農政:東日本大震災10年 命を守る協同組合
【特集:東日本大震災10年 命を守る協同組合】提言:食と農でつなぐ心の復興――福島の女性農業者が築いてきたもの 岩崎由美子 福島大学教授2021年3月25日
東日本大震災・東電福島第一原発事故から10年になる。この10年、復旧・復興のために多くの取り組みがなされてきた。福島での女性たち取り組みを中心に、農山村地域活性化、農村女性起業、震災からの地域復興などを研究してきた岩崎由美子福島大学教授に、彼女たちがどのような取り組みをしてきたのか、そしてそこから今なにを私たちは学ばなければいけないのかを提言していただいた。
動き出すための支援が欲しい 「カープロ」発足
福島県東部に広がる阿武隈地域は、浜通りと中通りの間に位置する標高200~700メートルの丘陵地である。雪は少ないが冬の冷え込みは厳しく、その気象条件が、凍み餅、凍み大根、凍み豆腐など、いわゆる「凍み文化」と呼ばれる独自の食文化を生み出してきた。阿武隈地域では、こうした自然環境や食文化を生かし、農産物加工や直売所、農家レストラン、グリーン・ツーリズムなどが2000年代初頭から盛んに行われていた。
これらの取り組みの中心的な担い手は、女性農業者たちであった。たとえば、「までいな村づくり」で知られる飯舘村は早くから女性の地域参画を推進し、住民参加の実践を通して多くの女性リーダーを輩出した。過疎と高齢化のなかで女性たちは、農山村の価値の発掘を通して地域を担う力強い存在に変貌する途上にあったが、2011年3月に起きた福島第1原発事故は、その活動を支える山里の恵みを奪い、地域で培った食と農への信頼を一気に断ち切ったのである。
事故から半年後の2011年10月、「もう、もらうだけの支援ではなくて動き出すための支援がほしい」といった声が彼女たちからあがり、福島大学小規模自治体研究所との協働により「かーちゃんの力・プロジェクト」(「かープロ」)が発足した。
かーちゃんの力 プロジェクト
飯舘村の渡邉とみ子さんが中心となり、福島市内の農産加工施設を借り上げ、漬物加工や菓子、弁当の製造販売、仮設住宅での交流や伝統食の継承などの事業をスタートさせた。プロジェクトには、避難生活を送っていた阿武隈地域の女性たち10数人が参加し、全国のサポーターからの寄付金も活用して活動を行ってきた。
「かープロ」の発足時に大きな課題となったのは、消費者に「食の安全」をどう提供するか、という点だった。チェルノブイリ支援を行ってきたNPOのアドバイスを参考に、プロジェクトで提供する食品は全て放射性物質測定検査を実施し、検査結果は消費者に公開すること、また、ウクライナの食品基準値を参考にして独自基準(20Bq/kg)を設定し、それをクリアした商品にだけロゴシールを貼付することを取り決めた。
翌年春に福島市内で行った「かープロ」のイベントで、子ども連れの若い母親から「このお店のように、きちんと測定してあるものは安心して子どもに食べさせることができる」と感謝された時、とみ子さんは「震災後、助けてもらってばかりだったけど、人の助けに少しでもなった。やってよかったね」とうれしそうに語った。
こうした被災当事者による被災者支援の取り組みは、被災者と地域社会・他地域の住民とのつながりを豊かに育みながら、地域性と人間性に根差した等身大の復興への歩みを進めてきた。
「なりわい」と「ふるさと」を取り戻したい
2017年3月、避難指示区域の一部解除を契機として「かープロ」は解散したが、その後も各メンバーの取り組みは様々な形で広がっている。
例えば、浪江町津島地区の石井絹江さんは、プロジェクトの終了後、避難先の福島市内に農地と加工所を確保して加工活動を開始した。とくに力を入れているのは、じゅうねん(エゴマ)の栽培と加工品づくりである。
じゅうねんは、彼女が浪江町職員だった90年代に町農業の活性化と耕作放棄地解消のために振興していた作目であった。当時石井さんは住民にじゅうねんの種を提供し、空いている土地に植えてもらう「一人一(ひとりひと)畝(せ)歩(ぶ)運動」に取り組み、「つしま活性化企業組合」(2005年)の設立を支援するなど加工所と直売所の経営に関わってきた。
今、石井さんは、浪江町内の除染済みの農地を借入して、ボランティアや地権者の協力も得て仲間とともにじゅうねん栽培を行っている。2016年に試験栽培を行い、放射性物質が検出されなかったことで本格的に栽培を始め、今では経営規模は6ha近くに及ぶ。
石井さんは、福島市から浪江町までの往復4時間をかけて作業のために通っているが、「ふるさとを失いたくない」一心で行っているという。彼女の姿勢からは、放射能汚染によって「なりわい」と「ふるさと」が失われた福島から、食と農の力によって何とかそれらを取り戻したいという思いが伝わってくる。
難しい「困難の共有」
原発震災の発生から10年が経ち、「福島イノベーション・コースト(国際研究産業都市)構想」などの国家プロジェクトも本格始動するなど、福島は新産業集積のモデルとして復興の途を確実に歩んでいるように見える。しかしその一方で帰還を諦めた人々も数多く、避難者にとって復興は実感を伴ったものにはなっていない。
避難者の多くが望んでいるのは、以前のように居住し平穏に生活できる故郷への帰還である。しかし、「早期の帰還政策」により避難指示が解除されても、原発事故の収束や放射能汚染による健康被害に不安をもつ人は少なくなく、また、居住を可能とするインフラ整備や農林漁業などの生業の再生など、地域生活を支える基盤が復旧しないことには、帰還を決断することは容易ではない。
加えて福島の問題を複雑にしているのは、避難者間、避難者と非避難者間、あるいは避難者と自治体間といった被災当事者の間での「困難の共有」の難しさである。
原発事故後策定された政策・制度は、被災当事者の間に苛烈な分断を引き起こした。家族や近隣の人々が空間的に分離を強制されただけでなく、国の避難指示などと連動した指針や賠償基準は区域間の賠償格差をもたらし、今後の帰還をめぐっても「帰る/帰らない」の選択が強要され、その過程で生じた様々な対立は、人間関係の分断や地域コミュニティーの解体につながっている。
農からの発信で生産と消費の距離を縮める
ここで紹介した福島の女性農業者たちの活動は、大規模なハード事業を中心とした「大文字の復興」とは異なり、厳しい状況の中で分断された人々を食と農でつなぎ直し、地域でかつて当たり前に営まれてきた暮らしを取り戻そうとする「小文字の復興」の取り組みであるといえるだろう。
避難者と避難者、避難者と非避難者をつなぎ、被災地の生産者と支援する消費者をつなぎ、現在世代と将来世代とをつなぐ食と農のもつ大きな力に、彼女たちは希望を抱き、被災住民の尊厳をとりもどすためにそれぞれの場で活動を展開している。
多様な人々との間に、互いの承認と支援の関係を築きながら取り組まれるこの「小文字の復興」は、避難者・被災者という枠を越えて、被災地から遠く離れた人びとをも巻き込みながら広がり続けている。
被災地に限らず、生産者と消費者の距離があまりにも広がってしまった現代社会においては、農の現場に近い当事者からの発信は、生産と消費の「距離」を縮め、相互に顔の見える新たな関係が取り結ばれることを可能にする。
都市消費者が農村地域の食文化や環境保全に直接的かつ具体的なかたちで関わることで、「食の安全」が単に個人の健康問題にとどまらず、環境や地域と深い関わりをもつことが広く共有されれば、わが国における農業・農村の位置づけも少しずつ変わってくるのではないか。
新型コロナウイルス感染の広がりのなかで、グローバル資本主義や大都市一極集中型社会に対し大きな見直しが求められている今、食と農で地域をつなぐ福島の女性農業者たちの取り組みは貴重な示唆を与えてくれているように思われる。
※引用・参考文献
朝日新聞2021年3月5日付「(東日本大震災10年)避難者 福島帰還は、今も苦悩」
岩崎由美子「福島原発の足元で食の安全を築く女性たち」(佐藤一子他『<食といのち>をひらく女性たち』所収、農文協、2018年)
塩谷弘康・岩崎由美子『食と農でつなぐ 福島から』(岩波書店、2014年)
略歴
(いわさき ゆみこ)
1964年埼玉県生まれ。
早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。
1999年 福島大学行政社会学部助教授
2006年 札幌大学経済学部助教授
2007年 福島大学行政政策学類准教授
2010年 福島大学行政政策学類教授
現在に至る
住民主体の計画づくり、農山村地域活性化、農村女性起業、震災からの地域復興などを研究。主な著書として、『食といのちをひらく女性たち』(農文協、共著)、『食と農でつなぐ 福島から』(岩波書店、共著)、『小さな自治体の大きな挑戦-飯舘村における地域づくり』(八朔社、共著)、『成功する農村女性起業』(家の光協会、共編著)など。
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