農政:緊急企画:TPP11 12月30日発効-どうなる、どうする日本農業
【緊急特集:TPP11 12月30日発効】どうなる、どうする日本の国と農業【田代洋一横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授】2018年11月2日
【緊急企画:TPP11 12月30日発効-どうなる、どうする日本農業】12月30日にTPP11が発効する。それに続いて日米FTA交渉が1月半ばに開始され、日本農業の「総自由化」時代が始まろうとしている。そうした中で「この国のかたち」をどう守り、日本農業をどうすればいいのか、を本日から緊急企画で考える。多くの農業の現場指導者や識者の提言やご意見をいただいていく。本日は田代洋一横浜国大・大妻女子大名誉教授、醍醐聰東京大学名誉教授、そして農協の現場から小林光浩JA十和田おいらせ代表理事専務の提言を掲載する。
◆史上最大の市場開放期を迎えた日本農業
2018年12月30日、TPP11が発効することになった。TPP11とは要するに、アメリカの参加を前提にして開けた大穴を、アメリカが抜けても狭めずに開いておくTPPということだ。具体的には乳製品の低関税輸入枠や牛肉セーフガードの発動水準は、アメリカが参加しないならその分だけ下げるべきところ、そのままにしておく。市場開放の大きさという点ではTPP≒TPP11だ。来年2月には日欧EPAも発効予定である。日本農業は今や史上最大の市場開放に直面している。
政府は影響試算で、関税を下げた分だけ価格が下がり農業生産額は減るが、国内対策を講じるから農業所得や国内生産量は減らないとしている(消費は減る傾向にあるので、これだと輸入量が減り、自給率は高まることになる!)。日欧EPAの影響も同じ方法で試算され、影響なし。この論法でいけば、いくらEPAを増やしても「大丈夫」ということになる。そんなダボラを吹いていたら、日本農業は干上がった「ゆでガエル」になってしまう。
◆三つのウソで固められた日米FTA交渉
加えて9月下旬に日米首脳会談で新たな日米交渉を開始することになった。これまたウソやごまかしで固められている。
第一のウソは、これはサービスを含まない物品だけの交渉だから、首相が「FTAとは全く違う」と言い張った点だ。それは協定文書にも反し、副大統領はじめアメリカ側も、またAP・ロイター等の海外通信も「フルFTA」と報じており、さすがに日本のマスコミも首相をかばい切れない。
これがもし日米協定がFTAでないとすれば、最恵国待遇の例外とならないから、合意内容は全WTO加盟国に適用されてしまうという金子勝教授の指摘(日本農業新聞、10月22日)は重要だ。その時になって「あれは実はFTAだった」ではごまかせない。
第二のウソは、TPP以上の開放はしないという首相の「約束」だ。アメリカはTPPに不満だったから脱退した。そのアメリカにとって日米FTA交渉が「TPP以内」にとどまるとしたら、子供の使いにもならないことになる。日本は既に日欧EPAでチーズ等のTPP超えの関税引き下げをしており(前科一犯)、茂木担当相は交渉前から「一部品目でTPP超え」を匂わせている(再犯)。
第三の裏切りは、「2国間交渉はしない」と約束していたTPP11参加国に対する裏切りだ。日本はアメリカとの二国間交渉にコリゴリで多角的交渉に切り替えた。その自らの歴史に対する裏切りでもある。
◆日米FTA交渉の行方は
トランプは日米首脳会談で「『交渉しないならあなたの国から車にものすごい関税をかける』と言った。そうしたら彼らは『すぐ交渉を始めたい』と言ってきた」と述べている(朝日、10月2日)。はったりの多いトランプにしては、妙にリアリティのある発言だ。
アメリカはカナダ、メキシコとのNAFTAの再交渉結果を、今後の二国間交渉の「ひな型」にするとしているが、そこには自動車の輸入数量制限と為替条項(通貨切り下げ防止)が入っている。アベノミクスは明らかに円安政策であり、円安輸出が日本の最大の景気対策になっている。その「円安での自動車輸出」という心臓を直撃されたらたまらない。そこで心臓(シンゾー)を守るために胃袋(食料)を差し出そうというのが今回の交渉だ。具体的にはコメの輸入枠拡大や食肉関税、同セーフガードの発効水準の引き上げ等が懸念される。
しかしこれはあくまでFTA交渉であり、クルマや農産物にとどまらない。サービス貿易や、後述する「新冷戦」と絡んで、(中国等への)ハイテク製品の輸出管理等に突き進む(細川昌彦「"オールアメリカ"による経済冷戦」『Voice』11月号)。
さらに共同声明第6項に「日米両国は、第三国の非市場志向型の政策や慣行から日米両国の企業と労働者をより良く守る」とあるが、「非市場志向型」とは具体的には中国を指し、自由貿易からの「中国排除条項」(NAFTAの後身には既導入)にあたる(春名幹男、文春オンライン2018年10月23日)。要するに日本の将来をアメリカに縛り付けるためのFTAだ。
◆裸で総自由化させられる日本農業
TPP11には、タイ、コロンビア、台湾、英国、韓国も参加意向をもっている。中国を含むRCEP(東アジア地域包括的連携協定)も年内合意をめざしている。つまり日本は文字通りの総自由化体制に移行しつつある。にもかかわらず、それぞれ一度限りの国内対策を講じるだけで、総自由化体制に対応した農業政策への転換がきかず、1960年代来の構造政策を相も変わらず追求している。担い手に農地の8割を集積して国際競争力を付けるというわけだが、集積率は思うように上がらない。
そのなかで、農地中間管理機構からの地域内農業者への貸付面積割合をみると(2017年)、54%が法人で、集落営農法人等が健闘しているわけだが、中山間地域等では小面積の法人ではもたず、集落営農法人の連合体への取り組みも進んでいる。中国中山間等ではIターン者も結構いて、ユニークな農業やライブで地域を支える活動をしている。
このように協同の力や「よそ者」の力によって農業と地域が守られているが、「ガードなき裸の自由化」は、彼らの意欲や将来の夢をくじいてしまう。畜産物が関税引き下げの矢面に立たされ、これから日本が伸ばそうとするチーズやワインの関税引き下げも痛い。
日本の農地の2割は相続未登記になっている。また存命の所有者がいよいよ高齢化した今日、未登記が一挙に進む可能性がある。いわば「死人(しびと)が所有する国土の空洞化」だ。それを防ぐには土地が登記するに足る価値をもつ必要があり、地域の活性化が欠かせない。
かくして総自由化体制下で農業者が安んじて農業に取り組めるためには、輸入農産物との価格差に対して全販売生産者に向けた経営単位の直接所得支払政策が必要になる。
◆安倍支持と自民党支持の乖離
しかしそれには莫大な予算が要る。それに対し、改造内閣の農政は、農水大臣ならぬ菅官房長官が仕切るとされ、政策環境を変えるには政治を変える必要がある。
日本農業新聞のモニター調査では(10月24日)、安倍農政を「評価しない」が73%、安倍内閣を「支持しない」が63%と高いが、支持政党は自民党が44%で二位の4倍、「農政で期待する政党」も自民党が38%で、野党は合計しても27%にしかならない。「安倍は嫌いだが自民党に頼らざるをえない」のが1強多弱体制下での農業者のディレンマだ。農政を立て直すためにも、「この国のかたち」を変える必要がある。
◆貿易戦争で戦略物資化する農産物
アメリカも「この国のかたち」を強烈に追及している。トランプはアメリカの物財貿易の赤字のみを強調し、中国や日本の黒字を責めている。しかしアメリカは既に「ものづくり」の国ではなくなり、サービス貿易と海外投資からの収益で稼ぐ国、すなわち海外投資国家に転換している。物財貿易の赤字をつくっているのは自分自身なのだ。
海外投資依存は、かつてのイギリスのように、覇権国家がその凋落過程でとる姿だ。この覇権国家の凋落をいかに食い止めるか。そこにトランプの歴史的使命がある。そこで彼は中国をはじめとする貿易戦争に乗り出した。
対抗して中国はハイテク製品等とともに大豆、綿花、食肉等の輸入関税を引き上げ、トランプ支持の農業地帯を直撃した。そのツケを日本に回すのが日米FTAの一面だ。農産物が戦略物資に使われることは、超低自給率の国・日本にとって大きなリスクだ。自給率を高めておかないことには国がもたない。
◆新冷戦時代に「この国のかたち」を守る
起こっているのはたんなる貿易戦争ではない。覇権国家の交替をめぐる「新たな冷戦」である。かつての冷戦は資本主義vs.社会主義という体制間対立だった。それに対して新冷戦は、自由主義的な資本主義(アメリカ)と権威主義的な資本主義(中国)という、同じ資本主義体制内の覇権国家争いだ。先のハイテク製品輸出管理や中国排除条項も、新冷戦の一環である。
日本が、この米中百年戦争の時代をたくましく生き延びるためには、新冷戦のいずれのサイドからも政治的に自立し、自分たちの「国のかたち」をしっかり守っていくしかない。
「各国はどうすべきか。『米国との特別な関係』を信奉する国、大統領との個人的関係を築くのに腐心する政治指導者は、トランプ氏にハシゴを外されるかも知れません」。これはアメリカの新保守主義の論客、R.ケーガンの日本への警告だ(朝日新聞、9月12日)。
「この国のかたち」はどこに求められるか。超高層ビルが林立する大都市圏ではない。それは畔草がきれいに刈り取られた農村のたたずまいにこそある。今、農家が一番苦労するのは草刈りだ。それがきちんとできる農政を実現するためにも、農業の枠だけに閉じこもらずに、国民とともに「この国のかたち」を追求していく必要がある。繋ぎになるのは食料自給率向上だ。
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