農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】提言:協同の英知発揮を 飯野芳彦・元JA全青協会長2021年4月20日
令和の幕開けは、世界的パンデミックを引き起こしたCOVID19(新型コロナウイルス感染症)でした。すでに世界の感染者約1億4000万人、死者数約300万人に及び、全世界が感染の恐怖によるストレスを強いられ、今なお続いています。我々人類は地球という母なる惑星に生かされている存在であることを改めて考えるいい機会になりました。
飯野 芳彦元JA全青協会長
次代へ議論を惜しまず 格差のない社会へ
人類誕生以来地球との綱引きは常に行われ、我々人類はその経験を知恵として蓄積し、発展を遂げてきました。この世界的危機は人類の知恵として再び蓄積され発展につながると思っています。
COVID19によって露呈したのは世界中で広がる格差社会です。世界のほんの一握りの企業や人が富を得ているという現実社会です。得た富の余剰は、循環させることが資本主義の本来あるべき姿だったはずです。しかし富を独占したくなる「欲」という人の本能がこういう社会を築いてしまったのかも知れません。
現在強いられているストレスを、格差社会を是正するリスクを伴う力に変えるのか、以前のままの社会に戻るリスクの少ない力に変えるのか。アフターコロナの最大の課題ではないかと思います。それは、我々協同組織も例外ではありません。
今現在、農業現場がおかれている状況を2020農業センサスから読み取ることができます。基幹的農業従事者(自営農業が主の者)が約140万人。うち65歳以上が約70%と、20年後の農業現場はどのような状況になっているのか目をそむけたくなる状況です。基幹的農業者は年々減り続け、高齢化も年々進んでいます。このデータから農業という産業は社会的に少数派になってしまったことを示しています。
また、1経営体当たりの経営耕地面積は2010年と比べ1.4倍の2.2haとなり、経営面積100haの経営体が全体の11%にも及んでいます。このデータは、若手農業者に耕作地の集約を行い生産性の高い農業を目指すことを示唆しています。現在の農業現場は生産効率を重視し、法令順守と社会的ルールを守り、安定的な食料生産を行う経営を行わなければならないのです。一見協同と相反するように感じるかもしれませんが実は農業協同組合発足当初の目標を達成しつつあるといえるのではないでしょうか。
時代の変化まざまざ
1947(昭和22)年に農協法が制定され、戦後の食料供給を安定させ戦後復興の礎となる組織として発展し続けました。また、「食料の増産・安定供給」のほかにもう一つ大きな柱に「社会的・経済的地位の向上」があります。農業者は農業協同組合に参画し資金を出し合う事で、農業技術の発展、農業機械、資材の購入の経営資金の調達、販売競争力・販売価格の上昇、生活の質向上のための生活資材の購入、万が一の有事に備え共済の設立などあげたらきりありませんが、個々では叶わない事業を協同組合の力をフルに活用して運営して、農村や農業者の地位向上を目指してきたと思います。
そして目的達成のため組合員同士が切磋琢磨(せっさたくま)して、協同運動を展開してきました。一歩一歩高みを目指す過程の中でやむを得ず脱落するものや、加速する社会の発展スピードに取り残され廃業するものが多く出たことは間違いないと思います。
農業協同組合も発足以来の目的達成のためや、自由主義経済の荒波に耐えるために大きな犠牲を払ったことは間違いありません。その結果、経済的に豊かになり社会的地位を確立することにつながりました。その半面、協同組合の中でも格差を生むことになっているように感じています。また、協同組合の基盤である農村地域の少子高齢化による過疎化が進み組織が脆弱(ぜいじゃく)化していることも格差に拍車をかけているように思います。
地域においては脈々と続いてきた小さな協同が少しづつ縮退してきています。消防団、氏子神社、隣組、地域共同作業など。このような小さい地域協同は、時に村社会の悪しき習慣としてよく批判の対象になることがあると思います。見方によっては時代変化に活動が見合わなくなっていることも事実です。
地域協同が組織としてなくてはならなかった理由はお金、物が不足しておりそれを地域の人々でお互いに助け合いながら補っていたのだと思います。私の幼いころお葬式が隣組であると鍋釜、お膳、皿を持ちよって天ぷら・煮物・うどんなど隣組でしのぎの膳をこしらえていました。
現在は、隣組で行っていた事をサービスとして行う企業が現れ隣組の必要はなくなってしまいました。また、農業においてもあぜ塗りや田植えや稲刈りなど、人手が必要だった作業も機械化が進み「結」などの共同作業は必要がなくなりました。このように変化した理由は、経済的に豊かになった証しであり、物も津々浦々まで行き届くようになった証しでもあります。
協同は多様な地域の人、財産、不安から「まもる、守る、護る、衛、鎮」ために存在し続けてきました。しかし現在は、地域や隣近所の人を頼らずとも何不自由なく生活することができるようになりました。特にデジタル化が進み携帯電話一つでほぼすべてのサービスや物が手に入るようになりました。
豊かで便利な世の中になっても「まもる」物はなくなったわけではありませんし、不安がなくなったわけではありません。人は豊かな環境をまもりたいという一心から欲深くなり、孤独という不安にさいなまれてしまうことが多くなっているように感じます。そのような状況になったとき、寄り添い共に手を取り合い課題解決に心を砕く、この行為は時代が変化しても何ら変わらない協同の精神だと思います。
SNS、クラウドファンディング、助けあいマッチングアプリ、質問回答サイトなど今まで地域協同が担ってきた事が、手段が変わっただけであり、需要はいまだに絶えないのです。
農業という産業においては少数派になってしまったかもしれません。しかし、組合員数1000万人全国各地、津々浦々まで組織を有する農業協同組合が多数派です。農業経営における格差、地域の格差が時代の変化ともに生まれてきました。これは、協同組合が発足当初の課題が解決へと導かれ、その結果新たな格差という矛盾が生まれたのだと思います。
協同を未来に維持発展させていくために、組合員が一丸となって課題解決に向けて議論をすべきチャンスをCOVID19がもたらしたのではないでしょうか。正准組合員の垣根はもはや時代に即さないものになっています。正組合員の為の准組合員という考え方は捨てる時代になったのかもしれません。
矛盾のリスク恐れず
矛盾という課題の是正には多くのリスクを伴います。リスクを恐れず余裕のあるものが余裕のない者に寄り添う力こそ大切なのです。私は、農業に行き詰まったとき、先人たちのことを考えます。何百年も前に荒れ地を開墾し作物が育たないやせた田畑を、諦めることなく石を拾い、草を引き、水路を引いて今の豊かな農地にしたのです。
その苦労に比べたら私の悩みなど小さいと思うようにしています。先人たちが先の見えない予測もできない農業を継続し、地域の豊かな生活を目指してできた協同です。組織を守っても組合員や地域に必要とされなければ消えてなくなるのが組合員組織の宿命です。そうならない様に、先人たちの知恵と知識を借りて新たな課題の解決に向けてリスクを取るべきなのです。それとも以前のような平穏な社会に戻る事を望みリスクを取らずに時代に取り残されるか。
農業の現場においても、SDGsや脱炭素社会の国際的な大きなうねりがやってきています。特に脱炭素についっては、以前の農業であれば炭素を田畑や作物に一時的に固定したり有機物由来の堆肥の施用などにより炭素を引き受ける産業でした。しかし、生産性の向上や農業技術の発展によりビニール資材や燃料などを消費し多くの炭素を排出する産業になってしまいました。
「国産農畜産物は内需の消費だから国際的なうねりなど関係ない」、そんなことはありません。SDGsも脱炭素も誰かのために寄り添い心を砕くことを尊重する取り組みです。現在までの農業発展とは真逆の潮流をどう乗り切るか。この課題は一人でも農業界だけでもとても解決には導くことはできません。
今こそ、多数派である農業協同組合が、組合員一丸となって課題解決に取り組むべきではないでしょうか? この課題を乗り越えた時、新たな農業協同組合の在り方が生まれ、地域になくてはならない組織として存在し続けることになるのです。人が生きることに格差のない社会実現には、人に寄り添い課題解決に議論を惜しまない協同が必要なのです。
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