農政:2020年を振り返って
緊張激化する米中関係-難しい日本の舵取り 孫崎 亨(評論家)【特集:2020年を振り返って】2020年12月2日
2020年を振り返っての第2回は、評論家の孫崎亨氏。孫崎氏は米国大統領がトランプからバイデンへ移行することで米国は何が変わるのかを分析するとともに、激化する米中関係の中で、日本の舵取りが難しくなると指摘しています。
コロナが触媒で、アメリカ・ファーストから軍産複合体、金融資本の代弁に
2020年.世界の政治、経済のほとんど全てがコロナ感染と関連している。コロナ感染がなければ、トランプ大統領が再選された可能性は強い。バイデン元副大統領は、トランプ大統領のコロナ対策の失敗追及に終始し、それで大統領選を勝ったといえる。そしてバイデン氏の勝利は、これから4年間の米国の基調を作っている。
日本ではトランプが敗北宣言を行わないことがテレビ等で連日報道されたが、バイデン大統領の誕生でどう変わるかの言及はほとんどない。バイデン政権は、これまでのどの政権よりも、軍産複合体(国防省と軍事産業を一体とした組織)とウォール・ストリートを代表とする金融界とグローバル企業の利益を代弁する政権となろう。
トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」を政策の柱とした。経済では米国国内にある企業を保護することを優先し、外国製品には高額の関税をかけることを目指した。
トランプの安全保障政策に危機感
この「アメリカ・ファースト」は安全保障政策にも言える。トランプは1946年生まれ。ベトナム戦争は1975年終結、トランプ29歳の時である。つまり、トランプは徴兵制でベトナム戦争に参加する年齢である。偽証診断書を使用したと言われているが、彼は徴兵されていない。ベトナム戦争は、ベトナムが北によって統一されれば、ドミノで東南アジアが赤化する、それを阻止しなければならないと言って戦った。北越により統一されたがそのような事態は起こっていない。それだけでなく、今日ベトナムは東南アジアで最も親米的政策をうちだしている。こうした状況を見れば、いわゆる軍産複合体の説く軍事理念にトランプが不信感をもっていても自然である。
「アメリカ・ファースト」を唱えるトランプには海外の米軍基地は必要ない。トランプは全ての米国兵が、米国本土に引き上げればいいと思っている。そしてトランプは(1)在独軍事基地の一部閉鎖、(2)アフガニスタンからの全面撤退、(3)北朝鮮との間で正式に朝鮮戦争を終え平和条約の締結を目指した。これらの一部が動いたが、いずれも従来の軍事関係者の抵抗に会っている。
こうしたトランプの動きに危機感を持った489名の安全保障関係者が9月下旬、トランプを非難し、バイデンを支持する公開書簡に署名した。この中には、元国防長官、国務長官、CIA長官、陸・海・空・海兵隊の将軍が含まれる。こうしたことは歴史的になかったのでないか。
バイデンは大統領選最終討論会において、金正恩、中国の指導者(習近平)、プーチンを「thugs」と表現したが、オックスフォード辞書は、「thugs」を「凶暴な人物、特に犯罪者」としている。このことは、バイデン政権の発足時、北朝鮮、中国、ロシアと緊迫した状況になるとみていい。
TPP復帰と仲裁裁判所
では金融資本、グローバル企業が対外関係で何を目指すか。日本に対して、経済・社会でグローバル企業の利益確保を保証する体制への一段の促進を求める。
このグループは出来れば米国のTPP復帰を目指したい。その要は仲裁裁判所にある。ここでは、仲裁裁判官の一人は受入国側の指名、今一人は企業側の指名となる。これでは決着つかないので仲裁裁判所が推薦する一名が入る。この仲裁裁判所推薦の裁判官は基本的に大企業を顧客とする弁護士となる。つまり裁判にかけられた時点で、企業側の勝利が約束される。
ただ今回バイデンの勝利には左派の貢献が大きい。左派の代表は今次民主党候補者選出の段階で健闘したエリザベス・ウコーレンである。彼女はTPPに強く反対してきている。バイデンが左派とどう折り合いをつけるかがTPP問題の動向を決める。
こうした短期的動きは別として、今世界情勢の歴史的変革の中にある。日本の中ではほとんど知られていないが、中国経済が量、質共に米国を凌駕しそうである。この動きが2020年顕著になった。
質・量ともに米国を上回る中国の力
世界最強の情報機関CIAは「WORLD FACTBOOK」という公開サイトを持ち、購買力平価ベースを使用して各国の経済力比較を行っている。中国は25,3兆ドル、米国19.3兆ドル、規模では中国の方が上である。コロナは世界中に被害を与えたが、中国は比較的早く立ち直り、米国は依然厳しい状況にある。ここで、米中の格差は中国優位の方向に働く。
さらに中国は質でも優位に立ちつつある。通信の5Gは大量の情報を瞬時に送付できるので、通信、医療、運輸、建設等様々な技術革新につながるが、特許保有宣言数では中国のHuawei が 3325、ZTE が2204、他方米国のカルコムが1330、インテルが934である。又、文部科学省傘下の科学技術・学術政策研究所が発表した「科学技術指標2020」の中で、「自然科学の論文数で中国が米国を抜いて初めて世界1位となった」と記載した。
今日、米中間で緊張が激化しつつあるが、その最大要因は、米国が経済の質・量ともに追い抜かれる状況を認識し、この状況を政治力で覆そうとすることにある。
日本はその渦中にあり、米国の強い圧力の中、舵取りは極めて厳しい。
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