農政:東日本大震災10年 命を守る協同組合
【特集:東日本大震災10年 命を守る協同組合】原発とコロナの類似性 不安が生む心の分断を超えて 榊田 みどり 農業・農政ジャーナリスト2021年4月1日
今のコロナ禍は、10年前の東日本大震災の延長線上にある。あの大震災・原発事故から我々は何を学んだのか。農業・農政ジャーナリストの榊田みどりさんは問いかける。
「田園回帰」する若者のセンス 新たな希望に
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農業・農政ジャーナリスト
東日本大震災から10年―。大震災の起きたその時、私は北海道の農業者の自宅で取材中だった。それまで経験のない大きく長い地震で、心配になった取材相手の方が、しばらくしてテレビを付けた。ちょうど津波が平野を走るライブの映像が流れたときで、お互い言葉を失った。
翌12日、一日遅れで東京に戻りテレビを付けると、東京電力福島第1原子力発電所1号機の水素爆発のニュースが流れた。その後、3、4号機の水素爆発をテレビで見ながら、この原発が東京圏に電力供給する施設であることを改めてかみしめた。
しばらく現地に足を運べなかった。記者としては失格かもしれないが、私も東北の人間で、想像を絶する現地の方たちの傷みを想像すると、単純に取材者として被災した方たちに会う勇気がなかった。
そんなとき、私も一員になっているNPO法人田舎のヒロインわくわくネットワーク(当時)の代表で、福井県のおけら牧場の山崎洋子さんが電話で言った。「みどりちゃん、落ち込んでる余裕なんかないよ」。目が覚めた。落ち込めるのは、余裕のある証拠なんだと。
その年の9月、同NPOメンバー15人で、宮城県内のヒロイン仲間を訪ね、沿岸部を案内してもらったのが、被災現地に入った最初だった。10月には、やはりヒロイン仲間で、飯舘村から福島市内の工業団地内の仮設住宅に避難していた故・佐野ハツノさんを訪ねた。
ハツノさんもヒロインの一員で、仮設住宅の管理人として住民の方たちの世話をしながら、未来に向けて新たな自立を目指そうと「いいたてカーネーションの会」を設立。古着の着物を集めて、村伝統の女性の仕事着「までい着」や和風小物の製作を始めており、そこにみんなで着物を集めて持って行った。
その後も、年に1度は、私が理事を務める都市住民のNPOで福島ツアーを企画したり、津波で被害を受けた農業法人、福島県で地域再生に取り組む方たち、放射能のホットスポットとなった福島県外の地域の農業者のリーダーの方たちに取材で話を聞いてきた。
「経済か、いのちか」突き付けられた課題
そんな10年を過ごしてきて、感じていることが三つある。ひとつは、津波被害や放射能汚染に直面したリーダーたちが、「今」ではなく、20年後、30年後の地域を見据えて「今何をすべきか」を考えていたこと。
2点目は、一方の東京圏の都市住民や多くの大手メディアが、原発事故を「福島の問題」に矮小化することで、事故以前の経済活動に戻ろうとしていたこと。原発事故による放射能プルームは、濃度はちがえど、栃木・茨城・東京にも降り注ぎ、そこから「いのちか、経済か」という視点で原発の是非や日本の経済・産業構造を見直す空気が生まれたが、それもわずか1、2年で消えた。
逆に福島を「フクシマ」として切り離し、福島県民や福島産農産物を忌避することで日常を取り戻そうとするメンタリティーが強まり、福島と他地域の心理的分断が生じた。
3点目は、福島と他地域の分断だけでなく、福島県内でも、放射能問題に対する考え方のちがいや避難指示区域の指定・補償の有無から、夫婦・親子・家族の心の分断、地域内での心の分断が起きていたこと。
今までお会いした方たちは、深い葛藤を経て、最終的にはその分断を乗り越えるために、それぞれの価値観のちがいを認め合いつつ、つながり続ける選択肢を模索していた。
とくに避難指示解除後に「帰る人」「帰らないひと」「帰れないひと」それぞれの立場があっても、それを受け入れつつ、どのようなつながり方なら維持できるかを考え実践している姿には、今も教えられることがたくさんある。
今回の新型コロナ感染拡大は、福島県内で起きたことと同じ葛藤を全国に突きつけた。しかも今回の主役は、かつて福島を忌避することで3・11以前の日常を取り戻そうとしてきた「東京圏」だ。見て見ぬふりをしてきた「経済か、いのちか」という課題に、否応なく向き合わなければならなくなった。
しかも、首都圏からの出張や旅行客が忌避され、東京圏内でも、夜間営業を続ける飲食店を見張る"自粛警察"が自然発生する一方、「コロナ自粛は必要ない」と反発するグループも生まれている。
10年前の原発事故後と今回のコロナ禍が生み出した人々の心の分断の風景が重なって見える。私たちは3・11から何を学んだのかと改めて思う。
「田園回帰」と若い世代の「農業」観の変化
しかし、その状況下でも、若い世代を中心に小さいけれど確かな潮流が生まれていることも感じている。
2017年、中山間地域フォーラム主催の「移住女子が創る共生未来社会の未来」で進行役を務め、パネラーとして登場いただいた20代の3人の女性たちの現地取材にお邪魔したことがある。共通していたのは、農村に視線を向け移住することになったきっかけに、2008年のリーマンショックと11年の東日本大震災を挙げたことだった。
「田園回帰」という言葉が政策に登場したのは2015年になってからだが、若い世代の農村移住の動きは、10年頃から始まっていたといわれる。戦後の高度成長期から基本的に続いてきた社会構造のひずみや足元の不確かさ、将来への不安を漠然と抱き始めた若者が増えたのではないだろうか。
震災前後にIターン就農した当時30代の非農家出身の男性が「今は、センスのいいヤツほど田舎を目指すんです」と言っていたのを改めて思い出す。
3人のうちひとりは、町村職員として実家のある町への帰郷だったが、あとのふたりは、緑のふるさと協力隊、地域おこし協力隊として農村に入り、任期後も現地に残った。都市で生まれ育った若者が農村にアクセスする受け皿が増えたことも、「田園回帰」の背景にある。
彼ら・彼女らが農村を目指すのは、必ずしも農業をやりたいからではない。前出の3人の女性は就農しておらず、地域の魅力や地元農産物のPR、婚活など、めぐりめぐって地域農業に貢献する"農業関係人口"として活躍していた。
農村の持続力生かす横断化を
コロナ禍は、新たな分断を生むと同時に、リモート交流という新しいツールを広げ、農村からの情報発信や都市・農村の新たな交流の形も生まれている。IT技術に慣れ親しんだ彼ら・彼女ら世代は、都市と農村をつなぐ新たな事業のアイデアを生み出すポテンシャルも高く、今後、活躍の場も広がるはずだ。
他にも複数の若いU・Iターン者に会ってきたが、もちろん専業農家を目指す若者もいるが、農業をベースに、地域で農家レストランや地域づくり事業などに取り組む若者は、かなり多いと感じる。
東京一極集中の経済成長型社会ではなく、持続性のある地域づくりや都会が失ったコミュニティーの力に魅力を感じる若者が多い。「規模拡大なんかしたら、忙しくて農業しかできなくなっちゃうじゃないですか」とまで言う若者もいた。
上記のような若者たちは、どうやら農業単体ではなく、「農業×○○(農業と地域資源を組み合わせ、新たな価値を生み出し小さな起業を目指す)」という発想が強い。
そんな若者たちの受け皿づくりをすでに始めている自治体も散見されるが、今後は、これら多様な農の担い手、地域の担い手予備軍をいかに受け止め支援し、育てていけるかどうかが、地域にとって大きなカギになるのではないかと私は感じている。
農村政策の省庁分散化とJA・行政連携の横断化の必要性
その視点で見たとき、その受け皿づくりの上で気になるのが、市町村の各部署の縦割り構造とJAとの関係だ。
実は、農をベースにした地域づくりの視点から、現場で活用できる地域政策を探してみると、農水省だけでなく、総務省や国交省、内閣府(地方創生)などの事業がかなり多い。
たとえば、島根県の地域貢献型集落営農をはじめ、農業以外のコミュニティー維持の事業も担う農業法人が各地に散見されるが、これは、国交省が支援する「地域運営組織」に近い。直売所がコミュニティー維持の中核拠点になっているケースもあるが、これは総務省が推進する「小さな拠点」事業と重なる。
また、新規就農ルートとして地域おこし協力隊が機能しているケースも増えてきたが、これは総務省事業だし、昨年から本格的に動き始めた特定地域づくり事業協同組合制度も総務省事業だ。
ところが、霞が関だけでなく、市町村も縦割りなので、農林担当職員と話してみると、地域おこし協力隊を新規就農ルートとして活用できることや、特定地域づくり事業協同組合法の成立を知らなかったりする。
先日、島根県に講演でお邪魔してこの話をしたとき、「もやもやしていたものの原因がようやくわかった」と、JA職員のひとりが言っていた。JAが行政と連携しようとする場合、相手はどうしても農林課になりがちだ。そのため、農水省以外の省庁の事業の情報が乏しく連携もしづらい。
JAも、総務課を含め幅広い部署との連携を考えなければ、地域協同組合として行政とどう連携できるか、総合的なビジョンは描きにくいのではなかろうか。
「成長」が生み出す格差やリスクに不安と行き詰まりを感じる若い世代が、「ここで暮らしたい」と思えるような魅力ある農村社会づくり、多様性を受容した風通しのいい地域づくりのためにJAグループにできることは、たくさんあるような気がする。
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