農政:東日本大震災10年 命を守る協同組合
【特集:東日本大震災10年 命を守る協同組合】インタビュー:農協は大局的視野を 地域守る自力を磨け 白井聡 京都精華大学人文学部専任講師2021年3月9日
2011年3月11日の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故から10年が経った。地震と津波そして原発事故によって、地域経済を支える農林水産業は大きな被害を受けた。さらにこの10年間に国の農業政策によって日本の農業は大きく変わらざるをえなくなってきた。こうしたことを含めて、今後の農業、そしてこれからの社会のあり方と協同組合の果たす役割について、政治学者であり社会思想史家である京都精華大学の白井聡氏にインタビューした。(聞き手・構成:中村友哉)
白井聡 京都精華大学人文学部専任講師
日本が食料不足に陥る日
――東日本大震災から今年で10年を迎えます。原発事故や津波によって東北地方の第一次産業は大変な打撃を受けました。いまだに復興は道半ばという状況ですが、そうした中で日本政府は農業分野に新自由主義政策を持ち込み、「稼げる農業」などを喧伝してきました。こうした政策をどのように見ていますか。
白井 日本政府の狙いは、市場競争に勝てる農家だけを残し、その他の農家に退場してもらうことにあります。これは言い換えると、農業は大規模農家にやってもらい、中小零細農家は切り捨てるということです。農業への株式会社の参入や農協改革などの目的もそこにあります。
しかし、この間行われてきた新自由主義改革が農業にとって望ましい成果をもたらしたかと言えば、そうではありません。むしろ事態は悪化しています。
特に深刻なのが食料自給率です。日本の食料自給率はきわめて低い水準にとどまっており、向上の兆しが見えません。いまは外国からの輸入で賄うことができていますが、いつでも輸入できると考えるのは間違いです。
実際、今回の新型コロナウイルスによる物流の混乱を受けて、食料生産国は国内供給を優先し、食料輸出を制限するようになっています。まず自国民の食料を確保しようとするのは、国家として当然の振る舞いです。危機的状況が訪れれば、自由貿易の理念などあっという間に吹き飛んでしまいます。それは国際社会で繰り広げられている新型コロナワクチンの争奪戦を見れば明らかでしょう。
これから先、新型コロナと同じようなウイルスが再び流行しないとは言い切れません。現在では気候変動も進んでおり、干ばつや水害も大変な問題になっています。バッタの大量発生が食料生産に与える影響も無視できません。また、原発事故はもう一度きっと起きるでしょう。本質的には何の反省もしていないのですから。そのため、日本の食料自給率が現在のままでは、いざというときに食料不足に陥ってしまう可能性は十分あるのです。
もう一つ深刻な問題をあげれば、農業従事者の減少です。大規模農家以外を切り捨てていけば、農業の担い手が減っていくのは当然です。その結果、田んぼや畑は荒廃し、「里山」と呼ばれる領域もどんどん減少しています。
里山とは文字通り、人里と山の中間領域です。そのため、里山がなくなると、人間は山と直接対峙しなければならなくなります。昨今の鳥獣被害の一因はここにあります。私が住んでいる京都でもイノシシや熊の出没が相次いでいます。人間の手の入らなくなった自然が都市を包囲して浸食しつつあるのです。
農業の新自由主義改革がこうした状況を生み出したとすれば、日本がとるべき農業政策は決まっています。新自由主義路線から転換し、中小零細の農家を適切に保護することです。いくら新自由主義改革を進めても食料自給率が上がらなかったのだから、いい加減、新自由主義改革の過ちに気づくべきです。
そもそも各国には、それぞれの風土や地形に規定された農業のかたちがあるはずです。兼業農家による小規模な経営が多いという日本の農業の在り方は、国土の条件に照らせば不合理とは言えません。国土の条件に適合した農業経営に基づいてどうやって自給率を上げられるのかを考えた総合的な政策が打たれるべきなのです。
農業は資本主義と根本的に相容れない
――白井さんは『武器としての「資本論」』(東洋経済新報社)で、マルクスの資本論について解説しています。資本論では、農村共同体の解体が資本主義の始まるきっかけになったとされています。そこから考えると、そもそも農業は資本主義と相性が悪いのではないでしょうか。
白井 『資本論』を繙(ひもと)くと、産業資本主義の勃興が農業に与えた深刻な影響が見て取れます。マルクスが考察しているのは英国の「囲い込み(エンクロージャー)」についてです。囲い込みとは、耕作地に柵を立て、立ち入り禁止にしてしまうことです。近世英国では毛織物産業が発展し、その原料である羊毛の需要が高まっていました。そこで、英国の土地所有者たちは一もうけしようと考え、農地から牧羊地への転換を図ります。農民たちは反発しますが、土地所有者は彼らの反対を押しのけ、強引に牧羊地へと転換していったのです。
その結果、農民たちは土地を追い出され、生活手段も失ってしまいます。彼らに残されたのは自らの労働力だけでした。そこで彼らは都市に流入し、自らの労働力を売る賃金労働者になりました。彼らのような「寄る辺なき労働力」、何も持っていない労働者こそ、産業資本主義が成立する条件なのです。
このような歴史的背景から考えれば、資本主義が農業と対立するのは当然なのです。それは、農村共同体に対して破壊的な作用を及ぼしました。
また、生産性という観点からしても、農業は資本主義と相容れない、というか工業生産品とはそもそも勝負することができず、何の保護もなければ劣位に置かれることになります。というのは、私たちの生産活動は根源的には太陽エネルギーに基づいています。たとえば、農業生産はたいてい1年サイクルで、1年分の太陽エネルギーをもとにダイコンなりハクサイなりが作られます。林業の場合はもっと多くの太陽エネルギーが必要で、数十年分の太陽エネルギーが集約されてやっと木材になる木ができます。
これに対して、工業生産では多くの場合、化石燃料が使用されています。化石燃料は太古の動植物などが数億年という時間をかけて蓄積したものですから、数億年分の太陽エネルギーを含んでいる計算になります。
つまり、物を作るに際して、農業が1年分の太陽エネルギーが降り注ぐのをじっと待ってしか使うしかないのに対して、工業は数億年分の太陽エネルギーを一瞬で使って作っているということです。ですから、農業が工業に生産性で太刀打ちできないのは当然のことです。
もちろん農業も機械を導入したり化学肥料を大量投入するなど、化石燃料抜きにはあり得ないテクノロジーを用いています。しかし、いくら機械化しても、農業の工業化には限界があります。それゆえ、産業資本主義の世の中では、市場に任せればどうしても農業は工業に対して従属的な立場に置かれてしまうのです。
協同組合は権力から自立すべきだ
――農業が資本主義と根本的に対立するなら、農業を復活させるには資本主義と距離を置くことが重要になります。
白井 それについて考える上で参考になるのが、江戸時代の「座」です。「座」は生産を規制する仕組みで、「座」に加入しない限り生産も販売も認められませんでした。くぎ一本作るにしても、くぎの「座」に加盟しなければ自由に作ることができませんでした。
それゆえ、「座」が強い影響力を持っていたころは、日本の生産力は低位の状態に押しとどめられていました。このような「座」の統制を取り払ったのが近代資本制社会です。これにより、日本の生産力は向上し、近代化に成功しました。
しかし、生産力の向上は無条件に人間を幸福にするわけではありません。生産性が向上し、これまで1万円の原価がかかった商品を8000円で作れるようになったとします。消費する側から見れば、同じ商品がより安く手に入るようになったということですから、望ましいことかもしれません。しかし生産する側にとっては、製品の社会的価値が低下したのと同義です。
また、生産に従事する労働者にとっても、労働の価値が低下したことになります。その結果、私たちはこれまでと同じ生活を維持するために、これまで以上に長い時間働かなければならなくなったのです。
そういう意味では、江戸時代の「座」のあり方は、今日においても学ぶべきところが多いと思います。「座」は現在の社会にあてはめると、生産者組合や同業組合などの協同組合です。協同組合は営利企業のように利益をあげることを目的とせず、組合員や構成員の利益を守ることを優先します。資本主義のようにひたすら生産力の向上を追い求めることもありません。それゆえ、協同組合の影響力を拡大していけば、資本主義の世話にならない暮らしを実現することができるはずです。
もっとも、そのためには協同組合が権力から自立することも必要です。協同組合は本来は組合員や構成員たちの自発的な結社であって、権力のために存在するのではありません。しかし、日本の農業協同組合は、国家が上意下達を図るために形成されてきたという歴史的経緯があり、自発性という面で弱いところがあるようにも見受けられます。
国家が新自由主義へと傾斜するなかで協同組合が農業の新自由主義化に対する確固たる防波堤となるためには、農業が国土の健全性にとってどんな機能を果たしているのかといった大局的な視野に立った主張を堂々としていかなければならないと思いますし、その際には権力との対決も辞さない姿勢がなければならないでしょう。
農協に関して言えば、彼らはこれまで政権与党を支持してきましたが、TPPや農協改革などのプロジェクトが進行するなかで、なぜ支持を続けているのか、私にはまったく理解できません。数年前に与党の国会議員が「軽自動車は田舎の貧乏人が乗るクルマだろ」と言い放った事件がありました。その時私は田舎の農道で活躍する軽自動車をすぐに思い浮かべましたし、いまの与党議員が自分たちの票田をどう見ているのかがはっきりとわかりました。新自由主義化を進める政権与党の本音がここにあるのです。こういう人たちに投票することは、自分たちを踏みにじってくださいとお願いしているようなものではないでしょうか。農協が権力から自立し、本当の意味で自発的な結社になれるかどうか、農協の未来はそこに懸かっていると思います。(インタビューは2月28日)
【略歴】
しらい さとし
1977年東京生まれ。2001年早稲田大学政治経済学部政治学科卒。2003年一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。2006年同博士後期課程単位修得退学。2013年『永続敗戦論――戦後日本の核心』で第4回いける本大賞、第35回石橋湛山賞、第12回角川財団学芸賞を受賞。
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