農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】農の継承の大切さを確信<1>想定外からの復興「JAだからこそ」【座談会:厄災下の協同組合の役割は何か】2021年4月12日
多数の人命を奪った東日本大震災・東京電力福島第1原子力発電所の事故から10年――。多くの民間企業が被災地から撤退するなかで、JAは地域の人々に寄り添い、今も暮らしと生活の再建に努めている。大災害を通じて見えてきた協同組合の役割は何か。当時、福島県のJAにあって農業の復興に努めた現・JA全中の副会長の管野孝志氏、当時JA全中副会長だった村上光雄氏、そして福島大学食農学類の小山良太教授、JA全中教育企画課の田村政司課長に、この10年間を振り返ってもらった。(司会・進行は小山良太氏)
【出席者】
・JA全中副会長 菅野 孝志氏
・(一社)農協協会会長(JA全中元副会長) 村上 光雄氏
・福島大学食農学類教授 小山 良太氏
・JA全中教育企画課課長 田村 政司氏
左からJA全中菅野副会長、JA全中田村課長、福島大学小山教授、(一社)農協協会村上会長
想定外からの復興想定外からの復興「JAだからこそ」
小山 大震災と原発事故、コロナ禍と、想定外の災害が相次いでいます。そのなかで見えてきたことは、農業を中心とする第1次産業と協同組合の役割がいかに重要かということだったのではないでしょうか。一般の株式会社は予見されるリスクには対処できますが、想定できないことには弱いことが分かりました。
協同組合は違います。大きな変化のなかで、一般の企業ではできないことをやってきました。震災後の、JAがいかに困難を乗り切ってきたか、世間ではすっかり忘れられているようですが、私たちはその取り組みを総括し、後世へ伝える責任があります。
菅野 先月の3月13日、福島県の農林漁業団体や生協組織は、東日本大震災10周年復興祈念大会を開きましたが、そのなかで感じたことは、私たちがこの地で生まれ、育ってきたのは先代たちの努力の結果であり、それをいまここで閉じていいのかという思いでした。その思いで、参加者の心が一つになったと感じました。震災後、風評被害のなかで私たちJAは、農業を続けること、作り続けること自体が、復帰への道だと信じ、今日まで頑張ってきました。
復興祈念大会で、若い農業者による農業復興への決意を聞き、その感を深めました。山から海まで、福島の農業、自然と景観を守ろう、JAはその役割を担おうとの決意で取り組んできたことが間違いではなかったという確信です。
小山 そうですね。3月11日の震災の翌月、当時、菅野副会長はJA新ふくしまの専務として、JAは協同組合なのだから農業を続けようと、組合員に呼びかけ農地の汚染調査、除染に取り組み、農産物はJAが全部買い取って販売するとのメッセージを先駆けて全国に発信されました。組合員だけでなく、避難地区から移り、管内で農業をしたいという人には、その支援もされました。
協同の理念 改めて確認
JA全中副会長 菅野 孝志氏
管野 被災生産者や被災者を受け入れて支援すべきかどうか、議論はありました。しかし協同組合は困った人のための組織です。受け入れを拒んだら、われわれのJAは協同組合でなくなります。震災翌月の4月5日の生産者大会で、そのことを確認しました。その後の全国のJAグループの支援にもその考えが貫かれています。
小山 補足すると、福島県の米のJA集荷率は約4割で、集荷業者の力が強いところです。原発事故で契約破棄され、JAに出荷していない農家の米や、野菜、桃も全部引き受けました。生協や農協など、震災前から構築してきた協同組合のネットワークで売り切ったのです。当時、JA全中の副会長だった村上さんの思いはどうですか。いま残しておくべきことはなんでしょうか。
村上 大変な10年だったと思う。福島のJAグループの取り組みには敬意を表します。2011年8月末に全中の副会長に就任し、ともかく現地を見なければならないと考え、早々に現地を回りました。福島県の避難地区に入ると、稲が色づき始めていましたが、風景は他の農村と同じなのにとにかく人がいない。呆然としましたね。
私の父は広島で被爆しましたが、原発も原爆も放射能という意味では同じなのに、原子力の平和利用だといって騙されてきたことに悔しい思いをしています。その思いを伝えたい。「仮設の建物はあっても仮設の人生はない」と言った人がいましたが、まさにその通り。わがこととして振り返ると、被災者にとって、「10年を戻してほしい」という気持ちだと思います。
さらに2011年の8月、JA新ふくしまへ支援に行き、一筆ごとに放射能測定を手伝いました。政府は震災10年で一段落させようとしていますが、とんでもない。いまだ汚染水も処理できず、廃炉にむけた作業は、期間も費用も分からない状態です。そういう危険を伴う原発はストップさせるべきです。
JAグループとしても震災直後のJA全国大会で原発反対を打ち出しました。農業者にとって、原発は敵だと言ってもいいと思います。自然を相手にする私たちには、そう主張する権利があります。
小山 その通りですね。原発事故で原子力は制御できないことがよく分かりました。
原発問題を考えるべき
田村 2012年のJA全国大会で、私たちは原発にどう向きあうかを決めました。改めてJAグループとして原発問題を考えるべきです。当時、JA新ふくしまの専務だった菅野副会長をみて、なんて強い人なんだろうと、信じられない思いがしました。何があってもへこたれない姿にいまでも学んでいます。「出口がみえない」状況を強いられながら、職員や農家組合員を鼓舞し、米の全量検査を実施されました。そのエネルギーはどこにあるのかを考えると、多くの生産者、組合員に直接向き合ってこられたからではないでしょうか。
福島大学食農学類教授 小山 良太氏
小山 第1次産業には必ず現場があり、生産者がいます。これは大きな強みです。現場があればへこたれることはありません。地域の課題が目の前で見えるから決断できるのです。原発事故による放射能汚染では、まず作付けを考えた。そのため、次に放射性物質はどのくらい植物に移行するのかを調べました。
あのときJAが現場から撤退していたら、米や果実生産者はどうしたらよいか分かりません。農地は1年間放棄したら荒れてしまいます。農業の復興という現地の課題を掲げていたから、対策できたのです。
農の多様性 力引き出す
菅野 トマトジュースの企業は単品でトマトだけを作り、それが手に入らないと撤退します。しかし農家には米や野菜、畜産など多様な作目があり、それで地域が成り立っているのです。その多様性が農家の力を引き出しているのです。それは現場を見ないとわかりません。
村上 農を通じ、命につながる協同組合の価値はそこにありますね。農業を基軸に置くことは素晴らしいということをあらためて認識させられました。
小山 その点で、JAグループは、株式会社との違いをもっと世間にPRすべきですね。今の学生はJAが協同組合であることを知りません。農林中金や単位JAは知っていても、それが協同組合とは思っていません。新人職員を含めて、協同組合の原理原則をどのようにしたら理解してもらえるでしょうか。
尊い協同の価値を伝える教育が重要
村上 教えれば、理解してくれますよ。しかし、実際に業務につき、共済や貯金の推進が、本当に組合員のためか、経営のためかの板挟みに悩むことになります。そのときは、JAのトップが絶えず、協同組合の価値を職員に伝えるしかありません。その繰り返しによって、協同組合運動が定着するのです。
小山 事業の成果を求めるだけではなく、組合員との連携ができて、結果として事業が動くのですね。そうした環境をつくってこそ、本当の対話できる関係が生まれ、提案もできるのだと思います。
田村 それには職員の教育が重要です。そこで提案ですが、組合員とのつながりをつくるため、職員が農業をやるというのはどうでしょうか。つまり、農繁期には、職員が組合員と共に農作業で汗を流すことです。
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