農政:持続可能な世界を拓く SDGsと協同組合
西本麗住友化学副社長に聞く 事業を通じてSDGs達成に貢献2020年1月8日
限りない挑戦は未来を変えていく
インタビュー
住友化学(株)代表取締役副社長西本麗氏
聞き手東京大学名誉教授谷口信和氏
2015年の国連サミットが採択したSDGs(持続可能な開発目標)は、持続可能な生産と消費、気候変動への対策など、先進国も含めすべての国に求められる目標だ。その達成のためには、各国政府だけでなく民間セクターの実践も求められており、目標には持続可能な農業や栄養の改善、健康的な生活の確保など農業とその関連産業が取り組むべきことも多い。ここではSDGsに先立つ途上国向けのミレニアム開発目標(MDGs)からマラリア対策で国際貢献し、いち早くSDGsにも取り組んでいる住友化学の事業と社会貢献への考え方を西本麗副社長に聞いた。(聞き手は谷口信和東大名誉教授)
西本麗住友化学(株)代表取締役副社長
(にしもと・れい)昭和55年大阪大学経済学部卒。同年住友化学工業(株)入社。国際アグロ事業部開発業務部長、農業化学品業務室部長などを経て平成21年住友化学(株)執行役員、同23年常務執行役員、同27年代表取締役専務執行役員、同31年4月代表取締役副社長執行役員。
谷口 最初にマラリア対策に「日本の蚊帳」が国際貢献しているという観点から、貴社の「オリセットネット」の開発の歴史をお聞かせいただけますか。
西本 住友化学の事業は肥料の生産から始まりましたが、部門の次事業は1953年に上市した家庭用殺虫剤アレスリンです。日本でも昔から蚊が問題でそれにどう対応するかが技術のベースであり、そこから農業用の殺虫剤への展開に広がっていったということです。
マラリアの問題は1950年代にDDTが登場し、もしかしたら制圧できるかもしれないということになったわけですが、うまくいきませんでした。1970年代以降もわれわれはスミチオンをマラリア対策でも提供していましたが、なかなか効果が出ないという状況でした。
その後、尖った研究者が何かできないかと考えついたのがオリセットネットです。もともと防虫ネットというコンセプトはありましたが、それならば殺虫剤を染み込ませた繊維で蚊帳を作るという道があるかもしれないというところからスタートしました。ずっと虫の研究をしてきた研究者が思いついたということです。
80年代後半にWHO(世界保健機関)が殺虫剤処理した蚊帳をマラリア対策に使用するという方針を打ち出しました。
当社とすればもともと殺虫剤のビジネスがあって、その出口に蚊取り線香やエアゾールがあり、さらに1つの製品として蚊帳を思いついたということですが、それがWHOの方針とうまく合致して2001年、世界で最初に長期残効性殺虫剤処理蚊帳と認証を受けたということです。
実はWHOは当初は"どぶ浸け"といわれるように、普通の蚊帳を殺虫剤液に浸けるということを推奨しました。そうすると効果はありますが、何回も洗えば流れて効果がなくなってしまうため、頻繁に再処理が必要となることから現場で受け入れられず、普及しませんでした。
それに対し、当社の技術は樹脂に殺虫剤を練り込んであるため簡単に洗い流されず、表面が流れてもまた中から染み出てきて長く効力が持続するという製品が実現しました。樹脂の技術者と殺虫剤の技術者が共同して技術を組み合わせて作ったというのが特徴です。
一方で国連は2000年から途上国向けのミレニアム開発目標を掲げました。貧困や病気などをどう減らして途上国の発展をサポートするかというものでしたが、ちょうどその時期にオリセットネットが上市されてマラリアの対策で使われるようになったということです。
谷口信和東京大学名誉教授
◆地域に雇用も
谷口 先ほど、尖った研究者がいた、とさらっと言われましたね。
西本 イノベーティブな発想を持つ尖った研究者は必要、というのがわれわれの部門の考え方です。もちろんマネージャーも大事ですが、尖ったことをやる人間もとても大事だということです。
谷口 当たり障りのないことをしていてはイノベーションが起きないということですね。それも、尖った人がいればいいということではなく全体として会社が抱え込んでいくという精神が大事ではないかと感じます。
私が非常に関心を持ったのは、日本は先進国になって蚊帳を不要にしたわけですが、その昔のものを活かしたということです。もうひとつ重要な点は、ただ単に古いものというのではなく、最新の技術と結合したということです。単なる温故知新、昔に戻るのではなく、現在到達した高みから過去のものをどう活かすかという観点で技術をコラボしたということですね。
西本 オリセットネットに使われているコントロール・リリースという徐々に徐々に殺虫剤が表面に出てくるという技術はまさに先端技術だったわけです。
マラリアはアフリカを中心に深刻な病気ですが、それは貧困と関係します。マラリアに罹ると仕事ができない、学校にも行けない。それによってさらに貧困に陥るという悪循環が起こっていて、それを何とか断ち切ろうというのが感染症対策です。
谷口 オリセットネットはタンザニアで生産をしているということですが、これはどういう経過からでしょうか。
西本 蚊帳は繊維製品ですからもとはアジアで委託生産をしていました。ただ、どんどん量が増えていったことと、WHOやユニセフ等の国際機関とは現地のアフリカで製造できないかという話になりました。そこでタンザニアの繊維会社を紹介してもらいパートナーとなったということです。しっかりした技術がありましたから、生産能力を増やし国連からも増産の要請があったため、年間30万帳からスタートして最盛期は3000万張まで能力を拡大しました。
タンザニアでは最盛期には7000人ほど雇用を創出し、その3分の2が女性です。当時、1人雇えば家族5人を養うことができるといわれましたから7000人雇うと経済効果的にはその5倍あるということでした。
技術を供与して蚊帳を製造するだけでなく雇用も創出し地域経済にも貢献するというモデルをつくっていったわけです。
◆全員参加で推進
谷口 そういうプロセスのなかで住友の精神はどのように発揮されてきたのでしょうか。
西本 住友グループには「自利利他 公私一如」という言葉があります。オリセットネットもそうですが基本的に一時的なチャリティーではなくビジネスのなかで社会に貢献する、つまり企業としての利益と共に社会の利益を一緒に満たすということです。そこを大事にしようという考え方です。
谷口 しかし、企業の社会貢献について儲けを隠すために取り組んでいるのではないかと批判する人もいます。その点はどう考えますか。
西本 多くの企業は、自分たちはどう社会貢献できるのか、まじめに考えていると思います。企業の歴史や哲学でそれぞれ言い方は違うと思いますが、自分の利益だけでなく社会の利益も考えなくては社会として成り立っていかない。しかし、利益を上げないと貢献もできない。ここをしっかり両方やっていきましょうというのが基本だと思います。
谷口 問題は利益を上げて、それをどう還元するかということだと思います。それを踏まえないで利益を上げること一辺倒ならば、それは続くのかということになる。つまり、持続性です。持続性は今の社会にとっていちばん大事なことで、あらゆるところで求められていると思います。今までのお話から現在のSDGsの取り組みも国連でSDGsが出てきたから、急に取り組んだわけではないということですね。
西本 そうです。そこはオリセットネットなどでの社会貢献からつながることであり、それを広げてSDGsに取り組もうということになりました。社内でSDGsという言葉を認知してもらおうという活動はさまざまに展開しましたが、そのベースにあるのは今までやってきたことであり、急に変わったことをやるわけではないということを強調しました。
谷口 いちばんのポイントは何でしょうか。
西本 そこは3つありTSPと表現し、推進してきました。Tはトップ、トップがコミットを示すことです。2つめのSはソリューションで事業を通じて解決する、です。そしてPはパーティシペーション、全員参加です。
谷口 SDGsには、社会がこれまでにないほどの関心を持っていると思いますが、その背景はどうお考えですか。
西本 いろいろな危機感があるのだと思います。とくに気候変動は大きな問題で、途上国に限らずすべてに関係し、このままでは地球がおかしくなってしまうという危機感があると思います。
また、当社に関していえば、国連がSDGsを採択した2015年は開業100周年でもありました。それもあってこれからの100年に向かってどういうことを考えるのかというときに、ちょうどSDGsが提唱され、これはやはり事業を通じて社会貢献という当社の方針、原点と結びつけていこうという話になったということでもあります。
SDGsにある社会課題の解決は、社会全体の仕組みとして取り組む必要があります。当社においては、「環境負荷低減への貢献」、「食糧問題への貢献」、「ヘルスケア分野への貢献」を含む7つの最重要課題(マテリアリティ)を特定し、7つのマテリアリティごとに、住友化学グループとしての重要業績評価指標(KPI)を設定し、取り組みの進捗状況を確認していくことにしています。
◆仕事に誇り持つ
谷口 これまでの話にも関係すると思いますがSSS(Sumika Sustainable Solution)とはどういう考え方ですか。
西本 これもやはり事業を通じて社会貢献することですが、環境面からの低負荷という問題に焦点を当てているものです。社内で環境低負荷に貢献している製品とは何かを検討してリストアップしようということから始めました。これも事業を通じて地球環境を守り、持続可能な社会の実現に貢献していくという考えからです。
谷口 こうした事業方針のもと、社員のモチベーションを高めるには何が大事でしょうか。
西本 自分がやっていることがどれだけ社会に貢献しているのかということになると思いますが、消費財なら、どれだけ貢献しているかが分かりやすいと思いますが、われわれのような素材生産ではそれがなかなか結びつかないので、この製品は最終的にこれだけ社会貢献しているということを社外に対してはもちろんですが、社内に発信することがとても大事なことです。
100周年を契機に自分たちの仕事や取り組みが社会にどう貢献できるかということを逆に社員から投稿してもらうというプロジェクトも海外拠点も含めて実施してきました。自分たちの仕事がこれだけ環境や社会に貢献しているということを理解することは大事だと考えています。SSSに関しては、現在の認定製品・技術数は48、売上収益は約3800億円となりました。それをさらに増やしていくことが環境への負荷を減らしていくことにつながるということです。
◆より魅力ある農業の実現を
谷口 社員の方が自分の仕事に誇りを持つということが出発点になるということだと思います。
さて、日本の農業にはいろいろな課題がありますがメッセージをぜひお聞かせください。
西本 我々の基本的な考え方は現場のみなさんが必要とする様々な資材を提供しますということです。化学農薬、バイオラショナルをはじめ、米生産のビジネスなど、グループ会社も含めればあらゆる農業用資材を扱っていますから現場のニーズに合わせて、より効率的に農業生産ができるように貢献していきたいと思っています。
日本の農業は国内だけではなく海外も含めて考えなければならないと思います。日本は人口減少が確実で高齢化もしていきますから、やはり国内マーケットだけでは縮小していきます。農業は他の製造業のように海外で生産するわけにはいきませんが、マーケットは海外にもあります。ハードルはいろいろありますが、東南アジアだけをみても実はインディカ米は不足しています。
日本の青果物も評価は高いけれどもマーケットで認知されるにはもっとオールジャパンでアピールする必要があると思います。そういったことに取り組めば成長の可能性はまだまだありますから、私たちはそのサポートをしていきたいと思います。
そして、日本国内の農業の競争力向上に貢献するために、当社の取り組みとしまして、例えば、農家の方々の省力化に寄与するドローン向けの農薬を開発中です。また、新規剤の投入も予定しております。これからも様々な農薬・肥料の供給により、スマート農業などの省力化のニーズにも対応し、イノベーションによるソリューションの提供により、サステナブルな日本の農業を支えていきたいと思います。
日本の農業は多くの課題に直面していますが、将来の日本の農業は、新規就農者が増え、若い方々にも希望のある農業にしていく必要があると思います。これらの課題は、例えば、現場での新たな技術の導入や、様々な工夫や取り組みを積み重ねることで解決できるかもしれません。それを実現する上で、JAの長年にわたり各地域で築きあげてこられた信頼と協力のネットワークは非常に重要で、今後の課題解決で果たされる役割に期待します。
SDGs、そしてこれからの日本の農業の課題を解決していくには、目標17(パートナーシップで目標を達成しよう)にもある様に、パートナーシップが大事だと考えます。当社としましては、JAの皆様とのパートナーシップにより、より魅力的な農業の実現のため、共に歩んで参りたいと思います。
谷口 今日はありがとうございました。
【インタビューを終えて】
防虫剤を練り込んだポリエチレンと伝統的な蚊帳の融合で生まれたオリセットネット▼アフリカのマラリア撲滅の救世主は尖った研究者の努力とWHOの後押しによって世に認知された▼両者を結合したのはダイバーシティを重んじる老舗企業の起業の精神、自利利他 公私一如▼開業100周年の節目と国連の提起にハーモナイズしてSDGs2015の旗手となった▼西本麗副社長の淡々とした説明の端々に機を見るに敏な経営者の姿が▼SDGs世界ランキング15位の日本の地位向上に一層の貢献を期待したい▼MDGs2000がSDGsに飛躍した背景に気候変動問題解決が待ったなしという世界共通の課題があるのだから。
(谷口信和)
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