の援助のもと、都道府県が原々種、原種を守り、その地域にある伝統的な固定種は100%国産でまかなってきました。これによって農家は優良で品質のよい種子を安く手に入れることができました。
その種子行政がTPP交渉で変化しました。今日、世界で流通している種子は、その多くが多国籍企業ににぎられています。これに対して、種子法廃止に疑問を持つ生協や市民団体、単位JAなどを中心とする「守る会」をつくり、県の条例づくりを呼びかけ、種子行政を復活させるための運動を展開しています。
◆種子の会社を買収
キム 農業は種子から始まり種子で終わる産業で、種子を守ることはすなわち農民を守ることでもあります。日本の政府は農民を守ることをやめたといわざるを得ません。日本が種子法を廃止したことは理解できません。農民は、多国籍企業との競争では非常に弱い立場にあります。そのため、農民を守るには国家が農民を支援するか、農協が農民を支援するかの二つの方法があると思います。
韓国では農協が3年前、250億円で国内の種子会社を買収しました。この子会社を大きくして韓国の種子を守っていく方針です。種子は世界的な問題であり、農協にとって重要です。日本の種子法廃止を例に出して、ICA(国際協同組合同盟)で議論してもいいのではないかと思っています。
(写真)
▽一番上の吹き出しは「農業価値 憲法反映 国民共感運動に賛同してください」
▽上枠内のメガネの人が、「農業価値の憲法反映とはなんの意味か」を聞き、それに「農業だけではなく、食料安保、環境保全などの公益価値を」説明。
▽最下枠の籠の中には、持続可能な未来農業(トマト)、堅調な食料安保(米袋)、都市と農村の共生発展(ビル)、国土の均衡発展と書かれている。
ミン 韓国、日本とも農業が重要であることは同じです。これを広く訴えるための行動が求められています。この点で、韓国では農業の価値をアピールするため1000万人署名運動を行いました。
キム スイスなどでは、農業の多面的機能である公益価値を憲法に反映させました。それを参考に韓国の農業の多面的価値である公益価値を金に換算してみました。20兆円くらいという結果が出ました。1000万人署名は、国家が農業を支援することを憲法に明記し、この価値を守ろうという運動です。これは税金を使うので国民の広い支持がなければなりません。昨年11月に全国的な運動を展開し、1か月で約1156万人の署名を集めました。これは国民の約2割に相当します。それだけの人に農の価値を認めてもらったということです。
憲法への明記は政府と与野党が合意済みです。今回は野党の反対で憲法改正は成立しませんでしたが、来年以降、憲法改正が審議されるとなれば、2割の支持が必ず反映されると思っています。今回の来日で全中の中家会長に会いましたが、関心を寄せておられました。
ミン 韓国では農業の価値、直接支払い制度など、合理的な理由を説明しながら運動してきました。スイスの取り組みを参考に、日韓が一緒になってアジア農業の重要性を訴える運動を広げていければと思っています。
山田 現在日本では第9条の問題があって、憲法改正を伴う農業の価値の明記は難しいので、食料安保の法律や条令で対応することも考えられます。
ミン 農業の現場を回って感じたことですが、韓国でも農協への不満が聞かれました。このことをキム会長は心配し、仕事の40%は現場でという姿勢を打ち出されました。これによって農民との意思疎通が深まり、不満がかなり収まってきております。
特にいま、協同組合の理念が揺れています。農協も資本の論理で運営されるようになっております。その是正に向けて、キム会長は、就任とともに中央理念教育院を立ち上げ、役職員の理念教育に力を入れております。要するに、一般企業は利益最大化を追求しますが、農協関連会社では、経営上必要な利益以外はすべてを農業者に還元することを強調しております。このあたりのことについてキム会長の考えを聞かせてください。
◆コスト削減700億円
キム 世界の協同組合の歴史はヨーロッパでスタートして200年あまり。経済的に弱い人たちが団結して資本家とたたかうという目的で始まった運動です。個々の弱者が資本家とたたかったのでは生き残れないからです。しかし、いつのまにか協同組合は経営を優先する企業型に変身し、組織は大きくなって役職員は豊かになっていますが、組合員は貧しいという奇形的な協同組合になってしまいました。これは、韓国だけではないと思います。その中で韓国農協が最も深刻だと思います。農民と国民の間では農協批判が強かったからです。そこから私は、遅いと言われるかもしれませんが、新たな協同組合運動を目指し中央会の会長選に挑戦しました。2回落選しましたが、当選して感じたことは、約10万人の韓国の農協の職員が組織の駒のひとつになってしまっているのではないかということです。このため、なぜ農協が存在するのかの理念、思想、原則を職員に伝えることが喫緊の課題だと考え、当選して最初にやったことは協同組合理念の教育です。「中央理念教育院」をつくり、農協幹部を対象に夕方4時から翌朝6時まで夜を徹して議論する討論会を設けました。これまで27回開き、参加者は1万4393人に達しました。その時、たまには黄色のエプロン掛けで参加しますが、それは皿洗いの意味です。会長として、農民らがまだ片づけていない皿洗いを私がするという意味をあらわしたものです。
要するに、農協の存在価値は農民にあるわけです。そのため、農協の事業は必要な最小限の利益をあげるだけにして大半は農民に返すべきだと考えています。その時に重要なことは需要の集中です。例えば、全国農業者が必要とする肥料が1000万俵だとすると、農協がそれを集中させて企業と交渉すると価格が下がります。こういった取り組みで就任してから肥料価格は40%下がりました。農薬やビニールも下がりました。その結果、金額にして約700億円のコスト引き下げを達成しました。
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