農政:緊急特集・衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち
評論家・中野剛志 収束後も国家の統制力は強化【衝撃 コロナショック どうするのか この国のかたち】(下)2020年5月15日
◆福祉国家も「置換効果」の産物
問題は、この戦時経済のような事態が長期化すると、コロナ危機が収束した後もコロナ危機以前の状態には戻らなくなるということである。拙著「富国と強兵-地政経済学序説」(東洋経済新報社)で論じたことだが、これは実際に過去の世界大戦において起きたことであった。
例えば、財政の規模は戦時中、軍事費の膨張により肥大化する。ところが、戦後、軍事費は縮小しても、財政規模全体は戦前の水準には戻らないという現象が起きる。軍事費を民政費が代替するのである。これを「置換効果」と言う。例えば、1929年時点の英仏独のGDP比中央政府支出は15%程度、米はわずか3%であったが、戦争を挟んで1962年時点では英仏が約25%、独が約20%、米に至っては約18%とおよそ6倍になった。
戦後に軍事費を民政費が代替して「大きな政府」となったということは、言い換えれば福祉国家となったということである。まことに逆説的なことであるが、実は福祉国家を生んだのは戦争国家であった。総力戦においては、政府は国民の生活衛生や健康管理を重視するようになる。兵士となる国民を強壮にするためである。例えば、日本の厚生省が発足したのは日中戦争時であった。この戦時中に構築された厚生政策は、戦後も残存して福祉国家となったのである。
もし、今回のコロナ危機においてもこの「置換効果」が働くならば、コロナ危機が去った後も国家の経済管理は、コロナ発生以前の水準には戻らないということになろう。
◆社会主義、大きな政府は必然か
欧州では、政府支出がすでにGDPの40%以上を占める国が少なくなく、仏などは55%を超えている。ちなみに米は約35%、日本は約37%である。コロナ危機では、これに加えてさらにGDPの1~2割の規模の経済対策が行われている。コロナ危機が長期化するならば、政府支出の規模はさらに大きくなるであろう。ここで「置換効果」が働くなら、コロナ危機の後、GDPの半分かそれ以上を政府支出が支えるような経済が出現することになる。それはもはや「社会主義」に近い。
経済学者ローレンス・サマーズが主張するように、21世紀の先進国経済は、需要不足・供給過剰が慢性化し、低成長と低インフレ・低金利が続く「長期停滞」の状態にあった。このような「長期停滞」の下では、低調な民間部門に代わって政府部門が投資を行うなどして、財政支出を拡大しなければならないとサマーズは言う。すなわち、21世紀の経済は、もともと「大きな政府」を必要としていたのである。だとするならば、コロナ危機対策としていったん拡大された政府支出を、危機収束後に危機以前の水準にまで戻す理由がない。
また、コロナ危機で行われているのは、単なる政府支出の量的な拡大ではない。民間企業が支払うべき給与を政府が肩代わりするかのような休業補償や、「ベーシック・インカム」とも言える給付金である。失業者を公務員として雇用しようとする動きもある。また、危機が深刻化すれば、重要産業や中堅・中小企業への資本注入も行われるだろうが、それは言わば産業の国有化である。このように、コロナ危機下の各国政策は量的のみならず質的にも、ほぼ社会主義化している。
しかも、世界にはパンデミック以外にも保護主義、地政学リスク、テロリズム、自然災害、気候変動、食料問題など、国家の強力な管理能力を必要とするリスクはいくらでもある。こうしたリスクは、今後さらに高まっていくものと思われる。だとすると、各国はパンデミックが収束しても「社会主義」的措置を解除して元に戻ることは、そう簡単にはできないであろう。
◆アフターコロナの国家運営注視
以上の立論から、アフターコロナの世界は多かれ少なかれ、「社会主義」化の方向へと向かうという予想が導かれる。グローバリゼーションが終わるのは当然として、国家の経済管理は強まり政府支出も公務員数も格段に増えて、「大きな政府」となっていくのである。
もちろん、この「社会主義」化は自然現象や歴史の法則ではなく、各国の政治的意志が決めることである。従って、イデオロギー上の理由から「社会主義」化を拒否することも可能である。実際、そういった国も出てくるであろう。また、「社会主義」化へと舵を切ったが、政府の能力不足でその運営に失敗する国も現れよう。
だが、「小さな政府」「財政健全化」「グローバリゼーション」といった従来の路線に固執し変化を拒んだ国家が、コロナ危機とアフターコロナの残酷な世界を生き残れるかどうかは、保証の限りではないのである。
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