農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】現地ルポ:JA鹿児島きもつき 10年構想で地域豊かに――協同でつなぐ農業とくらし2021年4月6日
豊かな畑地資源に恵まれた鹿児島県の大隅半島で、畜産主幹畑作複合総合産地づくりをめざすJA鹿児島きもつきを、村田武(九州大学名誉教授)、高武孝充(元JA福岡中央会営農部長)、椿真一(愛媛大学農学部准教授)の3人で取材した。
JA鹿児島きもつきは鹿児島県の大隅半島の鹿屋市、垂水市の2市、それに肝属郡の肝付町、東串良町、錦江町、南大隅町の4町を事業エリアとする。組合員数1万4700人(うち正組合員8380人)、役職員数567人、貯金残高1000億円、農畜産物販売高297億円という大農協である。
4年前に宮城県で開催された第11回和牛能力共進会で鹿児島県は総合優勝を飾ったが、出品された29頭のうち13頭はきもつき牛であった。TPP・日欧EPAによる関税引き下げにともなう畜産物輸入の急拡大のもと、肉用牛・豚の大産地鹿児島県の畜産はその体力の本格的な強化が求められている。
しもおのだ ひろし 1954年生まれ。鹿児島大学農学部卒。
83年全国共済農業協同組合連合会入会、94年に帰郷後、JA組合長1期、
その後合併JAの理事、常務などを歴任。2015年より現職
下小野田寛組合長に聞く
「No.1きもつき! 起こそうイノベーション!」
―まず、コロナ禍のなか、ご苦労の多いことと存じます。
下小野田 新型ウイルスコロナの収束を願って、組合員とJA役職員の団結を高めようと、「折り鶴」折りを提案しました。5万羽を目標にしようと提案したのですが、何と10万5860羽も集まりました。
万羽鶴10万5860羽達成
起こそうイノベーション
―組合長は「No.1きもつき! 起こそうイノベーション!」を掲げておられますが、その意図するところをお聞かせください。
下小野田 当農協管内は豊かな畑地に恵まれた肉用牛と豚中心の畜産では全国トップクラスの農業王国です。農協の販売額300億円の7割が畜産物で、肉用牛子牛生産と養豚が中心です。しかし、子牛生産(繁殖)は発情の発見・種付け・出産、事故防止と、飼養管理に畜産のなかで最も手がかかります、高齢化のなかで、この5年間で繁殖経営は328戸減少し、1088戸になりました。地域全体で肉用牛の産地維持をどう図るか、頭数減と和牛資源の枯渇をどう防ぐことが急務です。幸いにこれまでは、繁殖農家の規模拡大で、出荷頭数は5年前から3846頭増えて2万1065頭になっています。農協が運営する「肝属中央家畜市場」は、全国トップクラスの子牛せり市場で、毎月3日間のせり市には1200頭の子牛がせられます。出場頭数が減っては、全国の買付け人の市場評価を下げてしまいます。そこで、「これは農家任せにはできない」と、思い切って農協自らが生産に乗り出すことにしました。それが、2010年に設立した100%農協出資子会社の繁殖センター「きもつき大地ファーム」です。2006年に設立していた農協出資100%の農作業受託子会社「アグリーンかのや」の子牛生産も統合して、現在では従業員30人で年間1700頭の大型繁殖センターになっており、他地区からはうらやましがられる存在になっています。この繁殖センターのもうひとつ重要な役割は後継者育成です。農業大学校の卒業生を従業員として雇用し、本格的な繁殖経営をめざす若手として育成しています。
養豚場の新設用地の確保がここでもむずかしくなってきました。しかし、その生産基盤の維持は重要です。そこで、3年前に既存養豚場を買収して、これまた農協100%出資の「きもつき豚豚(とんとん)ファーム」(従業員15人)を立ち上げました。わたしのめざすイノベーションのひとつのポイントは、「農協が生産に進出して産地を支える」にあります。
―サツマイモ栽培にスマート農業を導入されようとしていますね。
下小野田 これはスマート農業の担当で、チーム「さつまいもイノベーション」統括の垣内清秋部長に話してもらいます。
垣内 鹿児島県のサツマイモはもともとでんぷん用であったものが、最近では焼酎用が増えています。課題は連作障害とみられますが基腐病(もとくされびょう)の発生に対する防除作業のドローンによる空撮・防除による省力化に始まって、育苗、植え付け体系のスマート化、環境計測情報・営農情報のスマート化など、「スマート農業一貫体系」の導入で、20%の省力化、10%の収量増加をめざしています。
たとえば防除はドローンの導入で作業時間の50%削減、耕耘・整地では無人ロボットトラクターと既存トラクターの併走で作業時間の3割削減となっています。この実験を本格的にやれるのは、農協が作業受託子会社「アグリーンかのや」をもっていることですね。地元の鹿屋農業高校にスマート農業カリキュラムを提供することもやっています。
「豊かな食の郷土づくり」
―組合長は、「豊かな食の郷土づくり」がたいせつだと考えておられますね。その考えが、「育てよう笑顔プロジェクト」の取り組みや「アグリパークかのや」の設立につながったのでしょうか。
下小野田 そのとおりです。農業王国が即食の豊かな地域ではありません。地域の豊かな農林水産資源を生かした伝統的な食生活の意識的な評価(再認識)と、地元の産品を常に手に入れられること、さらに若い世代への継承・食教育があってこそ、豊かな食の郷土づくりになると考えています。
きもつき浪漫号・きもつき浪漫号を利用する地域の人たち
地域を笑顔にする社会貢献活動としての「育てよう笑顔プロジェクト」で、2014年6月から運行している移動店舗車は、大隅半島の突端・佐多岬までたいへん広域の管内の住民のために、現在では3台で合計で100カ所余りを巡回しており、喜ばれています。「きもつき浪漫号」は食品・総菜、日用品など350点の商品を搭載して約30カ所を巡回します。ATMを装備しているので、JA貯金の入出金、公共料金の支払いができます。発電機も搭載しているので、災害時に被災地に派遣しての電源供給も可能です。
この「育てよう笑顔プロジェクト」で、消費者と生産者が交流する「田車押し交流会」(田車を使った除草作業と田んぼの生き物観察)や、管内の小学生を対象にした「あぐりスクール」をやっているのも、地域の将来につなげようという活動です。
昨年4月にオープンした「農と食と交流のテーマパーク」である「アグリパークかのや」に農畜産物直売所「どっ菜(さい)市場」(どっさいは大隅の旬がどっさりという意味)と「大隅まるごと感動レストラン」をめざす農家レストラン「彩食(さいしょく)豊美(ほうび)」も、豊かな食の郷土づくりの一環です。どっ菜市場は売り場面積が971平方㍍で鹿児島県内最大の直売施設で、「鹿児島黒牛」はA5ランクだけ、「かごしま黒豚」「茶美(ちゃーみー)豚」が並ぶ店舗は、売上髙目標10億円をめざします。
販売高400億円をめざす
―JA鹿児島きもつきは「ネクスト10(10年構想)」というすごい目標を掲げていますね。
下小野田 そうです。2018年(1年目)の貯金1000億円・販売高300億円を2027年(10年目)には貯金2000億円・販売高400億円にしようという構想です。今後は、日本一の施設園芸産地、日本一の肉用牛産地・肝属家畜市場、アジア市場を中心に農産物輸出の展開、全国のJAや企業と連携した新事業の展開をめざします。
―もうひとつお聞きします。昨年6月から3年計画で「女性活躍推進に関する行動計画」を立てられ、(1)女性の途中退職者数の50%削減(2)管理職に占める女性割合10%以上を目標にされていますね。
下小野田 そうです。管理職は課長次長以上です。数が少ないと、目立つ、部下をどう指導できるか自信がない、とプレッシャーがかかります。そこで、現在4人の女性管理職員をこの4月には8人にします。JAの体力強化には、女性がやりがいの持てる職場にすることが何よりだと思っています。
新たな創造への挑戦を続けるJA鹿児島きもつきは女性登用にも積極的だ
―そこで、現在4人の女性管理職員のうち,荒平美佐子さん(東串良統括支所金融共済課長)と寺園さつきさん(共済部普及企画課次長)の二人から話を聞いた。
荒平・寺園 女性管理職を増やすことの前提に、女性が働き続けやすい職場づくりが大切ですね。「職場改善プロジェクトチーム」編成は、総務課が20~30人の20~30歳台の女性のなかから8人を選び、これに男性2人が加わりました。「喫煙場所の清掃」を女性だけにさせない、「女性のお茶くみ」を廃止する、が最初の成果です。
係長以上が参加する女性リーダー研修への積極的参加、子育て世代の女性にとっては大変ありがたい時短制度の充実や、臨時職員の育児休業がとれるなどの福利厚生が整ってきているのも、「女性活躍推進に関する行動計画」があってこそだと思います。
私たちは、管理職になって確実に仕事に対する責任感が高まったと思っています。
期待される若手担い手
肉用牛の 妹尾 亜利抄さん(47)
3年前に帰郷して就農しました。子どもの頃、両親の母牛3頭+サツマイモ経営のなかで、牛は家族でした。鹿屋市の「担い手育成事業」1期生として肉用牛の研修1年半で、空牛舎を借りて開始した繁殖母牛18頭は現在では24頭です。女性1人の繁殖経営でがんばっています。
この農協管内では、女性の繁殖経営はめずらしくありません。すでに35頭の子牛をせり市場のほぼ平均価格で販売できた。東京や大阪でやっていた鉄筋関係の力仕事に比べれば楽だし、牛はかわいがってしっかり管理すれば所得をあげることができます。農協には「きもつき牛」のさらなるブランド化を期待しています。
ピーマン農家の 永野 世一郎さん(40歳)
4年前、サラリーマン生活の足を洗っての就農です。父が経営しているピーマン栽培(30㌃)を見習っての、22アールのピーマン施設栽培です。
9月初旬に定植して、10月末から翌年5月末まで収穫する冬・春ピーマンです。ちなみに、農協管内のピーマン農家は150戸で、JAの野菜販売額60億円の半分30億円はピーマンとキュウリが占めているほどの主力産品です。
現在の10アール当たり収量15トンを18トンに引き上げるのが目標です。就農してつくづく思うのは、第1次産業が潤わなければ、地域は元気になれないということです。
コロナ禍でピーマン単価は良くありません。収入保険制度に期待したのですが、保険金支払い条件の2割減は1割減にぜひとも改善してほしいものです。農協の農政運動に期待します。
茶農家の 今村和也さん(44)
茶農家の長男でしたが、畑違いの大学工学部修士課程を修了しています。29歳になって実家の茶業に就農しました。今では大根占支所管内の「鳥浜お茶倶楽部」(鳥浜荒茶生産組合)の組合長で今村製茶の代表取締役です。茶園5haで1グラム1000円の高級煎茶づくりをめざしています。「すべての生産する茶に価値を与え、三方良し、生産者・業者・消費者皆を豊かにする持続可能な茶業を!」が目標です。
コロナ禍と新茶がぶつかった昨年は販売がストップしたものの、今年は在庫調整が進んで復活しているのは助かります。しかし、茶業の今後にとって、緑茶消費がすべてペットボトル緑茶になってしまっては話になりません。そこで鹿児島県内のほぼ全域の小学校5年生を対象に、急須を提供し、「お茶のいれ方教室」が開かれています、
茶農家の青年部員がインストラクターで、私もそのひとりです。児童一人ひとりに提供する急須の代金は、荒茶市場の出荷手数料からの積立金が当てられています。農協には、JA経済連運営の鹿児島茶市場だけでなく、JAの全国ネットを活用しての精茶販売市場を開いてほしいですね。
〔取材を終えて〕
下小野田組合長の「農協が肉用牛大産地の産地維持を組合員任せにするのは無責任だ」という思いをしっかり聞くことができた。しかも、組合長が自らの創意性を具体的な事業として立ち上げていくトップマネジメントを構築する組織力をもっているからこそ、「10年で貯金の2000億円への倍増、販売高の100億円上乗せ」といった構想を大っぴらにできるのであろう。
組合長インタビューには、「アグリパークかのや」や「サツマイモ生産スマート農業」に関連して、管理・企画・金融担当の中野正治参事、スマート農業担当の垣内清秋部長、企画推進部の松崎俊昭考査役・アドバイザーの皆さんにも同席してもらった。企画推進部企画広報課の平山双太さんには、取材に関する手配や写真データを提供してもらった。(九州大学名誉教授・村田武)
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