農政:コロナ禍 どうなるのか?日本の食料 変動する世界の農業生産
米国農業 5つの落とし穴(上)【コロナ禍 どうなるのか?日本の食料 変動する世界の農業生産】2020年8月24日
新型コロナウイルス感染症の拡大で農業生産や農畜産物の流通が滞り、世界的に食糧供給が変調をきたしている。コロナ禍が長期化すると、影響が広がる恐れもある。生産・消費大国である米国と中国におけるコロナ対策と食糧事情について、フリーライターの山田優氏、森泉氏の両氏にレポートしてもらった。
生産・価格にじわり影響
現金支援も農家の疲労は蓄積
新型コロナウイルス感染者と死亡者数が世界でいちばん多い米国。世界最強を標ぼうする米国農業にもパンデミックの影は忍び寄る。一時の混乱は収まり、現場は平静を取り戻した。しかし、地球温暖化やインフラ劣化など米国農業が抱える深刻な課題は根深い。長い目で見れば5つの落とし穴が待ち構え、米国農業の没落の始まりになる可能性もある。
穀物収穫風景(米農務省提供)
深刻さのない穀類業界
米国内で感染拡大しているものの、はたから眺めるかぎり、米国農業に大きな打撃を与えているようには見えない。トウモロコシや大豆、小麦などの基幹作物の場合、1家族で数百ヘクタールという大規模な経営をしている。隣の家が見えないのは当たり前で、都市の三密状態とは程遠い。食肉処理場などの例外を除けば、農業地帯の感染は軽微だ。穀物農家の多くは家族だけで巨大なトラクターやコンバインを駆使して黙々と作業を進める。
米国内の穀類業界が深刻だと受け止めていない証拠は米農務省の資料からもうかがえる。
同省は毎月、世界農産物需給予測を発表する。シカゴ相場を決めるのに最も重要なデータだ。先物市場のトレーダーはもちろん、飼料会社や食品企業の関係者は目を皿のようにして約40ページの報告書を読む。
8月分は12日に発表された。新型コロナに触れたのはわずか1か所だった。小麦需要の中で外食がわずかに減る見通しとあるが、その他の穀類では記述はない。新型コロナが米国産農産物供給の混乱要因になると業界が見ていないことを表している。
では、米国農業はコロナ感染が広がる中でも順風満帆なのだろうか。私は長期的には5つの落とし穴があると考えている。
縁の切れ目が金の切れ目
第1は農家の疲弊が蓄積していることだ。カンザスシティとシカゴの連邦準備銀行はそれぞれ8月のレポートで、「コロナの感染拡大は農家経済と財務に大きな影響を与えている」と報じている。トランプ政権の米中貿易戦争をきっかけにした穀類価格の下落に加え、パンデミックの影響による値下げ圧力を通じ農家の手元流動性資金が急減。長引けば融資の返済繰り延べなどの金融問題に発展する可能性があると指摘した。70億ドル(約7000億円)という多額の「農家向けコロナ対策現金支援が経営を下支えしている」と両銀行は分析しているが、11月の大統領選挙後もこうした補助金が継続する保証はない。
選挙が済めば政治家が冷たくなるのは万国共通。この場合「縁の切れ目が金の切れ目」ということだ。
米国農業は、ブラジル、アルゼンチン、ロシア、ウクライナなど低コストを武器にした新興農業大国の追い上げに直面している。小麦や大豆などで世界第1位の輸出大国の地位から滑り落ちている。牛肉も同様だ。米国は、こうした国々との終わりのない価格競争に追い込まれている。ガチンコの体力勝負が続けば、赤字経営と農地価格の暴落で離農が相次いだ1980年代の農業不況の再現すら現実味を帯びる。
物流インフラ悪化に拍車
第2の不安は物流インフラの劣化が加速する可能性だ。米農業の強みは収穫地のカントリーエレベーター、はしけを使った低コスト輸送、効率的な作業を可能にする輸出基地など総合的な物流システムにある。農業大国にとって農業生産と同様かそれ以上に大切な役割を果たしてきた。しかし、高速道路や橋梁、河川施設は、あちこちで更新時期を迎えながら予算不足で改修が進んでいない。
インフラ改修とコロナとは直接関係ないようにも見えるが、実は問題はつながっている。
米国の民間建設業界団体は8月、パンデミックの影響でインフラ補修に回るガソリン税収が3割減り、各州が予算不足に直面していると窮状を訴えた。また、感染の広がりで補修工事が滞っているとの報道もある。危機感を強める業界は、日本円で5兆円を超える緊急インフラ改修予算を要求しているものの、コロナ対策に追われる政権や議会の反応は薄い。インフラ劣化という深刻な現実が目先の課題の影に隠れ、対策が先送りされている。
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