農政:緊急特集・衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち
【衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち】姉歯暁 駒澤大学教授:コロナ禍の真の災禍とは何かを考える2020年5月4日
コロナウイルスは、あらゆる分野に大きな影響を与えているが、姉歯暁駒澤大学教授は「日本国民であること自体がすでに高リスク」であると指摘したうえで、特に医療崩壊を中心に今後のあり方を提言する。
1、国民相互に憎悪を生み出す政府
3月20日号の「農業協同組合新聞」クローズアップで示されたようにCOVID-19による農業への打撃は計り知れないものとなっている。外食産業、宿泊業、娯楽業関係は壊滅的打撃を受けて瀕死の状態にある。りそな総合研究所の試算によれば、「緊急事態宣言」によって全国の消費は約5兆円のマイナスになるという。5兆円といえば、消費税を8%から10%に引き上げた増収分が5兆円なので、すでに非正規、外国人労働者を中心に雇い止めが相次ぎ、明日の食べるものさえ事欠く労働者が増えてきている。コロナウイルスは、その拡大によって日本を激変させたというより、日本の脆弱さの根源を可視化した。
今回の新型コロナウイルス に対する世界各国の政策を比べてみると、今、日本国民であること自体がすでに高リスクであることがわかる。
イギリスでは自営業者もフリーランスも全員の所得の8割が政府によって補填されている。上限は月額約34万円である。すでにコロナを抑え込むことに成功したと評価の高いドイツでは従業員5人以下の事業者には3ヶ月間で約108万円、10人までの事業主には約180万円を支給し、申請はネット上でも行える上に簡単なので、申請のために窓口に並ぶ必要もない。しかも、6月まで待つ必要もなく、直ちにお金が払いこまれる。フランスもオーストラリアもスペインも韓国も、その金額の大きさとスピードが国民に安心感を与えるものとなっている。ただでさえ、命の危険を日々感じながら暮らす国民は、精一杯この未曾有の危機と闘っているのだ。
「国民にはこれまで以上の協力をいただく。」(首相発言4月6日)と首相は言明したが、政府が繰り返す休業「要請」は強制力を持たず、事業者は何ら経済的補填を受けられないまま、我が身を滅ぼしてもなお国家の方針に従わざるを得ない。他県ナンバーの車への憎悪、スーパーやドラッグストアの行列を「暇な高齢者が買い占めている」と非難するエイジズム(年齢差別)、休業しない店への嫌がらせ、医療関係者への差別、将来の雇用継続に不安を抱えながらストレスを溜めていく人々、これらを生み出した責任は政府にある。政府が損失補填を約束し、イギリスのように労働者の所得を保証するから休業命令に従って欲しいと言えば、国民は税金を払ってきたよかったと安堵し、この強敵と闘えというのであれば団結しようではないかと考えたであろう。韓国、中国、ドイツやイギリスで起こっていることを見ればそのことは誰の目にも明らかである。
日本では、残念ながらコロナウイルスとの闘いの前に差別との闘い、雇用喪失の恐怖との闘いが必要となっている。安倍政権は、外国人差別、性差別、年齢差別、被害を受けたものの方が糾弾されるあの原発事故の後の福島の人々が経験した差別と同じく、コロナ対策の失策ぶりを国民の相互監視と相互抑制に置き換える方法で再び責任を免れようとしているのである。
2、採算性という短期的(短絡的)思考がもたらした災禍
4月20日号の「農業協同組合新聞」で田代洋一氏が書かれているように、コロナショックとは今日の日本に存在する社会の歪み、すなわち、コロナウイルス以前にすでに存在していたリスクが一気に噴き出しただけでのことである。例えば、非正規労働者はすでに4割を超えており、今回のコロナ問題でその生活は一気に不安定なものとなった。外国人労働者、アルバイト、パートは真っ先に首切りにあい、感染症の不安より明日の食の心配で殺されそうだとの声が上がっている。国民の心をわしづかみにできている海外の事例では給付は直ちに行われる。当たり前だ。明日どうなるかを心配しているのに、申請書を書き、返送し、送金は来月では死んでしまうではないか。この問題だけでも紙面から溢れるほどの悲嘆の声が届いているが、現状も、そしてこれから改めて物作りを重視する方向へという田代氏の主張に大賛成であり、これに尽きると思うので、ここでは医療崩壊リスクに関してのみ触れようと思う。
感染症患者の急増による医療崩壊は昨年にはすでに予想されたリスクであった。昨年9月末、厚労省は公立病院の再編・統合を進めるための「地域医療構想」なるものを打ち出した。全国424の公立病院を「非効率」と名指しして病床数の削減や診療科目の削減、廃止などに着手するよう要請したのである。それも、最大のターゲットとされたのは、このコロナウイルスで現在最も必要とされている急性期病床の削減であった。
JA厚生連の病院を始め地方の農村部に歩いてたどり着ける診療施設をとの農民の切なる願いを体現したものが現在全国に散りばめられた公的病院である。そうした歴史を省みることなしに、人口が将来減少していくのだから病床も不要だとするなんとも単純な推計で進められた計画であった。
そもそも人口減少と高齢化の進行はカードの表裏であり、高齢化に対応するためにはこれまで以上に急性期医療が重視されるはずである。平時に必要とされる病床数では、有事に対応できるはずもない。
いきなり大量の傷病者が発生するという経験はこれが初めてではない。東京でも地下鉄サリン事件発生当時、私たちは倒れた人々と100名を超える患者をいちどきに受け入れた聖路加病院で礼拝堂までを臨時の病室に変えながら医療関係者が走り回って対処をしていた様子を見ていたはずである。その時も、聖路加が引き受けるまで、患者の受け入れ先を確保することが絶望的に困難だったことはよく知られた話である。机上で不採算部門の抽出作業を行うことはこうした医療関係者や生命への冒涜であることを、この際私たちはコロナを通じて再び思い知らされているのである。
そもそも、医療に採算性を求めること自体がナンセンスなのである。病気にかかりやすいのは若者より高齢者、富者より貧者、社会的弱者といわれる人々である。医療が贅沢品になった途端、社会の安定性は損なわれ、景気動向や突然起こる災禍で立ち直れない人々が増えていく。そうなれば、近い将来コロナウイルスを駆逐することができたとしても社会全体の立ち直りは明らかに遅くなる。今すぐにでも、政府は「地域医療構想」を白紙撤回したのち、これまでのコロナの失策を踏まえ、地域医療の一層の高度化と高齢者対応の急性期病床、そしてそれに技術的に対応できる医師の増員を方針に盛り込んで再提案を行うべきである。
3、アジアの国々の発展を認めたくない政府がもたらした災禍
日本の侵略統治、朝鮮戦争、MARSなどの苦難の経験に学んだ韓国と、武漢での感染拡大にいち早く反応し、どこの国より早く国民に手洗いの方法を周知し、感染拡大に備えた台湾といったアジアの隣国に学ぶことを拒否し続けた結果、日本は多くの命を失い、いまだに苦難の中にある。ネット上には、当初から武漢の苦闘への嘲笑と中国人ヘイトの言葉が溢れてはいたが、そのようなものは感染拡大を食い止めるグローバルな連帯から日本が幾重にも遅れをとることを助長しただけのことであった。イギリスのBBCやアメリカのCNN、ABCでは、日々韓国の検査方法や中国武漢の医療チームから出される医療情報が報道されていたが、日本ではその声は小さく、ヘイトにかき消されていった。
結局、韓国のドライブスルー検査をいち早く導入したのは厚労省ではなく新潟市であった。その後、国民の声に押される形で厚労省が許可を正式に出したのは4月15日、この方式が韓国北部の都市高陽に導入された2月26日からすでに1ヶ月以上経過していた。昨年11月末の武漢の様子を目にしながら、自国でも病院に大量の患者がいちどきに運び込まれる光景を想像できなかったことと、その後の中国や韓国、台湾の成功事例を取り入れるどころか、無視し続けた政府の責任もまた今後追求されるべきことである。
4、コロナ後の世界を考える余裕を与えよ
これ以後掲載する写真はいずれも、武漢大学で教員や学生、地域住民が各地から届く食材を仕分け、高齢者の家の戸口まで運ぶ様子(武漢大学の研究者仲間から提供された写真です。)
安倍政権の体たらくぶりに対して、国民に、この数ヶ月間を持ちこたえる力を与えてきたものは、これまで安倍政権が破壊しようとしてきたものであった。例えば、それは、戦後の民主主義が作り上げられていく中で暮らしを支える機能を果たしてきた協同組合運動や、自由貿易に抗してかろうじて生き残った食料の安定供給体制、そしてこの間に新たな流通手段として根づいた宅配システム、また、医療の現場で、福祉の現場で市場原理主義に抵抗を続け、なんとか今のところまでは医療の崩壊を食い止めるだけの手段を残してきた運動である。
酒造会社は消毒用の高濃度アルコールの生産に着手し、すでに国や地域の医療機関や介護施設への有償・無償の配布を始めている。酒税法や消防法という壁に阻まれながらではあるが(規制緩和が大好きな自・公政府はなぜこの緊急事態にあって刀を振るわないのか。今なら反対する者はいないだろう)。
実は、マスク不足に端を発してトイレットペーパーなどの紙製品が再び街から消えた時も、生活協同組合の組合員は慌てずに済んだ。ほんの1~2週間、欠品が発生したものの、組合員が入手に困る事態が発生することはなかった。生協が以前より紙製品のリサイクルを進め、独自の生産―流通ルートを持っていたこと、複数の業者と直接消費者を結びつける生協ならではの生産者集団とのネットワークを利用することができたこと、また、生協側で一部の組合員に供給が偏らないよう調整をかけることが可能であったことが功を奏したのであった。これは、非常時にいかに物流をコントロールすることがパニックを回避することにつながるかを証明したような出来事だ。
欧米各国で発生したような食料品が全て棚から消えるような事態は韓国でもそうだが日本でもなんとか回避できた。納豆やコメ、パスタなど一部の食品は一時的に棚から消えたが、それらはすぐに補充され、それほど大きな問題にはならなかった。
ただし、産地では外食や祭事に、あるいは輸出に回るはずだった食材がだぶつき、給食という大規模市場をいっぺんに失い多くの農産物、魚介、酪農品が行き場を失った。農水省はそれなりに支援はしているが、相変わらず送料負担くらいのけち臭い支援にとどまっている。農水省は、もしくはJAは、こんな時にも平気でイージス艦などを買い込む安倍政権から予算をもぎ取り、給食に栄養補給を頼っていたシングルファミリーや相変わらず輸入食材に頼っているコンビニ弁当で命を繋いでいる高齢者、炊き出しがなくなり困惑するホームレスをはじめとする社会的弱者に対して、余剰食材をすべて買い上げて箱詰めにして届けるくらいのことをしてみてはどうか。
武漢では、感染でロックアウトになるニュースが流れた当初、市民はスーパーに押しかけ、そこで感染がさらに拡大したことを受け、中国政府は直ちにスーパーも含めて閉鎖、食材を分配するシステムを構築した。武漢大学の教員、学生から一般市民までが自由意志でボランティアとして参加し、タクシー、大学が持っているバス、路線バスを宅配用に転用し、食材を振り分けたり戸口まで届けた。韓国では、給食食材を箱詰めにして児童の元に毎日届けた。いずれも、あなた方のことを忘れていないという政府からのメッセージであり、それがコロナに打ち勝つ連帯感を作り出すために必要なことなのだ。
しかし、どうやら、私たちの政府はそんなものを作り上げようなどとは微塵も考えていないらしい。そうだとすれば、やはり私たちは声をあげ、諸外国の事例を見習え、金を出せ、分断をやめろと言い続けていかねばならない。
【緊急特集・衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたちの記事一覧】
・田代洋一 横浜国大・大妻女子大名誉教授:日本の「歪み」映し出すコロナは「鏡」
・鈴木宣宏 東京大学教授:一部の利益でなく国民の命が守られる社会に
・山下惣一(農民作家):多極分散国づくりめざせ
・金子勝 立教大学特任教授:東アジア型に新型コロナ対策を転換せよ
・普天間朝重 JAおきなわ理事長:「さあ、始まりだ」。協同組合が終息後の社会の中心軸に
・姉歯暁 駒澤大学教授:コロナ禍の真の災禍とは何かを考える
・森田実 政治評論家:コロナショックによる世界の大変動と日本の選択
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