農政:原発処理水海洋放出
牛肉、桃など依然全国平均下回る-福島産品の価格【緊急特集 原発処理水海洋放出】2021年4月20日
福島県は農産物輸出量が2019年に305㌧と過去最高を記録するなど、震災・原発事故から10年経ち復興が進んでいるところもあるが、農業産出額は震災前の水準までは回復していない。それには出荷量が元に戻っていない影響もあるが、一部の品目では風評被害で価格が全国平均を依然として下回っていることも要因だ。こうした状況のなかでのアルプス処理水の海洋放出決定は、再び風評被害につながり福島の農林水産業を衰退させるとの懸念を生んでいる。一方、3月末に農水省が公表した福島産農産品の流通実態調査では業者の福島産品の取り扱い意向が前向きになっている結果も示された。今回の決定が福島に生まれてきた復興の芽をつんではならない。
震災から10年。震災前の2010(平成22)年を100とした農業産出額は2018(平成30)年で岩手119、宮城116、全国111だが、福島は91と厳しい状況に置かれている。
消費者庁の「風評被害に関する消費者意識の実態調査」によると、2013(平成25)年に福島県産食品をためらうという消費者は19.4%だったが徐々に減少し今年2月の調査では8.1%とこれまで最小となった。
米、牛肉、野菜など農畜産物に含まれる放射性物質は18~20年度にかけて17都県の調査で基準値超過割合はゼロとなっている。きのこ・山菜類では20年度に基準値超が1.6%、水産物では0.01%というレベルになっている。食品の安全性検査はもちろんだが、品目ごとの特性に応じて放射性物質の低減対策、吸収抑制対策なども実施してきた。
米ではカリ施肥による放射性物質の吸収抑制対策を実施し、基準値を超過した米の流通を防いできた。畜産物では食品の基準値を超える放射性セシウムを含まないよう暫定許容値以下の飼料のみ給与するなど適切に家畜を飼養している。牧草についても反転耕によって放射性物質の低減対策を推進している。
こうした取り組みを10年前から続けているが、消費者になかなか浸透しない実態もある。農林中金総研が3月10日に開いたフォーラム「東日本大震災からの10年」にコメンテーターとして出席した河北新報社の木村正祥論説委員長は同社がシンクタンクとともに実施した消費者意識の調査結果を発表した。
今年1月下旬から2月上旬にかけて1500人からWebで回答を得た結果によると「福島産を避けたい」とする人は水産物で21%、農産物・加工品で15%だったという。木村氏は「10年経ってもまだこれほどいるのか、という思いだ」と述べた。
6年前の2015年。福島県の内堀雅雄知事が関西でトップセールスに出向いた際、「東京で売れや」と知事に毒づく消費者もいたという記事が現地から上がってきたことも木村氏は紹介するなど、風評の手ごわさを指摘した。
こうしたなか食品に対する放射性物質の検査点数は、2018(平成30)年度農林水産物計で949万点にのぼり科学的に安全性を担保してきている。しかし、先の調査で「安全性検査をしていることを知らない」と回答した割合は62.1%にもなったという。
農水省が行っている福島県産農産物等流通実態調査の2020(令和2)年度結果によると、県産品重点6品目(米、牛肉、桃、あんぽ柿、ピーマン、ヒラメ)の出荷量は震災前にくらべて依然回復していない。米、牛肉、ピーマンは震災前にくらべて2割前後減少している。ヒラメは近年回復傾向にあるものの、震災前とくらべて依然少ない出荷量となっている。
価格は震災直後は全般的に全国価格を下回る状況になったが、その後、価格差は徐々に縮小しているものの、桃、干し柿、米、牛肉は全国平均を下回っている。
一方、ピーマンは全国平均と同程度まで回復したが、震災前は全国平均より高値だったことからするとその水準までは回復していない。また、ヒラメは2019(令和元)年度以降、全国平均と同程度の価格まで回復してきた。
農水省は価格が回復していない品目が残っていることから「引き続き販売不振の解消に向けた取り組みが必要」としている。
その販売対策では卸売業者と小売業者の認識の差を改善することが必要なこともこの調査で明らかになった。小売業者や外食産業のなかには、震災直後は福島産を扱えなかったが今は問題ない、と考えているにも関わらず、卸売業者が「今も扱いに後ろ向きだろう」「念のため他県産を納入しておこう」と考えたりする認識のずれがあるのが実態だ。
そこで国から流通業者などに対して取引先に対して福島産を提案している取り組みがあることや、小売店なども望んでいることなど助言、通知する取り組みを行った。その結果、小売業者・加工業者と仲卸業者との認識の差が縮まった。2018(平成30)年度では福島産品の取り扱い姿勢について小売業者と仲卸業者では0.6ポイントの開きがあったが、情報提供などによって20(令和2)年度は0.4ポイントに縮まった。農水省はこうした取り組みを引く続き実施するという。
一方、この10年間、各品目で需要が変化し、それに対応してブランド力や商品開発力の強化も福島に求められている。今年度に本格発売する米「福、笑い」はその一つだろう。また、「食べて応援しよう!」をキャッチフレーズとした福島フェアや社内食堂での食材利用は2011(平成23)年から今年3月まで1600件の取り組み実績となった。
現地では唐突な処理水海洋放出のこの基本方針自体に反対の声が上がる。風評対策といっても実効性ある具体策が打ち出せるのか、厳しい目も向けられている。
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