農政:許すな命の格差 築こう協同社会
【特集:許すな命の格差 築こう協同社会】現地ルポ:JAいわて中央 農協運動の心で頼りにされる農協づくりを目指す2021年5月12日
一極集中が進むなかで、地域経済の基盤である農業を中心に地域を元気にする農協の役割はますます大きくなってきている。コロナ禍のいま、これからの社会のあり方を考えるときに、地域における協同組合・農協への期待は高まってきているといえる。東北・岩手県で地域から信頼される農協づくりに取り組んでいるいわて中央の浅沼清一組合長に取材した。(取材・構成=小林光浩 JA十和田おいらせ理事)
浅沼清一
JAいわて中央 代表理事組合長
プロローグ
JAいわて中央は、1999年、都南農協・岩手しわ町農協・矢巾町農協との合併で発足。その後2007年に盛岡市農協と合併して今の1市2町(盛岡市、紫波町、矢巾町)の広域合併農協となった。本店は紫波町にある。
浅沼組合長は、1969年(昭和44年)、合併前の見前農協(盛岡市)に入組して、当初の8年間が金融担当、その後は法人税申告や総務・企画管理の仕事をしながら、何度かの合併を経て、職員の最後は企画管理部長を5年間続けたと言う。その後、58歳で役職定年となった後には、金融担当常務を7年間、専務を2年間勤め、2018年度から代表理事組合長としての3年目である。
本支店統廃合による経営基盤の再構築
まず初めに、「組合長として取り組んでいるJA重要課題は」と聞くと、それは「JA経営基盤再構築のための本支店出張所・事業所統廃合」と即答した。超低金利時代における金融事業の経営悪化問題、あるいは長期景気低迷下での事業維持等の経営環境下で、広域合併後維持してきた支所・出張所体制見直しが急務のとなったのである。
しかし農家組合員にとっては、よりどころである支所・出張所を廃止するのは、最も困難な課題であった。特に、地域代表である理事の合意を得るのは難しいものとなった。
そこで、2年間をかけて経営コンサルタントによる現状分析や今後の経営基盤再構築のあり方を検討し、組合員に対する説明を続けての組織合意に努め、昨年8月の臨時総代会での承認を得て、4月から新たな経営基盤体制をスタートさせた。
これまでは8支所6出張所の14拠点体制であったものを、4支所に統廃合した。この4支所は、地域営農センターや購買店舗であるグリーンセンター、選果施設などのJA施設を同一敷地内に極力集約し、組合員の利便性を向上させるとともに、JA管理・運営の効率化を高めるものである。
浅沼組合長は、「この経営基盤再構築によって職員の労働生産性を高めて経営効率化によるコスト削減のメリットを組合員へ還元したい。とともに組合員に対する総合サービス拠点として充実を図り、組合員に頼りにされる農協づくりをすすめたい」と語った。
このような「痛みが伴う未来のための改革」を実施する事は決して容易ではない。それは、改革をやり遂げるトップの強い決意と、時間をかけて組合員の理解を得る努力を惜しまない協同組合としての組織決定の手法が求められるからである。
新たな特産品ズッキーニの栽培講習会
「食農立国」めざし新たな特産品づくりに挑戦
次に、組合長として考えている地域農業振興について聞いた。それは、「地域農業振興は行政と一体となって進める事である」という。行政補助金などを有効活用しながら、行政や関係団体などと一体となって取り組む。そして同じ方向性のもとで、農家組合員の生産部会組織による優良農畜産物の生産と有利販売による産地化に取り組んでいる。
2019年度のJAいわて中央の販売額は96億円である。内訳は多い順に、米51億円、野菜16億円、畜産物12億円、果実11億円など。特産品としては、生産量日本一のもち米「ヒメノモチ」「もち美人」(約7000トン)、有機肥料を入れた特別栽培米、トマト・ミニトマト・キュウリ・ネギ・ズッキーニなどの夏秋野菜、農薬・化学肥料の使用量を慣行栽培の半分以下にした特別栽培のリンゴ、大粒種導入によるブドウ、高級西洋梨、「いわて和牛」や「しわ黒豚」等の畜産、生シイタケ、ユリ・リンドウなどの花きなど、畜産事業からの有機質肥料による土づくりなどによる安全・安心で多様な豊かな産地である。
特に最近、新たな特産品としてのズッキーニは、消費地との相対取引による栽培指導・販売を2013年にゼロからスタートし、今では1億円を超える販売額に育てた。
輸出しているリンゴの留学生向け収穫体験会
また、リンゴの海外輸出は、2009年からタイへの輸出を皮切りに、ベトナム、台湾、日本から初めて輸出したカナダ、日本から11年振りとなった米国など、7カ国に輸出拡大している。特に北米2ヶ国は日本唯一の輸出となっている。
その輸出リンゴ宣伝も兼ねて県内在住の留学生を対象としたリンゴ収穫体験会も開催している。リンゴ販売は10億円超えを目指す。
組合員数1万7000人のうち、正組合員9739人。生産部会は、水稲2780人、もち米860人、リンゴ783人、野菜734人、畜産250人、ブドウ156人、花き109人などの16の生産部会と、40人を超える営農指導員による産地づくりに取り組み、「食農立国」の商標登録による有利販売・ブランド化に取り組んでいる。
今後の課題としては、JA管内が県都盛岡市の大消費地を抱える中、地産地消の直接販売による農業所得増加への取り組みが求められる。それは、コロナ禍で明らかとなった国民の命を守るための食料自給率向上に貢献するJA使命でもある。
現在、JA子会社が運営している農畜産物直売所における8億円以上の販売額がJA販売額に計上されていない事から、そこに今後のJA販売事業発展の可能性を見る。
そして私からは、「今回のJA経営基盤再構築のための本支店出張所・事業所統廃合によって見直しされた不稼働資産となる農協施設の有効活用による「消費者サイズのパッケージセンターの設置」と、労働生産性を向上させるために職員体制の見直しによる新たな「少量多品目の地産地消の産地化」等によって、農業所得増大とJA営農販売事業のダイナミックな拡大ができるのではないのか」との提案をした。JA直接販売事業の拡大という今後の取り組み展開に期待したい。
准組合員や地域住民に対する交流「イケパパセミナー」
地域の命を守る農協の役割は大きい
最後に、浅沼組合長が考える良いJAづくりとは何かを聞いた。その答えの第1は、「頼りにされる農協づくりを目指している」と語る。「農業でも、生活でも、組合員が困った時は農協に相談する姿が理想だ。間違っても農協が事業を押し付ける姿はあってはならない」と言う。
第2は、「農家組合員が良い農畜産物を生産したら、農協は1円でも高く有利販売しなければならない。農家組合員は個々では有利販売できない。農協の信頼は、(1)営農指導の徹底(2)良い農畜産物の生産(3)農協による有利販売④農業所得増加――という循環した農業生産と販売の確立を目指している。その事で組合員の信頼を得る事が出来る」と語る。
第3は、「職員は、組合員からのどんな相談でも応えられる能力を身に付けなければならない。それは専門的知識の習得だけではなく、広範囲な知識を持たなければならない。なんでも相談できる職員を確保したい。そして、専門知識がある職員との連携を実現してJA相談機能を高めなければならない」とした。
第4は、「地域における職員一人一役を進めている。それは、地域活動への参加である。例えば営農組合の事務局でもいいし、消防やPTA・地域ボランティアへの参加でもいい。そうする事で、自分の存在価値が高まるとともに、農協のイメージアップ、地位貢献につながる」と言う。
常日頃から職員教育として言い続けているのは、心理学者のウィリアム・ジェームスの言葉だと言う。それは、「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」との心掛けで農協改革に取り組んでいかなければ我々の改革は成功しないからである。
続けて語ったのは、「ダーウィンの進化論のように、強いものだけが生き残るのではなくて、環境変化に対応できたものが生き残るのである。新しいJA経営基盤の構造改革は役員の責任で行った今、環境変化に対応できる組織になるには450人を超える職員の意識改革が求められる。それは今年度からの新たなJAいわて中央における経営3ヵ年計画樹立と実践を成功させる事である」と、思いを込め力強く語った。
良い農協づくりは、こうした熱い思いを持った真摯(しんし)な良い農協人によって実現されるものと確信した。世界的なコロナ禍において我々は、「国民の命を守るためには食料の安全保障の確立が最重要課題である」ことを学んだ。そして、都市機能がマヒした感染拡大下の非常事態では、「地域の命を守るためには地域の生活インフラを確立している農協が果たす役割は大きい」ことを再確認した。
今後も農協は、食料自給率の向上と生活インフラの維持・強化のための協同組合社会づくりへの使命を引き続き果たさなければならない。その時、今回のJAいわて中央の浅沼組合長に学ぶ事は大きい。
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