農政:原発処理水海洋放出
風評被害対策 政府 問われる「強い決意」【緊急特集 原発処理水海洋放出】2021年4月22日
政府は4月13日に東京電力福島第一原発の処理水を海洋放出する方針を決めた。基本方針には原子力災害被災地域に安心して帰還できる環境を整えるための廃炉を着実に進めていく必要があり、処理水の処分について「これ以上の先送りはできない」(政府の基本方針)と強調する。同時に風評被害への強い懸念があるなか、政府として「決して風評影響を生じさせない」との強い決意をもって対策に万全を期すとも明記した。改めて基本方針の概要や処理水の現状などをまとめる。
再処理し海水で薄め放出
事故を起こした福島第一原発では溶け落ちた核燃料(燃料デブリ)を水で冷やし続けているが、建屋に流入した地下水などが加わり汚染水が増え続けている。
発生した汚染水に含まれる放射性物質を多核種除去設備(ALPS)等で浄化し、処理水として敷地内のタンクに貯蔵している。敷地内には1061基のタンクがある。(APLS処理水の貯蔵タンク1020、ストロンチウム処理水の貯蔵タンク27基、淡水化装置12基、濃縮塩水2基)処理水の量は東京ドーム1杯分にあたる約125万tに達している。
国の多核種除去設備等の処理水に関する小委員会(ALPS小委員会)は6年の検討を経た令和2年2月の報告書で、ALPSはトリチウム以外の放射性物質62核種については十分浄化できると評価しつつ、環境中に放出する場合の希釈の必要性や、処分を急ぐことによって風評被害を拡大し復興を停滞させることがあってはならない、と強調している。
同報告書では処理水の処分方法として水蒸気放出も検討されたが、海洋放出がより現実的であるとされた。タンクの長期保管についても検討されたが、万一破損した場合には漏れ出す量が膨大になるとしてタンク保管に「メリットはない」としたほか、福島第一原発以外の土地で保管するには自治体の理解や、許認可に相当な時間や調整が必要なことから、福島第一原発敷地内で保管するほかはないと結論づけた。今回の基本方針はこの小委員会の報告をもとに決めた。
国民にはトリチウムの安全性への懸念があるが、基本方針で政府は、トリチウムは水素の仲間(放射性同位体)であり、弱い放射線を出す放射性物質と解説。雨水や海水、水道水など自然界にも広く存在しているという。ただ、ALPSではトリチウムを除去することは困難であることも指摘する。
また、トリチウムは各国の原子力施設から放出されており、福島第一原発に貯蔵されている全量以上のトリチウムが1年間で放出されている例もあることや、それでもトリチウムが原因と考えられる影響は確認されていないと強調している。
ALPSは吸着材による吸着などで化学的・物理的性質を利用した処理方法で62種類の放射性物質を告示濃度限度未満まで取り除くことができると東電は説明している。告示濃度限度とは、原子炉等規正法に基づく環境中へ放出する際に基準。
基本方針では処理済み処理水を再びALPSで処理し海水で薄めたうえで放出する。通常の原発から放出する法定基準よりも十分に低くして放出する。
同時にAPLSで除去できないトリチウムの濃度は法定基準の40分の1まで薄めることにしている。この水準を実現するにはALPS処理水を海水で100倍以上に希釈する必要があるとしている。この希釈にともない、トリチウム以外の放射性物質についても大幅に希釈される、としている。放出するトリチウムの年間総量は、事故前の福島第一原発の放出管理値(年間22兆ベクレル)を下回る水準となるよう放出を実施する。
また、新たにトリチウムに関するモニタリングを漁場や海水浴場などで実施するなど、政府と東電がモニタリングを強化するほか、IAEA(国際原子力機関)の協力を得て分析能力の信頼性を確保することや、試料採取や検査に農林水産業者や地元自治体関係者などが参加するなど、客観性、透明性を「最大限高める」方針だ。
海洋放出は2年後に実施する方針だが、周辺環境に与える影響などを確認し、慎重に少量での放出から始める。異常値が検出された場合は、安全が確認されるまで確実に放出を停止することにしている。
基本方針では1000基を超える貯蔵タンクが敷地を大きく占有しており、その在り方を見直さなければ、今後の廃炉作業の「大きな支障となる」とも指摘した。また、今年2月に発生した最大震度6強の地震で一部タンクの位置がずれたことも挙げ、老朽化や災害のリスクもふまえ処理を急ぐ必要性を強調した。
風評被害 抑制に全力
基本方針では海洋への放出方法の説明に続き、「風評被害への対応」を示した。
そこでは「政府は決して風評被害を生じさせないとの強い決意のもと」、原子力災害による風評被害を含む影響への対策タスクフォースの枠組みを通じ、国内外の取り組みを一層強化するとし、科学的な根拠に基づく情報を分かりやすく発信することなど、消費者などの理解を深める取り組みを徹底すると表明している。
水産業は生産から流通、消費までそれぞれの段階で対策を徹底するのはもちろん、農林業、観光、商工業についても交流人口の拡大による来訪者の増加や移住や定住促進などを対策を講じるとしている。ただ、具体性に乏しいとの批判はすでに現地から出ている。また、風評被害が出た場合について、被害の実態に見合った必要十分な賠償を迅速かつ適切に実施する」よう政府は東電を指導する、のが「基本方針」である。
基本方針は「終わりに」で「ALPS処理水の海洋放出により新たな風評被害が生じることになれば、これまでの努力を水泡に帰せしめ、塗炭の苦しみを与えることになる。政府は産業や生業の復興に向けた歩みを決して止めないとの強い決意をもって、風評の影響の払拭に取り組んでいく」と強調している。
【アルプス処理水の基本方針】
○海洋放出を選択し2年後に放出開始
○海水で薄めて基準値以下にする。
○最初は少量で放出。海水浴場などでもモニタリングを強化。モニタリングには農林水産業者や地元行政などの参加。透明性、客観性を高める。
○モニタリングにはIAEA(国際原子力委員会)の協力を得る。
【基本方針の「終わりに」】
(1)原子力災害被災地域に安心して帰還・移住できる環境を整え、地域及び国民の皆様の不安を解消するためには、廃炉に向けた中長期の取組を着実に進めていく必要があり、ALPS 処理水の処分についても、これ以上の先送りはできない。
(2)もちろん、既に風評影響に対する強い懸念を示す方もいる中で、ALPS処理水の海洋放出を行うことは、政府として重大な決断であると認識している。政府として、決して風評影響を生じさせないとの強い決意をもって対策に万全を期す。
(3)とりわけ、風評影響への対応については、さらに、広く関係者に
も参加いただきつつ議論を続け、その不断の見直しを図り、政府一丸となって、決して風評が固定化することのないよう対策を講じていく。
(4)これまで、地元の方々を始め多くの方々が、産業や生業の復興に向けて、懸命な努力をされてきた結果、徐々に風評の払拭が進んできたことを忘れてはならない。ALPS処理水の海洋放出により、新たな風評影響が生じることになれば、これまでの努力を水泡に帰せしめ、塗炭の苦しみを与えることになる。政府は、風評影響を受け得る方々に寄り添い、産業や生業の復興に向けた歩みを決して止めないとの強い決意をもって、風評影響の払拭に取り組んでいく。
(5)原子力災害からの復興・再生には、中長期的な視野に立って、腰を据えた対応が必要である。政府は、その復興を成し遂げるまで、前面に立ち、全力を尽くしていく。
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