農政:持続可能な世界を拓く SDGsと協同組合
提言:広井良典 「地方分散型」の日本へ――AIが示す日本の未来2020年1月15日
若者の目が「地元」へ
広井良典京都大学こころの未来研究センター教授
この国のかたちが直面している課題は都市部への人口一極集中と過疎化が進む地方、そして2019年には今の鳥取県の人口に匹敵する50万人も減った人口減少社会への突入である。「日本は持続可能か?」という問いが浮かぶ。京都大学こころの未来研究所の広井良則教授に、こうした問題意識をもとにAI(人工知能)を活用して未来のあるべきこの国のかたちを探った。海外の事例も含め私たちが議論すべき論点を提示してもらった。
中心部からの自動車排除で「歩いて楽しめる街」(エアランゲン〔人口約10万人〕)
近年、あらゆる場面で「AI(人工知能)」という言葉を見聞きするようになりました。中にはAIの能力をいささか過大評価しているような議論も多く、「AIができること」については少し冷静な視点が必要と思われます。
一方、AIの活用について、実はまだ十分に論じられていないのが、それを未来社会の構想や公共政策に活用していくという可能性です。そして、これから御紹介させていただきますように、私たちの研究グループはここ数年そうした試みを進めてきました。
研究の出発点にあったのは、「2050年、日本は持続可能か?」という大きな問いです。現在の日本は、財政赤字が拡大し、莫大な借金をこれから生まれてくる将来世代にツケ回ししています。また特に90年代半ば以降、貧困世帯が増加し、格差が拡大し、特に若い世代は雇用や生活が非常に不安定で、これが少子化そして人口減少の大きな背景の一つにもなっています。一方、国際比較調査を見ると、現在の日本社会は先進諸国の中でもっとも社会的孤立度が高い国になっており、家族や集団を超えたつながりが希薄な社会になっています。さらに、地方都市ではいわゆるシャッター通りが増え、街の空洞化が進み、高齢化が進む中で買い物にも困難をきたす層が600万人ないし700万人存在するといった調査結果も出されています。
先ほど「2050年、日本は持続可能か?」と申しましたが、いま述べたような状況を踏まえれば、現在のような政策を続けていけば、未来の日本社会は「持続可能シナリオ」というよりもむしろ「破局シナリオ」に向かってしまうのではないか。こうした問題意識から出発し、それでは日本の未来が持続可能なものとなっていくには何が必要かを、AIを活用して探っていこうというのが私たちの研究の基本的な関心でした(図1)。
(図1)AIを活用した、持続可能な日本の未来に向けた政策提言
具体的には、京都大学に2016年6月に設立された「日立京大ラボ」との共同作業として研究を進め、一昨年9月に第一次の研究成果をまとめました。その内容は、財政赤字、少子化、環境破壊など約150の社会的要因からなる因果連関モデルを作り、2050年の日本社会が取り得る約2万通りのシナリオを分析し、日本が持続可能となるためにはどのような対応が必要かを明らかにするというものでした。
出てきた結果は、未来の日本の持続可能性にとって「都市集中型」か「地方分散型」かという分岐が最も本質的であり、その分岐は今から6-8年後に生じる蓋然性が高く、かつ人口や地域、格差や健康、幸福といった観点からは「地方分散型」の方が望ましいという内容でした。また、地方分散型シナリオへの分岐を 実現するには、環境課税、再生可能エネルギーの活性化、地域公共交通機関の充実などの政策が有効であることも明らかになりました。さらに、地方分散型シナリオにいったん進んだ後も、それが十分に持続可能か否かの分岐が約15-18年後に生じる可能性が大きく、持続可能な方向に導くためには様々な政策の継続的な実行が必要であることが示されました。
こうした試みは他にあまり例がないものであったため、公表以降、政府関係機関や地方自治体、企業等から多くの問い合わせをいただき、たとえば長野県庁や岡山県真庭市とは同様の研究を連携して進めています。中央省庁では文部科学省の高等教育局と、先ほどの研究結果に高等教育を組み入れた新たなシミュレーションを協働で作成し、一昨年11月の中央教育審議会の分科会・部会に報告しました。こうした「AIを活用した社会構想と政策立案」に関する試みは、まだ試行錯誤の未開拓のものですが、今後も発展していくと思われます。
◆若者の目が「地元」へ
ところで、先ほど日本社会の持続可能性にとって、「地方分散型」という方向が望ましいという結果が出たと言いましたが、現在の日本は一極集中が顕著であるため、そのイメージがつかみにくいという人が多いかもしれません。この点をもう少し具体的に明らかにするため、海外の事例や動向を見てみたいと思います。
冒頭の写真は、ドイツのエアランゲンという、人口約10万人の地方都市の中心部の様子です。印象的なこととして、ドイツのほとんどの都市がそうですが、中心部から自動車を完全に排除して歩行者だけの空間にし、人が「歩いて楽しむ」ことができ、しかもゆるやかなコミュニティ的つながりが感じられるような街になっているという点があります。ベビーカーをひいた女性や車椅子に乗った高齢者がごく自然に過ごしている様子がわかります。
加えて、人口10万人という規模の都市でありながら、中心部が活気あるにぎわいを見せているというのが非常に印象的で、これはここエアランゲンに限らずドイツの中小都市に広く言えることです。残念ながら、日本での同様の規模の地方都市はいわゆるシャッター通りになり空洞化しているのがほとんどという状況です。
一般に、ヨーロッパの都市においては1980年代前後から、都市の中心部において大胆に自動車交通を抑制し、歩行者が"歩いて楽しめる"空間をつくっていくという方向が顕著になり、現在では広く浸透しています。このような都市や地域のあり方が、先ほどの「地方分散型」の豊かさのイメージにつながると思います。
いままちづくりや都市についてお話しましたが、「地方分散型」という点に関してもう一つ重要なのは、人々の意識や行動、価値観に関することです。
これは私にとって身近な話となりますが、ここ10年くらいの傾向として、ゼミの学生など若い世代を見ていて、「ローカル」なものや地域、地元といったことへの関心が確実に強まっていることを感じてきました。
たとえばある学生は、「自分の生まれ育った街を世界一住みやすい街にすること」をゼミでの研究テーマにしており、別の学生は地元の農業をもっと活性化させることを最大の関心事にしていました。また別の学生は「愛郷心」を卒論のテーマにし、それを軸にした地域コミュニティの再生を掘り下げていました。
あるいは、もともとグローバルな問題に関心があり、1年間の予定でスウェーデンに留学していた女子の学生が、やはり自分は地元の活性化に関わっていきたいという理由で、留学期間を短縮して帰国したという例もありました。
日本の総人口の長期的トレンド
私はこうした若い世代の意識のあり方は、先ほどの「地方分散型」という方向とつながると同時に、これからの社会の一つの潮流を示していると思います。時代の大きな流れを振り返りますと、今ご覧いただいている(図2)に示されているように、明治の初め以降の日本は、急激に人口が増加し、経済の規模も大きくなっていきました。この人口増加の時代とは、他でもなく「すべてが東京に向かって流れる」時代であったと言えるでしょう。中央集権化がどんどん進んでいった時代とも言えます。それが、2000年代後半から日本は人口減少社会となり、これまでとは大きく異なる動きが進んでいくことになります。先ほど述べた若い世代の意識や行動は、こうした新たな時代の流れを先取りしているとも考えられます。
私たちは真の意味での「豊かさ」を実現していく時代の入り口に立っているとも言え、AIの技術も活用しながら、持続可能な日本の構想を正面から議論していくことが求められているのではないでしょうか。
広井 良典
(ひろい よしのり)
1961年生まれ。1984年東京大学教養学部卒業(科学史・科学哲学専攻)、86年東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了(相関社会科学専攻)、86-96年厚生省勤務、96年千葉大学法経学部助教授、2001-02年 マサチュ-セッツ工科大学(MIT)客員研究員、03年千葉大学法経学部教授、16年京都大学こころの未来研究センター教授。最近の主な著書に『ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来』(岩波書店)、『人口減少社会という希望――コミュニティ経済の生成と地球倫理』(朝日新聞出版)、『創造的福祉社会』(筑摩書房)『コミュニティを問いなおす――つながり・都市・日本社会の未来』(筑摩書房・第9回大仏次郎論壇賞受賞)などがある。
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